華燭の典と酔っぱらい

 11月28日(日)


 由香さんとマシューの結婚式がダーラムの教会で行われた。教会堂は日曜日には礼拝があるので結婚式のようなイベントは土曜日などが多い。ちなみにホテルにあるチャペルは礼拝堂という訳が多くプライベートな施設であって教会とは異なる。


 一応、式の様子はインターネットで中継しているそうだけど日本の披露宴の時にダイジェスト版動画を流すそうなのでそれで充分です。


「健、冷たいじゃないか。俺たち1年近くルームシェアしてた仲じゃないか。」

 マシューが半分冗談で抗議していたが。ただ俺が不義理でもなんでもないことはそちらとこちらの時差を考えたらすぐにわかる。あんたらは午後かもしれんがこちとらは草木も眠る丑三つ時でっせ。


11月30日(火)


 今日はとある都内の高級レストラン(スペイン料理)。うーん、この言い方。まさに田舎者で成金のセリフ。そして、まったくもってその通りな俺。年俸は安いがスポンサーからのCM出演料などでその10倍くらい収入はあるので、て、手ごろなお値段のレストラン……なんでしょうが俺の通算40年ほどのド庶民生活が俺の金銭感覚に贅沢を許さないのかもしれない。


 前置きはここまでにしておいて今日は亜美の20歳の誕生日。小学生の頃はよく「お誕生日会」にお呼ばれしたものだが、今回は8年ぶりに参加することに。まあ、費用の方はだいぶ俺持ちなところはある。(誕生日プレゼントの一環)。


 来るのは彼女の家族と、アメリカから来日したばかりの由香さんとマシュー、そして熊野さん。由香さんも亜美の取材を続けているので亜美の家族とも顔見知りである。そして時差ボケの治療を熊野さんにしてもらうことも目的の一つ。(結婚祝いの一環)。


 予約した個室に入ってきた2人は案の定ぐったり。まあ「独身夜会バチェラーパーティー」からの「結婚式」、「結婚パーティー」からの14時間の飛行機(エコノミークラス)である。一応飛行機内でも眠っていたそうだが完全に疲れ果てていた。


 テーブルに突っ伏す二人。食欲なんてまるでなさそう。だが、熊野さんが印を組んでから手をかざし、体内に滞留する気の流れボルテックスを再び流れさせるとみるみるうちに回復していった。


 まあ俺がいた異世界での「軽い治癒ライトヒール」なんだけど俺の「自動回復」よりははるかに即効性がある。


「すごい、本物だよ。」

二人ともびっくり仰天。


 その後亜美と家族が到着。亜美が(表向きは)初めてのお酒はシャンパ……イタリア料理だからスプマンテ。


 亜美の家族とはリトルリーグ時代から親交が深いので、雰囲気は和気あいあいそのもの。亜美父も上機嫌で酒が進みそうなのを亜美母にたしなめられていた。

「ちょっと。酔っぱらうほど飲まないでよ。」

「大丈夫大丈夫。俺はもう父親として十分頑張ったんだなぁ。」

「バカ言ってないで。まだ亜美の学生生活も2年残ってるわよ。」

ただ娘の「誕生日会」は20歳まで、というのが亜美の両親の決め事だったとか。


 亜美に誕生日プレゼント、由香さんたちに結婚祝いを渡した。


「まあ、来年からは二人で祝いなさいよ。」

亜美母が言うも、いやー、それは無理だな。俺の動向を追うマスコミの数もすごい増えたし。二人きりで行動なんて恰好の餌食だ。


 一方、体調が回復した由香さんとマシューも料理を堪能したようでよかった。食べないと本格的には回復しないしね。今週土曜の披露宴に向けた準備と東京観光に終始するようだ。


「誕生日会」「結婚のお祝い」は無事に終了。


12月4日(土)


 都内のホテルで由香さんたちの披露宴。出席はマスコミ関係が多い。おびただしい「名刺攻撃」。鑑定スキル初級(勇者の基本魔法)で整理しておく。「勇者」にとって宮廷での人付き合いは大事なのだ。顔と名前を整理。


 亜美も来ていた。俺のアメリカでの卒業記念プロムの時に来てきたピンクのドレスにレースのボレロを羽織っていた。

「今年はよく会うね。」

と笑っていたが、背中が2年前よりもだいぶ逞しくなっていた。


「あー、健ちゃんだー。」

 親戚一同には、俺にサインと写真撮影を求めることを遠慮いただく旨は周知されているが、子供たちにまでいきわたるわけもなく。子どもが寄れば親も寄ってきてしまう。一度例外を許すと抑えは効かなくなる。


 宴席で酔った男が足をふらつかせながら寄ってきて俺にレシートの切れ端をよこしてきた。まさかこれにサインしろってわけじゃ……。日本人は割とサインを求めるマナーが悪い人が多かったりする。正確に言うとマナーの良い人はサインを求めるTPOをわきまえているのだ。


 基本的にサインを求める時はペンも用意するものだ。ましてレシートの裏にサインを求めるとかもってのほかだ。

「すみません。今は披露宴の最中ですので。」

俺が断ろうとすると途端に赤い顔をさらに真っ赤に。


「なんだと?たかが新人王取ったくれーで偉そうに。」

あ、ヤバいタイプか。こういう時は「睡眠魔法」。彼は急にしりもちをつくとそのまま仰向けになっていびきをかき始める。まあ酒癖が悪いだけなのだろう。ここを俺が容認してしまうのは中の人が昭和だからかもしれない。


 


 

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