新人の洗礼と……

9月1日(水)


 デズとヘル吉が一生懸命自分のロッカーで私服を探していた。そして目の前のハンガーにぶら下がったセクシーなスリットが入った女性用ドレスに気が付く。

「マジか……。」

二人が周りを見回すが、みんな目を逸らした。


「健!」

俺に振るなよ。

「こんなもん俺たちにどうしろってんだよ?」

ランジェリーを振り回すんじゃねえ。

「まあ落ち着け。新人歓迎といえば女装が定番なくらいはさすが知ってるだろ?みんなやってきたんだ。だからそれ着たらソファに座って。今回メイクは特別にクラビーさんがやってくれるから。」

 二人ともあきらめてドレスを着るとソファに座る。

「ほら、女子がそんな脚を広げて座るもんじゃありません。」

俺がたしなめるとどっと笑い声が起こった。


 去年の俺は移動日だったものだから自分でメイクからこなしたんだが。今回はメイクをできないことを想定して依頼済み。中年女性のクラビーさん2人がノリノリでメイクをしてくれていた。自分の時は必死だったがこうして他人事だとあいつらには悪いが非常に楽しい。


「二人とも『垂れ目』ぎみだから予想よりは女装に合うね。」

俺が褒めても不貞腐れている二人。ただ鏡をチラチラ見て出来栄えを確認しているあたり、まんざらでもなさそうだ。

「健も去年やられたの?」

ヘル吉の問いにBJが代わりに答えた。

「健の女装は……やばかったな。」

「じゃあ健もやろうよ。せっかくだし。」

なにがせっかくだしだ。やらねーよ。


その後は普通にパーティ。カールのギターとドンゴのドラムと俺のピアノでセッションしてデズとヘル吉に「マイウエイ」を歌わせたりと盛り上がった。こんなバカ騒ぎもいつか懐かしむ日が来るのだろうか。


 9月2日(木)


 たっぷり寝て、たっぷり食い、そしてたっぷり動く。休みであって休みではなく。ただ明日のためにあがくことができるのが若さの特権。「人生通算40年」の結論みたいな一日。ちなみに松阪さんがオーソドックス相手に今季9勝目をマーク。オーソドックスは明日からの対戦相手である。


 9月3日(金)


 早朝球場に集まり、そこからバスで空港へ移動。「メジャー遠征」は初めてのデズは飛行機の(一人当たりの)広さに大興奮。わかるわかる。


 チャーター便での2時間半のフライトののち、ボルチモア・オーソドックスの本拠地へ。オーソドックスは同リーグ同地区。そして最下位のチーム(借金37)。むしろ取りこぼしてはいけない相手というのがかえってプレッシャーになる。相手もすでに勝ち負け関係なく来季を見据えて「開き直って」来るのが怖い。 


  植原さんに挨拶しようと例の外野にあるブルペンに顔を出す。ブルペン陣でもクローザーなのでまだ肩は作り始めてなかったので少し会話する。昨日の松阪さんの話で盛り上がった。


 今日の先発はゲイザー、あちらはビルウッド(右腕)。俺は1番指名打者。ビルウッド氏は今季すでに3勝14敗と大きく負け越している。というか、さもありなんともいえる球の荒れよう。外へ大きく外れる投球が多い。これならあえて植原さんを先発から外して彼を使う意味がわからない。それでもかつての球宴出場投手なのだからかも。昔の名前も実力の内なのか。


 3回の2巡目の打席、右前安打で出たブライアンを無死一塁において。初球は地面に叩きつけるような4シーム。捕手が身を挺して後逸パスボールを防ぐ。2球目の外目のカットボール(137km/h)をたたく。打球は逆方向へ、レフトスタンドギリギリに入る36号2ラン本塁打。先制に成功。その後ドンゴの二塁打で加点。


 続く4回にも一死三塁一塁の好機で打順が回ってきたが、申告敬遠で一塁へ。


試合は1対5で勝ち、俺は3打数1安打1本塁打打点2、四球2(敬遠1)という結果に。初戦を取ってホッとする。

 

 9月4日(金)


 月間MVPと月間最優秀新人賞の発表があり、8月ぱっとしなかった俺は選外へ。今月4勝をあげたウェズが初の受賞。本来はセントピートに帰ってから表彰したいところだが、しばらく遠征試合ロードゲームが続くため、試合前にここで簡単に表彰式。敵地アウェイだけあって「この人誰?」感たっぷりで少しも盛り上がらなかったけどね。


 微妙な空気の中、俺は打席に入った。今日の先発はこちらがフィールズ、あちらがガトリング(右腕)。ジェレミー・ガトリングは2季連続10勝を達成しており、

昨年のWBCでアメリカ代表にも選出されている。(ただアメリカが本気ではない大会だったとも言われている。)


 150km/hの4シームと同じくらいの速度の高速シンカー。手元で動く球、ってやつ。ただ5球目の高速シンカーは逆球だったのだろう、真中に入って来る。失投をしっかりと芯でとらえたボールは右中間スタンドへ。


37号先頭打者本塁打。

「おい、俺より目立ってんじゃねーぞ。」

ウェズが俺の頭をポンポンとたたく。


 ただ投手陣が踏ん張れず。フィールズは4回1/3で5失点。ヘル吉が初の中継ぎ登板も慣れない出番に調子をつかめず2失点。8対4で敗北。最後は新クローザーの植原さんも出てきた。4点差なのでセーブポイントはつかなかったけど。


俺は4打数2安打。


 【沢村健の今季成績(通算)。】 

 

打者

(左)打席197 打数175 安打56(長打32)四球16死球2敬遠3 犠打4 打点70 二塁打7三塁打1 本塁打23 

(右)打席83 打数75 安打31(長打20) 四球6敬遠1犠打1 打点33 二塁打6 本塁打14


(合計)打席280 打数250 安打87(長打52) 四球22死球2敬遠4 犠打5 打点103 二塁打13三塁打1 本塁打37 打率 .348 出塁率.408長打率.852 OPS1.260

盗塁6


投手

(左)試合9 5勝2敗  61回 失点20 奪三振46 防御率2.95

(右)試合9  4勝 3敗  61回 失点16 奪三振41 防御率2.36

合計 試合18 9勝 5敗   122回 失点36 奪三振87 防御率2.66 

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