その頃国王は(他者視点)
「陛下! ジュピタル公爵家はもぬけの殻です! 人っ子一人いません!」
「くそっ、転移魔法を使ったのか。すぐにジュピタル公爵領に軍を向けよ!」
「騎士や兵士だけですと、ジュピタル公爵領につくまで一週間はかかるかと」
伝令兵の言葉に苛立ちを覚えながら怒鳴る。
「なんのための魔導士だ! すぐに召集してジュピタル公爵領に向かえ!」
私の言葉に、臣下達が気まずそうに視線を合わせる。
なんだというのだ。
「恐れながら陛下、魔導士のほとんどは、特に優秀な魔導士はジュピタル公爵家に所属しております。三年ほど前から王都に居る魔導士は数を減らし、本日の件でほとんどの魔導士が姿を消しました」
「残っている者でなんとかしろ!」
「無理です。残っている者は力の弱い者ばかり。転移魔法など使えません。万が一使えたとしても、魔力の枯渇で死んでしまいます」
「だからなんだ! 魔導士如きの命などどうでもいいだろう!」
そんなものの命を大事にして、王都に、私に何かあったらどうしてくれる!
「とにかく、残っている魔導士をかき集めろ! なんとしてでもジュピタル公爵家の者を王都に引き戻せ!」
張り上げた声に、悲鳴のようなものを上げて伝令兵が謁見の間から出ていく。
くそ、マロンがバカなことをしなければこんな事には!
多くの貴族の前で宣言された婚約の白紙は、撤回することが出来ない。
してしまえば王家の、私の威信にかかわる。
王家から懇願して婚約をしたことは、貴族であれば誰だって知っていることだ。
それを、王家側から婚約破棄(・・・・)したとなれば、王家の言葉など信用できないと評価される。
だからこそ、婚約の白紙(・・)で手を打つしかない。
はじめから婚約などなかった、そうすればぎりぎりの所で面子は保たれる。
「くそっ、あんな小娘に騙されおって!」
ミレイアが潔白である事はわかり切っている。
あの『渡り人』が学園でしでかしていることも、きちんと耳に入っている。
ただの遊びであれば構わないと思っていたのに、あろうことか婚約破棄の宣言に、冤罪を言い渡すなど……。
ただでさえ、『渡り』の『贄』にジュピタル公爵の妻を使ったことで険悪だったのに。
娘のミレイアが自在に守護結界を張ることが出来ると知り、それならば妻は不要だろうと『贄』にしたが、思いのほかジュピタル公爵の怒りを買ってしまった。
たかが女一人にこだわって、この私に反旗を翻すなどっ!
多くの貴族の前で、ジュピタル公爵ははっきりと、王家に絶縁を突き付けてきた。
他の貴族であれば切って捨てるところだが、ジュピタル公爵家はこの国の守護の要を担っている。
簡単に失うわけにはいかない。
だからといって、この私が頭を下げるなど、あってはならないことだ。
力づくで屈服させ、引き戻すしかない。
「へ、陛下」
「なんだ」
「マロン様と『渡り人』が面会をしたいと」
「部屋に閉じ込めておけと言ったはずだが?」
「そ、それが、とても重要な話だとおっしゃっておりまして」
おどおどと伝えてくるマロンの従者をギロリと睨みつける。
今回の騒動の原因となった奴らの話を、なぜ今このタイミングで聞かなければならないのだ!
従者を追い出せ、と命じようとすれば、勢いよく謁見室の扉が開けられた。
魔導士の準備が出来たのかと思ってみれば、そこにはマロンと『渡り人』がいた。
「部屋にいろと命じたはずだが?」
「ち、父上にお話がっ」
「そんなもの後でいいだろう。今は緊急事態なんだ」
「陛下! あたしの話を聞いてください!」
『渡り人』が妙に楽しそうな声でそう言うので、いら立ちが増した。
「あたし、結界魔法も攻撃魔法も得意なんです! だから、ミレイア様がいなくても、王都を守護する結界を張れます!」
「……ほう?」
今回の『渡り人』は、確かに優秀な魔力を持っているが、そう言う目的で召喚されていない為、たかが知れているという話だが?
魔導士になったとしても、せいぜい中級レベル。
学園からの報告書ではそうなっている。
それが、この王都を守護する結界を張れるだと?
「それは事実か?」
「はい!」
自信満々というような態度に、僅かに目を細める。
嘘をついている様子はない。
「では、やってみよ」
「任せてください!」
『渡り人』はそう言うと魔法陣を展開する。
その様子にため息を吐き出したくなった。
ジュピタル公爵もミレイアも、守護結界の発動に魔法陣など使わない。
まるで息をするように魔法を使うのだ。
「………………で、きました!」
魔力を多大に消費したのか、肩で息をする『渡り人』をマロンが支える。
弱い。だがいないよりはましだろうと考える。
「ご苦労だった、『渡り人』。お前にこのような才能があるとは思ってもみなかった」
「いえ……国を助けるのは、王道、ですから」
息も絶え絶えに言う姿に、「休ませてやれ」と、マロンに命じて下らせる。
消えていた守護結界が、薄くだが張り直されたことを感知して、背もたれに体重を預ける。
張られている結界の効力まではわからないが、結界がないとなれば民が動揺する。
『渡り人』が結界を張れると大々的に公表すれば、民の動揺も軽減されるだろう。
それでも、ジュピタル公爵家が王家から離反したことは、貴族の間に動揺を産んでいるはずだ。
「一刻も早く引き戻さねば。……魔導士はまだか! 私をこれ以上いら立たせるな!」
私の怒声に、臣下達がびくりと肩を震わせ視線を交わしたが、転移魔法を使える魔導士の準備が出来たという知らせは、ついぞ来なかった。
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