皇国との関係
領地に転移したわたくしとお父様は、すぐさま領地を覆う結界を張りました。
そもそも王都を守護していた結界です。
我が領土、我が公爵家に敵意を持つ者、害悪であると判断された者は結界に阻まれ入る事が出来なくなります。
ついでに、それまで領地内に居た敵意を持つ者や、害悪であるものは結界を張った瞬間に自動的に結界の外に追い出されたはずです。
「旦那様、皇国より書簡が届いております」
「ふむ、思ったよりも動きが早いな」
「あちらとしては、この国の魔導士を束ねるジュピタル公爵家を、何としても取り込みたいのでしょう」
「だろうな。まったく、あの馬鹿が愚かなことをしでかしたばっかりに、アリシアも私の優秀な部下も失ってしまった」
お父様は憎々し気にそう言うと、執事長を連れて執務室に向かいました。
我が領土は、この国と皇国の境目にありまして、元々何かにつけて皇国とは親密なやり取りをしております。
この国が『渡り』をしたこと、『贄』としてわたくしのお母様が犠牲になった事は知らせていました。
皇国の皇族と我が公爵家は長い付き合いで、現皇妃様とお母様は親友と言っても差し支えないほど親密でした。
マロン様との婚約話が持ち上がる前は、わたくしが皇国に嫁ぐかもしれないと言われていたほどです。
しかしながら、十歳の時に王家からどうしてもと言われ、マロン様との婚約が決まり、皇国との婚姻に関しては、次代に持ち越しになると皇国側は落胆なさっていました。
「お嬢様、結界を張ってお疲れでしょう。休憩をなさっては如何ですか?」
「そうですわね、そうしようかしら」
幼いころから仕えてくれているメイドのカタリナに促され、わたくしはサロンに向かいました。
正直、このぐらいの結界を張る程度では全く疲れないのですが、疲れよりも本日あったことの憤りを鎮めるために休憩をする事にしました。
サロンに行けば、柔らかな花の香りが漂っていて、わたくしがソファーに座るとカタリナがすぐさまお茶を用意してくれます。
「まったく、『渡り人』が来てからこの三年、我が公爵家がどれほどの煮え湯を飲まされた事か……」
気に入れば側妃に、と国王が望んだ通り、年齢こそ国王に釣り合いませんでしたが魅惑的な少女が召喚され、我が国の、特に年頃の貴族子息の貞操観念は大きく崩れました。
それはそうでしょう。
少し優しく声をかければ、すぐに股を開く……コホン、体を許すような娘がいるのです。
婚約者がいた子息も、もてあます性欲に負け、次々とマリナ様に陥落していきました。
この国では、婚姻するまで女性は清い体のままで居ることが美徳とされています。
抜け穴はありますが、それでも貞淑を守る婚約者より、蠱惑的な肉体を持ち、簡単に手を出せるマリナ様はとても魅力的のようです。
実の所、マリナ様が原因で婚約が駄目になったのは、わたくしが初めてではありません。
伯爵家以上のものだけでも、七件も婚約が駄目になっております。
それはマリナ様に傾倒する子息から言い出したり、婚約者の態度に耐え切れなくなった令嬢から言い出したものなど様々ですが、利害関係で結ばれた婚約を次々に駄目にしたマリナ様は、令嬢達から疎まれています。
結局の所、今まで関係した(壊した?)ものを忘れて、マロン様を選んだ当たり、マリナ様はただ、権力と色欲と見た目にこだわるお花畑という事がはっきりしました。
「……まあ、いいでしょう」
お父様宛に皇国から書簡が届いているという事は、あちらが我が公爵家の者を全て受け入れる準備が整ったという事でしょう。
領民も全て受け入れることになりますので、準備に三年と言う月日がかかったようですが、それでも仕事が早いと言えます。
公爵家に属している魔導士や領民を合わせればおおよそ一万五千人。
それを受け入れ、新たに我が公爵家に爵位を授けるのですから、あちらとしてもそれなりの準備が必要です。
わたくしとお父様だけでしたら、いえ、所属している魔導士なら、己の実力で皇国でも地位を築けますが、多くの領民はそうではありません。
事前にそのうち皇国に移住する事は通達しています。
今領内に残っているのは、我が公爵家について皇国に移住してもいいと思っている者ばかりです。
そんな事を考えつつ、今後の予定についてお父様に聞かないといけないと思っていたら、お父様がサロンに近づいてくる気配を感じ、手にしていたティーカップをソーサーに戻し、サロンの扉を見ます。
しばらくして音も無く扉が開き、お父様がサロンの中に入って来ました。
「こちらにいらっしゃるなんて、皇国からの書簡に問題でも?」
「いや、概ね予定通りだ。あと、ある程度予想はしていたが、……皇太子からお前への婚姻申し込みが来ている」
「あら、ワーグナー様から?」
「元々婚約するのは自分だったのだから、皇国に来るのであれば、お前を正妃にしたいと」
「そういえば、ワーグナー様がご婚約したと言う話は聞きませんわね」
「皇族は子宝に恵まれているからな。自分が婚姻して子をなさなくても、いずれ身内から適切なものを跡取りに選べばいいと公言なさっていたそうだ」
「それ、わたくしと婚約したらしたで揉めませんか?」
うまくいけば自分が皇帝になれたかもしれない、と恨まれてしまうかもしれません。
「そうならない為の調節も、この三年間でしていたらしい」
「用意周到ですわね」
「皇太子は幼いころからお前一筋だからな」
「アリガタイコトデスワ」
一途と言うより、あれは妄信とか、溺愛と言うのでは?
マロン様と婚約するよりずっと前に、まだ幼かった皇太子(当時は皇太子ではありませんでしたが)は我が領地に来ておりました。
当時、魔法の訓練の為に領地に居たわたくしは、暇な時間が出来ると、なぜか近くに寄ってくる皇太子のお相手をしていました。
皇太子もかなりの量の魔力を持っていますので、我が領地には魔力の制御について学びに来ていたのです。
お母様もお父様も王都の守護結界の維持のため、領地にいらっしゃることは殆どありませんでしたので、皇太子はわたくしにとっても都合のいい暇つぶし……、ではなく、遊び相手でした。
まあ、それがどうしてああなったのかは知りませんが、皇太子はいつの間にやらわたくしに恋をしたと言い始め、将来は婚姻したいとおっしゃったのです。
十歳の時に王家からの懇願でマロン様との婚約が決まった時など、戦争を仕掛けてでも奪い返すとおっしゃったので、皇国の方と一緒に宥めるのにとても苦労しました。
あ、思い出しただけでも頭痛が……。
「向こうの受け入れ準備はほぼ完ぺきだそうだ。あとはこちらが移住するだけだな」
「そうなりますと、魔導士達にも負担をかけてしまいますわね」
「許容範囲内だろう。このような国でこき使われるよりずっとましだ。魔導士の命など、おもちゃのように使い捨てるのだからな」
お父様のいら立った声に、この国の未来もそう長くはないと察しました。
そもそも、我が公爵家の者が王都の他、各所で張っている守護結界があるからこそ、どこの国からも進撃を受けず、平和ボケした暮らしを送る事が出来ているのです。
『渡り人』にはその時の状況によって、様々な能力が携わっております。
我が公爵家の祖先になった『渡り人』は魔力特化で、当時周辺国から攻め込まれていたこの国を守護し、敵軍を殲滅したと伝わっています。
その血を受け継いでいる為か、我が公爵家に生まれる者は総じて魔力が高く、国を守護する結界を張ることを主な仕事としており、すなわち国防の要です。
国王は、王都の守護結界の事だけを心配していたようですが、この国の各所で張られている守護結界も消滅するとは思わなかったのでしょうか?
……自分さえよければいいような人ですし、思っていないかもしれませんね。
所詮は平和ボケした国の国王ですもの。
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