知りたくありませんでした

「どう考えてもおかしいですわ」


 届けられたドレスに、わたくしはヒクヒクと頬を引きつらせます。

 ドレスを贈るのは婚約者の義務だよ。というメッセージカード付で届いたドレスは、急遽仕上げたと言うものではなく、布地も装飾もデザインも、何だったらワーグナー様を思い浮かべるような色味も、何もかも完璧です。

 婚約破棄の知らせを受けてから準備したとしても、採寸もせずにサイズがぴったりなど、おかしいを通り越して恐ろしいです。


「我が家に、ワーグナー様の内通者でもいるのかしら」


 ぼそりと呟いた言葉に、着付を手伝っていたカタリナがあっさりと、「あ、それは旦那様ですよ」と言いました。


「どういうことです!? お父様が内通者!?」

「ええ、お嬢様の近況報告、周辺状況の報告、季節ごとに計るドレスのサイズ、流行を取り入れたうえでのお嬢様の好み等々、定期的にワーグナー様に流していらっしゃいました」


 なるほど!? お父様が監視者でしたら、流石のわたくしも気づきませんわよね!

 お父様がマロン様との婚約をよく思っていないのも、腐った王家と縁を切りたがっていたのも知っていますが、公爵家の当主自らが、皇国の皇太子に娘その他諸々の情報を流していたなんて、知りたくありませんでしたわ!

 あまりの事実に、深くため息を吐き出しますと、カタリナが追撃で「家の使用人の大半が知っていますし、協力していましたよ」と言ってきました。

 本当に、わたくしの周りには常識人はいないのですか!?


「まあ、旦那様もお嬢様が心配だったんですよ。奥様があのようなことになって、責任をもってお役目を引き継いでいらっしゃいましたし、なによりもやはり王家への反感が」

「お待ちなさい」

「はい、なんでしょうか?」

「まさかとは思いますが、情報を流していたのは、お母様が始まりですか?」

「そうですよ」


 黒薔薇の魔導士が、至高とも言われたお母様が……。

 ショックのあまり思考を放棄してしまいそうになります。

 わたくしは稀代の魔導士になると、お父様からもお母様からもお墨付きをもらっていますが、それでも目指すところはお母様のような、誰からも尊敬される魔導士ですのに。

 そんなお母様が、情報を流していたなんて……。


「わたくし、人間不信になりそうですわ」

「大丈夫ですよお嬢様、私共はお嬢様の味方です」

「……そうですわね」


 でも情報は流していたのですよね!?

 思わず気分が塞ぎそうになりましたが、本日は皇国において新たに誕生した公爵家のお披露目と、ワーグナー様とわたくしの婚約発表の夜会なのです。

 とりあえず、今聞いたことは忘れることに致しましょう。


 ドレスの着付が終わり、髪もきちんと結い上げてもらい、化粧もきちんと施してもらってから、わたくしは部屋を出て、お父様が待っている居間に向かいます。

 男性は女性よりも支度に時間がかからないのですが、それでも本日の主役となればいつもよりも気合が入るものなのか、居間に入ってお父様の前に置かれているティーカップの湯気の量と中身を確認し、お父様も準備に時間がかかったのだと察しました。


「お父様、お待たせいたしました」

「いや。……うむ、我が家の姫はやはり美しいな」


 わたくしの事を上から下までじっくり眺めて、お父様はうんうんと頷いてそうおっしゃいます。

 不死鳥は我が家の紋章に使われておりまして、どんな状況でも立ち上がって困難に立ち向かえ、と言うのが家訓となっております。

 実際、魔導士の試験には魔力を一切封じられ、魔物の真っただ中に放り込まれるというものもあるぐらいです。

 魔導士は魔力を使い、魔法だけを行使すればいい。そんな甘い考えを持った鼻っ面を叩きつぶす為です。

 魔力が人より多く、魔法を同年代の子よりもよく使えると言うだけで、天狗になる人って、意外と多いのですよね。

 まったく、魔力があって魔法が使えれば、簡単に魔導士になれる、魔導士になって稼げると思われては困ります。

 自分が優位に立っていると思い、尊大な態度を取るのもいけません。

 魔導士の試験に、ちゃんと合格してジュピタル公爵家に所属している魔導士にはいませんが、下級魔導士の中には、周囲に尊大な態度を取り、実力者や有力者に媚びへつらう者もいます。


「お父様こそ、いつもにもましてかっこいいですわ」

「そうか? ありがとう」


 わたくしの褒め言葉に、お父様は照れたように笑って立ち上がると、近づいていらっしゃいます。


「では、行こうか」

「はい、お父様」


 差し出された手に自分の手を重ねますと、転移魔法が使われ、景色が変わります。

 夜会が行われる城の控室です。

 突然現れたわたくし達に、多くの方々が驚きましたが、誰かが「転移魔法」と呟きました。

 そして、お父様が胸につけている紋章に「あれが……」と、先ほどとは違う意味でざわつき始めます。

 皇国でも、ジュピタル公爵家は有名なのでしょうし、そもそも今回の夜会は、我が家が皇国に所属することになったお披露目の場ですので、当然ながら視線を集めます。

 けれども、夜会も始まっていないのに、親しいわけでもない間柄で会話をするのはマナー違反です。

 観察はされていますが、公爵位についていることもあり、夜会の開始前に声をかけてくると言う非常識な方はいないようです。

 お父様はお父様で、控室にいらっしゃる貴族の方々を検分しております。


「如何ですか?」

「それなり、と言う所だな」


 彼の国の貴族よりは、平均した魔力が高いという事ですね。

 皇国では、貴族も魔物討伐に参戦しますし、総合的な実力もあるのでしょう。

 わたくしの見たところによれば、見込みのありそうなほどに魔力を持っているのは、三十人と言う所でしょうか。

 その中でも若く、これからの成長が期待できるとなると、十人ほどに減りますね。

 もちろん、努力次第で結果などいくらでも変わりますが。

 人間観察をしていると、入場の合図が告げられ、爵位の低い方々から入城していきます。

 わたくしとお父様は今夜の主役ですので、皇族方の一つ前に入場になります。

 どんどんと人が減っていき、最後に残っていたわたくしとお父様も会場へ足を向けました。


「ジュピタル公爵殿、ご息女ミレイア殿、ご入場!」


 高らかな宣言に合わせて、胸を張って会場に入れば、割れんばかりの拍手が出迎えてくれます。

 会場になっている大広間は、品よく飾り付けられており、采配した皇妃陛下のセンスの良さが伺えます。

 無駄に豪奢に飾り立てているだけの彼の国とはやはり違いますね。

 わたくし達の入場が終わると、皇族の方々が入場していらっしゃいます。

 見知った顔も居ますが、今は皇国の新公爵家の者として、拍手で出迎えました。

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