訪問者は突然に

 領民の移住を行っている最中、ジュピタル公爵領にやって来た人物に、思わず頬が引きつりそうになりました。


「何をなさっているんですか、ワーグナー様。皇太子がこんなところにほいほいと顔を出していいと思っているのですか?」

「え、僕の花嫁を迎えに来たんだけど、駄目だった?」


 すさまじくきれいな顔が、キョトンと目を瞬かせている姿は、大変目の保養になる。

 だがしかし、それとこれとは問題が違います。


「結界を張っているとはいえ、ここは皇国ではありません。何かあったらどうなさるのですか」

「ミレイアとジュピタル公爵が張っている結界の中で何かあるの? それに、僕こう見えて結構鍛えているから強いよ?」


 だからそう言う問題じゃないと思わず頭を抱えたくなりました。


「それに、父上も母上も、ミレイアが逃げないうちに捕まえて来いって♡」


 その言葉に、今度こそひくりと頬が引きつりました。

 皇帝陛下と皇妃陛下直々にとか、皇国の危機管理能力っ!

 確かに結界内にはジュピタル公爵家に害をなすものは入れないし、瘴気も発生しなければ、魔物も出現しないし、なんだったら疫病が蔓延することもありません。

 でも、だからって皇太子をほいほい寄越していいわけではありません。

 仮にもここは他国ですのに!


「それにしても、流石はジュピタル公爵家お抱えの魔導士達だね。一万人を超える民を三日で移住させるんだもん」

「どうせ今頃、王都では国王が躍起になってわたくし達を連れ戻そうと、軍を動かしていると思いますので。こういうことは早い方がいいのですわ」

「ひよった国王は、自分の身が一番かわいいんだろうから、まあ、そうだろうね。でも、息子一人の管理も出来ないんじゃ、ジュピタル公爵家が離れなくても、いずれ滅んだんじゃない?」

「……随分、この国の内情にお詳しいようですわね?」

「愛しいミレイアの周辺の事を、ちょーっと監視させていただけだよ。敵意も害意もないのは、結界に阻まれない時点で証明されているよね」


 その言葉に、脱力して思いっきり息を吐き出したくなるのを何とかこらえました。

 このわたくしが監視されていることに気が付かないなんて、どれだけの手練れを送り込んでいたのですか。

 しかも、恐らく皇太子だけの力ではないでしょう。

 その背後には皇帝陛下、もしくは皇妃陛下がいるはずです。

 敵意や害意が無いとなれば、この国を乗っ取ろうとしての情報集めではないことは確かですから、……本気でわたくしの周辺の観察のためだけ(・・)に!?

 能力の無駄遣い過ぎると、呆れてしまいます。


「でも、嬉しいな。夢にまで見たミレイアを僕のお嫁さんに出来るなんて」

「ソウデスカ」


 ズキズキと痛む頭に、思わず治療魔法をかけたくなりましたが、精神的なものなので意味はありませんね。


「あと残っている一団の移住が終わってから、わたくしとお父様も移住します。この領地を更地にしてからですが」


 健常な状態なまま残しておいて、あの国王にいいように使われるのも嫌ですからね。


「わあ、僕の花嫁は過激だなぁ。そんなところも大好き♡」

「……ワーグナー様って、見た目に反して黒いですよね」

「ん? 黒髪とか、黒目の方がいい? 銀髪に赤眼は駄目? 気に入らないんだったら魔法で色を変えるよ?」

「いえ、そういうわけではありません」


 絶対にわかって言っていますよね!?


「ワーグナー様は、そのままで完璧です。はい」

「そう? 嬉しいな。僕とミレイアの子供はどっちに似るかな? どっちに似ても絶対に可愛よね!」

「一応、婚姻もまだなので子供の話は早いかと」

「大丈夫! 皇国では婚前交渉OKだから! それに、皇国に付いたらすぐに婚姻式の準備も始めるし」


 そうじゃないでしょう!


「わたくし、婚約が白紙になったばかりですので、そう言う気分にはまだなれなくて」

「え? でも婚約を無かったことにしようと、虎視眈々と狙っていたよね?」

「……ヨクオワカリデ」

「もちろん! 愛しいミレイアの事だもん♡」


 これはもう、妄信とか溺愛を飛び越えているのでは?

 いえ、考えてはいけませんわ、深淵を覗くものは深淵に覗かれていると言いますもの。


「そうだ! 城にはちゃんとミレイアの部屋も用意しているからね」

「は!?」

「母上が張り切って準備してね。僕も色々手配したかったのに、母上ってば自分で色々手配しちゃったんだよ!」

「皇妃陛下が……、そう、ですか」


 張り切り具合が目に浮かぶようです。

 あの方、わたくしがマロン様と婚約したと知った時、いつもの微笑みが消えて真顔でしたもの。

 ワーグナー様が言い出さなくても、皇妃陛下が戦争を言い出していてもおかしくありませんでしたわよね。

 皇帝陛下が、まだ可能性があるからと、必死に宥めていらっしゃいましたけど!

 よくよく考えれば、あの親にしてこの子あり……。

 わたくしへの執着ぶりは母親譲り、溺愛ぶりは父親譲り。腹黒は、……どちらとも、でしょうか。


「ワーグナー様」

「なんだい、僕の愛しいミレイア」

「婚約の話はなかっt――」


 言葉が途中で止まったのは、ワーグナー様の手に魔力が集まり始めたからです。

 これ、下手に動くと無理心中とかしかねませんね。


「なにかな? 僕のかわいいミレイア」

「いえ、ワーグナー様が思った以上にお強くなられたようで、何よりだと」

「もちろん! いつミレイアを迎えても恥ずかしくないように鍛えたし、いざと言うときの為に力はあった方がいいからね」


 いざって何ですか!? いざって!

 激しく気になりますが、聞くのが怖いですね。


「ミレイアがあの馬鹿を好きになるなんて、万が一にもないと思っていたけど、婚姻したら白い結婚を貫くのも難しいかもしれないでしょ? だから、婚姻式の日に戦争でも吹っ掛けようかと思っていたんだよね」


 あーあー、わたくしは何も聞いていませんわ。


「平和ボケしたこんな国、ジュピタル公爵家の守護がなかったら即落ちだもん」

「……いえ、守護結界があるでしょう」

「大丈夫。ミレイアが望まない婚姻をするのを、黙って見ているジュピタル公爵と魔導士達じゃないよ♡」


 それはつまり、お父様もわたくしとマロン様が実際に婚姻するとなったら、もとより王家を切り捨てるつもりだったという事ですね。

 出来れば知りたくなかった事実に、それでもわたくしを溺愛するお父様ならやるだろうと簡単に想像できてしまいました。

 わたくしの周りには、常識人はいないのでしょうか?

 いえ、あんな馬鹿王子と子作りをするぐらいなら、もぎますけど。

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