兄の威厳VS妹の意見

12月10日(金)


 東京での最後の仕事は相撲部屋の「見学」。これもJHK関連の仕事。身体を大きくしたい俺にとっては興味のある題材でもある。東京の下町にある相撲部屋にお邪魔する。その部屋が選ばれたのは同い年(早生まれなので学年は一つ上)の新十両の力士がいたからだ。


早起きは慣れているとはいえ、さすがに相撲部屋の方が朝は早い。ただ俺が案内されたのは見学のための稽古場の桟敷さじきではなく、普通にまわしに着替えさせられる。「見学」にこの恰好いる?とは思ったもののわりと頭が働いておらず、なすがままにまわし一丁に。筋トレの成果が少し出てるのが嬉しい。


 お弟子さんたちに「ひょろいなぁ」と背中をパンパンはたかれつつ稽古場へ。みなさん準備運動中。あー、俺もストレッチしよ。


 「沢村君、『股割またわり』はどれくらいできる?」

部屋頭の関取さんに聞かれる。股割って地面に座って足を全開に広げて額が地面につくまで前屈するアレだよね。野球でも割とお馴染みである。

「一応プロ(選手)なのでそれなりに。」


 俺の股割姿を撮影のためカメラまで。俺が補助の助けもそこそこに180度開脚でヌルンとばかり上半身を地面につけると感嘆半分、舌打ち半分なリアクション。ここでギャー痛い!ってなってほしかったんやろなぁ、でも残念。これにいちばん食いついたのが親方だったりする。よほど意外だったんだろうか。


 その後は「四股踏しこふみ」。筋肉の動きを確かめながらゆっくりと高く足をあげて踏む。これアメリカでやったらめっちゃウケそう。


 ぶつかり稽古とかも体験させてもらう。これが「胸を借りる」ってやつなのね。よく交通事故並みの衝撃と聞くけど確かに皮下脂肪がないと怪我しそうである。


 最新の科学に裏打ちされたトレーニングが大事だけどこういうレスリングや相撲といった最古のスポーツのトレーニングにも有用なヒントは多い。


 稽古の後はみんなで風呂に入って「ちゃんこ」をいただく。客人なので上座なのがなんとなく申し訳ない。親方に稽古の感想を求められる。


「足の指とかかとの使い方ですかねー。いつもはスパイクを履いてるんでなんとなくやってたんですけど、裸足になると足の裏や指のどこに負荷をかけるか意識せざるを得ないですね。勉強になりました。ちょっと自分のスパイクを見直したくなりましたね。」


 ちなみに食事に関しては「今食べないとヤバい」という緊張感がびんびんと伝わってくる。なんだか食べた気がしない。ン?逆にそれはもっと食えるということでは?(逆説)


12月18日(土)


 俺はほぼ東京での用事を終えて週明けには実家に戻っていた。それでこの平日は母校でトレーニングを積みつつと併設のスポーツ医療施設でメディカルチェック。来季に備える。まあ「ステータス画面」のパラメータで自己の身体のおおよその状況は把握できているのだが。


 ついでにスポーツや体育の授業中での事故などで怪我をしてリハビリテーションに励む子どもたちを支援する基金にも寄付をしているので、子どもたちの慰問も行った。同じ施設なので移動が楽。


 アメリカではまだ年俸が低いのであまり多額の寄付はしていないが徐々に寄付対象や寄付額を増やしていく方針だ。慈善活動やそれに対する寄付はプロアスリートの義務でもあるし、税金対策にもなる。


 そして夜にはJHKスペシャルで俺の特集が放映。

「9時かぁ。せっかくのオフだから寝るわ。録画よろしく。」


「おいおい、小学生かよ。」

俺が就寝しようとしたら家族に止められた。

「いや、今日日きょうび小学生だってこんなに早くは寝ないだろ。せっかくのオフなんだから早く寝たいじゃん。」

俺の反論に家族も唖然とする。

「いやいや逆でしょ。オフなんだから朝ゆっくり寝るんじゃないの?」

残念ながらそれで天下獲れるほど天才じゃないんよ。だいたい「家族団らん」は夏にやったろ。


 だが結局家族そろって観ることに。内容は春のトレーニングからの話で由香さんの取材映像などをもとにまとめられてた。


 例の亜美の大学の教授のコメントも。肘や肩にもっとも負担をかけない投球フォーム。ボールをもっとも遠くへ速く強い打球を飛ばすための打撃フォームと大絶賛。……さすが魔法制御すごいわ。


 そしてその「技術」を支える身体の柔軟性、体幹の強さ、関節の可動域。さすがにこれは自前です。

「ねー、今亜美ちゃんちょっと映ってたね。見た?」

妹よ。お前はもう少し兄の偉大さを評価すべきだ。


 そして先日の相撲部屋の場面も。

「身体が柔らかくてがっかりじゃなくてびっくりしました。」

おい。体重かけてきたの忘れてないからな(笑)。

親方は「大リーグねぇ。もったいないね。今から私に預けてくれれば5年で……いや4年で横綱にしてみせますよ。それくらい素質はあるし頭もいい。」

思いきり褒めてくださり恐縮しきり。


「お兄が相撲?デブになったら臭いからこっち寄らないでよ。」

「ならんし。」

妹よ、お前は力士をなんだと思っているのだ。


家族団らんの結論。JKは傍若無人ぼうじゃくぶじんだ。

これで仕事納めのはずだったのだが。


 

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