稀代の魔導士は皇太子の溺愛に微笑む
茄子
プロローグ
「ミレイア、お前との婚約を破棄させてもらう!」
学園の卒業パーティーで、高らかに宣言された言葉に、わたくしは思わず眉をしかめそうになりましたが、手の中の扇子を握り締めることで微笑みを崩さずにすみました。
「理由をお伺いしても?」
「お前は、俺の愛するマリナを『渡り人』だと馬鹿にし、陰で悪口を広め、時には脅し、他の令嬢を煽って仲間外れにした! しかも、マリナに俺が贈ったものを目の前でボロボロにしたそうだな! お前のような女、王太子である俺の妃に相応しくなどない!」
「マリナ様、ですか」
そう口にして、わたくしは婚約者である第二王子(・・・・)であるマロン様の陰にいるマリナ様をチラリと見ます。
確かに、わたくしは『渡り人』であるマリナ様をよく思っておりません。
「大方、マリナの優れた魔力、美しさ、そして何より俺に愛されていることに嫉妬したんだろう! 醜い事だな」
マロン様の言葉に、思わず鼻で笑ってしまいそうになりました。
優れた魔力? わたくしの方が魔力量も操作能力も上ですが?
美しさ? 厚化粧で素顔がわからないほどにしている人に美しさ?
マロン様からの愛? そもそも、わたくしはマロン様を愛するどころか、殺したいほど憎んでいますが?
いえ、この場合王家そのものを、と言った方がいいかもしれません。
けれども、建前上だけでもわたくしはマロン様の正式な婚約者です。
「そのようなこと、一切身に覚えがありませんわね」
「しらばっくれるな! マリナがそう言っているんだぞ!」
「他に、わたくしがマリナ様に何かしていたと証言なさる方はいますの? 証拠は?」
「マリナが言っているんだ! これ以上の証言はないだろう! 証拠なんてもの、お前が握りつぶしたに決まっている」
つまり、公平な証言も、正式な証拠もないのに、マリナ様の言葉だけでわたくしに婚約破棄を突き付けている、と。
もともと微笑みだけを浮かべ、冷たい視線を向けていましたが、その視線がさらに冷たいものになります。
本日は記念すべき卒業パーティーですので、来賓の中には各家の保護者、まあ、学生である貴族の子息令嬢の親も参加しております。
そんな中、公爵令嬢であるわたくしに、一方的な決めつけで婚約破棄を申し出たのです。
「マロン様、このような場での発言です。今更無かったことにするなど、出来ないのですが、それをご承知の上で、ということでよろしいのですね?」
「当たり前だ!」
「そうですか。……わかりました、婚約に関しては無かったことと致しましょう。けれど、その理由になったマリナ様の証言に対しては、公爵家から正式に抗議を入れさせていただきます」
「なんだと?」
マロン様が怒りに顔を赤くしてわたくしを睨んできますが、わたくしの心には一切響きません。
「このっ――」
「マロン!」
何かを言おうとしたマロン様の声を遮り、新たなる声が聞こえ、わたくしは内心で舌打ちをいたします。
その声の主は、わたくしがこの世で最も憎んでいる男、この国の国王です。
「お前は自分が何を言っているのかわかっているのか!」
「もちろんわかっています」
胸を張って言うマロン様に、陛下はわかりやすく怒りを顔に浮かべました。
「お前は、この私がお前の母親に頼まれて、どれほどの思いをしてミレイアをお前の婚約者にしたと思っている!」
「え、いや……でも、俺が愛しているのはマリナで」
陛下に怒鳴られたことなどないマロン様は、顔を青ざめさせて言いますが、その声は震えており、聞いているのがバカらしくなってしまいます。
そんなマロン様に、陛下がさらに怒鳴り声を上げていますと、わたくしの肩に手が置かれました。
気配でわかってはいますが、視線を向ければお父様がわたくしと同じように笑みを浮かべて、けれども目は絶対零度で陛下とマロン様を見ています。
「これはこれは。陛下、なにやら面白いことになっているようですが、我が娘とマロン様との婚約は正式に白紙(・・)という事でよろしいのですね」
「ジュピタル公爵……」
苦虫を噛みつぶしたような顔をした陛下がわたくし達の方を見てきます。
「このような場で、大切な娘の名誉を傷つけられたのです。父親である私からも、二人の婚約は白紙(・・)にすることに同意しますよ。もちろん、ミレイアが言ったように、不当な証言についてはしっかりと抗議させていただきますが」
「それは……」
「ああ、そうですね。不慮の事故(・・・・・)で妻を亡くし、私も娘も傷ついていますし、重ねるように娘の名誉まで王家の方より傷つけられましたからね。我が公爵家は王都を辞して、領地で静養したいと思います」
「まて、それはっ――」
「本当に残念ですが、我が公爵家が王家から受けた傷は深く、戻ることも難しいでしょう」
「お前達がいなくなったら、誰がこの王都の守護結界を維持するんだ!」
「優れた魔力を持ち、美しく、マロン王子(・・)に愛されている、『渡り人』殿がいるではありませんか。『渡り人』はそもそも、この国に危険が迫った時に、他に方法がなく召喚されるもの。大義名分が出来て良かったですね」
お父様がわざと皆様に聞かせるように、張りのある声で、はっきりと宣言なさいました。
ざわりと会場の空気が揺れます。
それはそうでしょう。この国の五大公爵家の一つが、今まさに王家と絶縁を宣言したのですもの。
「お父様。領地に戻るのでしたら準備をしないといけませんわ。わたくし達がここに居ても、皆様の心が安らぎませんでしょうし、屋敷に戻りましょう」
「ああ、そうだな。では皆様、失礼する。陛下、我が公爵家は妻の不慮の事故(・・・・・)は、絶対に忘れませんので」
お父様に手を引かれて会場を出る際、ちらりと視線を陛下に向けますと、真っ青な顔をしていらっしゃいました。
マロン様とマリナ様は状況がよくわかっていないのか、顔を青ざめさせている陛下を不思議そうに見ています。
あきれた。王子のくせに何も知らないのですね。
なぜ『渡り人』がいるかなんて、考えたこともないのかもしれません。
『渡り人』、それは国が危機に陥り、何の手立ても無くなった時に使われる『渡り』、という禁術で召喚された異世界人の事を指します。
その状況に応じて、望む力を持った『渡り人』によって国が救われたと言う伝承は、それなりの数があります。
しかしながら、なぜ禁術になっているかと言えば、莫大な魔力を使用し、異世界人を呼び出すには、優れた魔力と青き血を持った『贄』が必要だからです。
『贄』はもちろんの事、『渡り』を実行した魔導士の多くは魔力を使い果たし、命を失うとされています。
けれど、この国は今どこかの国に攻め込まれているわけでも、魔王が復活したわけでも、瘴気が蔓延しているわけでも、魔物が大量発生しているわけでも、疫病が発生しているわけでもありません。
ではなぜ、『渡り人』であるマリナ様がいるのか。
それは、陛下が異世界の女を見てみたい、と言ったからです。
気に入れば、自分の側妃にしてもいい、そんな軽い気持ちで多くの魔導士の犠牲と、『贄』を捧げて呼び出されました。
けれども、召喚されたマリナ様は当時十五歳で、陛下の側妃にするには若すぎると、多くの貴族から反対の声が上がり、とある侯爵家の養女になりました。
マリナ様は現在十八歳ですが、愛らしくありながら肉感的で、よく言えば天真爛漫で庇護欲をそそる方です。
淑女然とした令嬢と接することが殆どの子息や王子には新鮮に映ったようで、多くの方々の間をひらひらと飛び回っていました。
そんな方を令嬢達がよく思うわけもなく。
そもそも、この国のマナーもなっていないマリナ様と仲良くしようという方はいませんし、マリナ様も令嬢方に邪険にされても、子息方や王子にちやほやされていれば、まんざらでもないような顔をなさっていました。
自分がどれほどの犠牲の上に存在しているか、全く理解しようともしない態度は、わたくしの心を凍てつかせました。
この国の昔話を少しでも読めば、『渡り人』がどのようなものなのか、何を犠牲にして、どうやって召喚されるのかすぐにわかります。
マリナ様は「まるで乙女ゲームのヒロインみたい!」と、意味の分からないことを言ってはしゃぐばかりで、全く興味をしめしませんでしたけどね。
「屋敷に帰ったら、すぐに転移魔法で移動するぞ」
「わかりました」
マロン様の浮気に関しては、もはや誰もが知るところでしたので、状況を見てこちらから切り出す予定でしたから、実際には領地へ行くための荷造りは完了しています。
そう、我が公爵家は、『渡り』が実行された時点で、王家を見限っていたのです。
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