新人と不文律

9月25日(土)


 今日もヰチローさんがグラウンドまで。ビジターチームの練習の方が後になるからだ。さすがに俺も相手チームのロッカールームには行けない。


「健、昨日の球よかったな。いわゆる『気持ちが入った球』だった。ちゃんと言えば『回転がしっかりとかかった球』かな。お前のアメリカに来てからの球はずっと気になってたんだよ。速いけど軽かったからな。悪いけど昨日のベンチも打者連中みんなもマツヤニを疑ってたよ。うちのフェル(エースのフェルディナンド・フェルナンデス)が俺になんて言ったと思う?『あの坊やにクリームの銘柄を聞いてきてくれ』だってさ。」

もちろん冗談なのだが。それ、ぜってーシャレになりませんて。

「……まあそれくらい回転がかかってったってことですよね。」

それにしても日本のボールが懐かしい。


 今日はこちらがゲイザー、あちらがフィッシャー(6勝12敗・右投げ)。


俺は1番指名打者。ヰチローさんは1番右翼手。


 今日は1回裏から攻める。俺が久しぶりの二塁打。そこから長短打を集めて4得点。ただそこでフィッシャーが立て直して6回まで追加点を許さず、マトリックスが1点返す。


 7回にBJの18号と、俺の今日2本目の二塁打で出るとショーンのタイムリーで2点。さらに8回に3点加えて圧勝。首位を守る。Mカブレロは2打点加えて124打点。バチスカーフは本塁打なし。


9月26日(日)


 今日はデーゲーム。マトリックスとの今季最終戦だ。

先発投手はあちらがフレッチャーでこちらがフィールズ。。ヰチローさんは定位置の1番右翼手で俺は久々のクリーンアップの3番指名打者。というのは今日はドンゴとカールが休み。実はヤーナーズの連敗でこちらにも一敗できる余裕ができたためだ。


 カールはもともと予定の休養だがドンゴは前日に受けた死球の影響かも。


 ただ、チーム1,2を争う好打者の2人がいないというのはほぼ勝負は投げていると言っていい。マトリックスにとって標的は俺だけなのだ。俺にはほぼストライクを投げてもらえず。


 チームも2対6で敗れ勝ったヤーナーズに1試合差で迫られる。Mカブレロは2打点加えて126打点。バチスカーフは本塁打なし(52本)。


9月27日(月)


 オーソドックスとの、そして本拠地での最終3連戦のはじまり。

観客席に「PSポストシーズンへ」という手製のボードに混じって「50」のボードがちらほらと。最多新人本塁打記録にあたる50号を期待するものだ。平日であるにもかかわらず日本から来たお客さんだろう。日本語の横断幕をお手製でもってきている人もいる。


 植原さんのところに挨拶に行く。今日はヰチローさんの話で盛りあがった。

「健ちゃん、打てるんなら50号は早めに打っといた方がええよ。」

ふと真顔になった植原さんが思い出したように言った。


「そりゃ狙って打てるもんでしたら今日にでも。」

「ちゃう、そういう意味やない。お前に打たさんとこ,

ってが流れとんねん。まあ新人記録『まで』なら、それはそれでええねん。世間も盛り上がるしな。ただそれ以上欲張らんとき、って空気が流れとう。」

「それはどういう?」

「いや、別に誰も口にしてへんよ。ようは新人がいくつタイトルとっても給料は増えんよ、って話や。」

つまり、俺には新人王というタイトルがあればいいでしょ、っていうことか。


 ただこの考え方にも一理もないわけではない。基本的に25歳以下のメジャー在籍3年目までは、年俸はほぼメジャー契約「最低額」で推移するというのが慣例だからだ。(俺は昨年少し上がったのは代理人のケントが普通の日本人メジャー選手にかかる通訳費用がいらないんだから年俸としてよこせと交渉したからである。)

  そして4年目から「年俸調停権」が選手側に発生するため、そこからぐんと給料があがるというシステムだ。


 もちろん、今タイトルを獲れば数年後に生きてくるのは当然だが、スーパースターのカブレロと俺、メジャー苦節8年、5球団を渡り歩いてようやく素質が開花しタイトルに手が届きそうなバチスカーフと俺、どちらにタイトルを獲らせてやりたいかという心情の話なのだ。


「まあ(高卒)新人にいきなりタイトル獲られたらどう考えても悔しいよね。」


 先発はこちらがウェズであちらがマティス(左腕)。俺は今日も死球の影響で大事を取って欠場するドンゴの代わりに4番に入った。


 とはいえ、初回から俺にも死球。さすがに観客席スタンドからはブーイング。俺も「体表硬化」があるのでけがをすることはないけど前世のトラウマは刺激される。しかも俺だけ内角へのストライクゾーンが「普通」になっている。審判もグルだという確証はないがこれが「新人の扱い」なのだろう。


 結局0対4で敗れる。ヤーナーズもお付き合いで敗れて順位に変動なし。


打者

(左)打席249 打数220 安打71(長打43)四球29死球3敬遠5 犠打4 打点82 二塁打10三塁打1 本塁打32 

(右)打席95 打数87 安打36(長打24) 四球6敬遠1犠打1 打点43 二塁打6 本塁打17


(合計)打席344 打数307 安打105(長打66) 四球35死球3敬遠6 犠打5 打点125 二塁打16三塁打1 本塁打49 打率 .349 出塁率.435長打率.889 OPS1.324

盗塁8


投手

(左)試合12 5勝4敗  73回 失点25 奪三振53 防御率3.08

(右)試合12  5勝 3敗  73回 失点21 奪三振50 防御率2.59

合計 試合22 10勝 7敗   146回 失点46 奪三振99 防御率2.84


 

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