後編
やがて私の元には、別の隣領の持ち主であるアルト伯爵の令息、セスがやってくることとなった。
十歳程年上の四男というこことだが、領内で農地を生かす方法にずっと励んでいて、そのためになかなか婿の行き先も無かったのだという。
「自分は軍事には詳しくありませんが、こちらでその役目を負わせていただけるなら、できる限りこの家の人間として馴染ませていただきましょう」
セス・アルトはそうして私の夫となっった。
彼は実際毎日よく農地を見に行き、時には新式の耕具の取り入れを提案し、また時には長年農地で働いてきた領民の体験を熱心に聞くなど、実によく働く。
よく働き、よく学び、よく食べ、よく眠る。
健康的な生活の中で、私との間にも幾人か子供を儲けた。
「貴方は女性の趣味とかおありではなかったの?」
問いかけたことがある。
「こういうと失礼かもしれませんが、女性の身体そのものには、さほど変わりを見いだせなくて。常に親戚令嬢達に朴念仁だと言われ続けてきました」
だが常によく働く男は、寝室での体力も有り余っていた。
下手な三文芝居の様な浮いた台詞一つなくとも、私は充分満足できた。
*
そんな折り、かつての婚約者の話が姉から入ってきた。
そんな判断しかできない奴はシーライド領には置いておけない、というのが侯爵の判断で、アイザックは婿入り先も決められず、ともかく王都の方に追い出された。
そこでともかく何処かしらの令嬢達とそれなりの仲になるのだが、どうしても結婚の話に行き着けないのだ、と姉は言っていた。
そしてある時、彼から手紙が来た。
せっかくなので、夫のセスの前で朗読してやった。
「いつもそうだ僕は。
ああリメイン、君ほど僕のことを判っていてくれたひとは居ないというのに。
いつもそうだ。
僕は好きになった女性ができてある程度の仲になると、どうしてもそれ以上のことができない。
結婚して既に母になっている君なら判るだろう?
誰の前でも、どうしても僕の息子は役立たないんだ!
結婚が嫌だから、ということも考えた。
娼館では大丈夫なんだ。
彼女達は僕を安心させてくれるからだろうか?
では娼館の気に入った一人をせめて愛人に、と考えたら、その瞬間、彼女に対しても駄目になる。
ああリメイン、僕は貴族失格なのだろうか」
セスは丸い眼鏡の下の瞳を更にまん丸くさせた。
「何だね彼は。要するに貴族云々の前に、子供を作りたくないだけだろう?」
あっさりとそう言ってくれた。
「だったら官吏になって一人やって行く道を考えればいいのに、いつまでも貴族の息子であることにこだわりすぎているから、気持ちが彼の息子を元気にしてくれない、というのが判らないんだね」
可哀想な男だね、と夫は言った。
「何か返事を書いてあげるのかい?」
「一行だけ」
*
それから一月ほどして、姉からアイザックが修道院に入り修行僧になったという知らせを受け取った。
「貴女何書いたのよ」
そう姉が訊ねてきたのでこう答えた。
「貴方は貴族に向いてないのですよ、と」
要するに私の婚約者だった人は、……だったのですよ。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo
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