この親にして……
「ああああ! ミレイア! わたくしのかわいいミレイア! 大変でしたわね。でも大丈夫ですわ、この皇国に来た以上、わたくしが全力で守りますわ!」
「アリガトウゴザイマス」
領民と魔導士の移住が完了した挨拶に来ただけですのに、皇妃陛下は音速の速さでわたくしを捕縛しましたわね。
捕縛というよりは抱きしめられているのですが、……いえ、逃げ出せないようにさりげなく関節を決めているあたり、やはり捕縛でしょうか?
「皇妃陛下、一応わたくしは皇帝陛下にご挨拶に来ましたので、放していただけると嬉しいのですが」
「昔のようにお義母様って呼んでくれないのですか?」
「不敬に当たりますので」
「もうすぐ本当の親子になるのですもの! そんな事は気にしなくて大丈夫ですわ!」
そうですわよね! ワーグナー様のお母様ですものね!
わたくしへの溺愛ぶりは、昔からですものね!
「母上、ミレイアは僕のです!」
ワーグナー様、ツッコむ場所はそこですか!?
「ワーグナー、親子の感動の再会を邪魔するなんて無粋でしてよ」
いえ、まだ親子にはなっておりませんが……。
「ふふん、母上の野望を叶えるためには、僕とミレイアの結婚が大前提です!」
「あら、ジュピタル公爵をおd……説得してミレイアを養女にしてもいいのよ?」
脅すって言おうとしましたよね!?
いえ、脅された程度で、あのお父様がわたくしを手放すとは思えませんが。
「そんな! 兄と妹の禁断の愛なんて! なんて興味深い!」
「血は繋がっていないから、婚姻も可能ですわ。一石二鳥ですわね」
だめだ、誰かこの二人を止めてください。
そう思って呆れた顔で近づいてくる皇帝陛下を見ましたが、一目で状況を把握したのでしょう。
とてもきれいな笑顔で「諦めてくれ」と口パクされました。
役立たず! と不敬にも思いながら、先ほどから反応のないお父様を見ると……。
「ああ、昔に戻ったようだ」
なんだか感慨にふけっていらっしゃいます。
常識人! ここには常識人はいないのですか!?
一時間ほど経って、ようやく落ち着きを取り戻した皇妃陛下が、やっとわたくしを解放してくださったのですが、今度は「僕の番だよ♡」とワーグナー様に手を握られて謁見室に向かっています。
本来なら謁見室で待っているはずの皇帝陛下と皇妃陛下が、城の玄関まで来るとか、本当に危機管理はどうなっているのですか!
あ、廊下を歩いている文官の方や貴族の方が、この光景に足を止めてぎょっとしてこちらを見ていますね。
よかったです、この非常識軍団がこの国の基準でなくて。
なんだか居たたまれない気持ちになりながら、謁見室に入りますと、そこには何とも言えない顔をした、恐らくこの国のお偉いさん方がいらっしゃいました。
そうですわよね、皇妃陛下が謁見室から飛び出して、皇帝陛下がそれを追って一時間も帰ってこないとか。
やっと帰って来たと思ったら、皇太子は婚約者と手を繋いでいるとか、そんな顔になりますわよね。
でもそんな顔をするのなら、この非常識軍団を止めてください!
「皇帝陛下、皇妃陛下。随分長い休憩でしたね」
「いや、途中で止めてナティアナに怒られたら、この先一週間は凹むぞ」
「久しぶりの親子の再会に、思わず気分が高揚してしまいましたのよ」
「……………そうですか」
もう少し取り繕った言い方は出来ませんの!?
どなたかは存じ上げませんが、ものすごく呆れていらっしゃるじゃありませんかっ。
「コホン。ジュピタル公爵、ミレイア様。ようこそ皇国へお越しくださいました。私は宰相を務めておりますガーゴル=ティナッシュと申します」
あ、宰相様でしたか。
「皇帝陛下達は、大丈夫です、ちょっと見境がないところはありますが、優秀な方々ですので……。仕事は出来ます」
「宰相様、ご心労お察しいたします」
「ミレイア様が常識のある方でよかったです」
「そうだよ、僕のミレイアはすごいんだよ!」
「皇太子様はそのだらしない顔をどうにかしてください」
「え、無理。こんなに可愛いミレイアが隣にいるんだもん」
「皇族たるもの、人前でむやみに感情を表すなど……」
「そんなの臨機応変でしょ? 必要になったらちゃんと皇太子様するし。父上だって、母上だってそうだし、何か問題ある?」
ワーグナー様の言葉に、宰相様が「育て方を間違った」と眉間をもみほぐしていらっしゃいます。
この親にしてこの子ありです、諦めましょう、宰相様。
わたくしはもう諦めましたわ。
「はあ、もう何でもいいです。お仕事の時間ですよ。この度、我が皇国に新しく公爵家が誕生し、領民の移住も完了したのです。ジュピタル公爵、皇帝陛下にご挨拶を」
宰相様の言葉に、専用の椅子に座った皇帝陛下と皇妃陛下の顔つきが変わりました。
うん、執政者の顔ですわね。
ちらりとお父様を見れば、お父様も公爵の顔になっています。
「この度は、我が家の者と領民を受け入れていただき、恐悦至極に存じます。皇族が今のままである限り、今後、我がジュピタル公爵家は皇国の為、できうる限りのことをいたしましょう」
意訳すると、彼の国のように皇族が頭おかしくなったら離反するって言っていますわね。
「うむ。彼の国では守護結界を張っていたようだが、皇国ではその必要はない。その代わり、瘴気を浄化し、魔物を討伐し、疫病が蔓延したら治療に当たって欲しい」
「かしこまりました」
「それから、そなた達の魔法の知識を広めたい。この国の学園でも魔法を教えている。優秀な講師を手配してもらいたい」
「お安い御用でございます」
「一週間後、ジュピタル公爵とミレイアのお披露目の夜会があります。ミレイアはワーグナーの婚約者としての発表も兼ねておりますので、心しておきなさいまし」
「はい」
「ワーグナーも、ミレイアに恥をかかせぬようにエスコートするように」
「わかっております、皇妃陛下」
ワーグナー様も皇太子モードですわね。
これで繋いでいる手を離してくだされば完璧でしたのに。
そうは思いつつも、この手を振りほどかないあたり、わたくしもそこそこ非常識かもしれません、宰相様。
「ところで、彼の国は今後どうなると見ている?」
「皇国が手を出さずとも、守護結界が失われてしまえば他国に攻め込まれるでしょう。今更『渡り』をしようにも、実行できるだけの魔導士がいません。『贄』はどうにかなるでしょうけどね」
「ジュピタル公爵家が、どれほどの力を持っているか思い知るという事か」
まあ、基本的に魔導士はジュピタル公爵家に所属しておりましたものね。
所属できないほどやわな魔導士は、所詮下級魔導士です。
魔導士でなくとも、魔法を使うことは出来ますが、魔法の腕で食べていくのなら、魔導士になるのが手っ取り早いのです。
そして、魔導士になる為の試験を一手に担っていたのが、我がジュピタル公爵家。
試験の過程で、バッキバキに自尊心を折り、躾直すというものがありますので、その過程に食らいついて来れるものは、気が付けばジュピタル公爵家に忠誠を誓うのですよね。
脱落する者もいますが、まあ、その過程に付いて来れなくても、試験で最低合格ラインをマーク出来れば魔導士として登録はされます。
ジュピタル公爵家に所属しないことになりますので、あまり仕事はありませんが。
彼の国に残っているのは、そんな下級魔導士ばかりです。
まったく、魔法に殉ずるくせに、ろくに学びもしなければ根性もないなんて、魔導士を名乗らせるのも忌々しいですわ。
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