世間は狭い野球界。

8月19日(木)


 だれや?記者さんの誰かが検索したらしく「(2年前の)北京五輪で対戦してます」と教えてくれた。なるほど、当時のアメリカ代表だったのか。一次ラウンド最終戦の先発投手だ。


「あの時は打たれたけど今日は負けないぞ。」

地元の記者たちに笑顔で宣言。


そうだ、その試合で俺は2ラン本塁打を彼から打ってる。

「いやぁ、お互いあの時はマイナーリーガーだったけどこうやってメジャーの舞台で対戦できるなんて。お互いに最善を尽くしましょう。」

 必死で棒読みをこらえてお互いに握手。それを撮る報道陣。表題は「因縁のリベンジ対決」、そうですか。 


 で、本日は1番打者リードオフマン。ケーニッシュは左打者相手にはシンカーとチェンジアップ中心の組み立て。ランナーを返すより自分が塁に出る立場は気楽でいい。5球目の149km/hの内角高めのシンカーをレフト前に流した。すかさず盗塁。長距離打者を想定していた相手バッテリーを驚かす。


 3回の二死無走者で迎えた第二打席はケーニッシュの2球目がナックルカーブだった。外に大外れだったけどね。そこからはやはり得意のシンカー。3球続けてきたので今度はセンター前へ。そしてまた盗塁。4シームをあまり使わない分走りやすいよね。


 試合の方は4対3で惜敗。見事にケーニッシュが勝利投手に。これでリベンジできたんじゃない?……知らんけど。そもそもこの「リベンジ対決」もあちらの地元ケーブルTV局の企画だそう。お互いそんなに覚えていなかったというのが現実。まあ「五輪野球」の価値はアメリカではその程度なのだ。プレーオフからのワールドシリーズ。それがアメリカ野球では至高の価値なのだから。


 亜美たちはカナダ代表相手に6対0で快勝、準決勝進出を確定した。

なれない海外で連日の試合。さぞかしつらいかと思いきや

「ぶっちゃけ女の子相手だからねぇ。男子大学生相手の練習や試合の方がよほど辛いよ。あー筋肉がもっと欲しい。」


 笑ってはいるがそれが本音なのだろう。俺も今年は「筋力」と「体力」の不足で苦しんでいる。オフは俺も亜美もみっちりと身体をつくらないとヤバいだろう。幸い、俺の母校には科学的トレーニングやスポーツ医療の専門の学校が併設されている。亜美の大学にもその道の専門家が多い。


8月20日(金)


 今日はヘル吉の先発投手。

「健、今日は援護よろしくね。」

ブルペンから上がってきたヘル吉が俺に声をかける。

「ごめん。俺今日は休養だから先発落ちなんだわ。」

「うそ!?」

驚いて固まるヘル吉を残してグラウンド練習へ。すまん、お前のがっかりした顔、嫌いじゃないぜ。


 ただ6回1/3を3失点とQSをクリア。1点リードでブルペン陣にバトンを渡したものの、中継ぎが踏ん張り切れずに逆転負け。ブルペン陣に文句を言うつもりはないが、先発投手としては勝利の権利が手からするりと抜けるのはやはりつらい。


 「ねえ、健は投手と打者、どっちがメインなの?」

本日開催国のベネズエラ代表を10対0の5回コールドで「葬り去った」亜美。


「なに?投手転向でも打診された?」

女子代表チームではほかのどの投手よりも速い球が投げられる亜美。だからこそ本職の遊撃手なら女子世界ではNo.1と称されているし、男子のチームでも外野手として十分に通用している。130km/hを超える4シームなら大学や社会人チームなら条件次第では十分に通用する。女子チームなら投手に、と請われるのは当然だろう。


「まあね。」

亜美は少し言葉を濁す。彼女には彼女のプランというものがあるのだろう。

「俺は打者がメインかな。ただだんだんと投手の面白さがわかってきたのも事実だけど。」


8月21日(土)


 西海岸の空気がよほど身体に合うのか、俺は自身の体調コンディションの回復に手ごたえを感じていた。ケントの別荘もロス近郊にあるというが納得である。


「健、お前まさか彼女との電話で夜更かししすぎて体調をくずしてたんじゃないだろうな?」

 コーチに疑われる。いや、俺もプロなのでそこまで道を踏み外してはいないです。怒られるのかと思いきや

「そんなに惚れているならさっさと結婚すればいい。」

そう来たか。そういう問題じゃないのだが。まあ日本と違って「まだ若い」とか「早い」とかは言われんのね。


 本日の先発はこちらがブライス。向こうは左腕のヘンダーソン。俺は7番指名打者。これは左腕相手で俺が右打席に立つということでやはり打順上位は左打者が望ましいということらしい。……というか打率も俺がぶっちぎりでトップなんだけど。


 2本の二塁打で4打数2安打1打点。チームもドンゴの18号本塁打などで5点をあげて4対5で勝利。連敗を止めた。


 ロッカールームで取材。

「最近本塁打が出てないねぇ。」

記者さんの恨めしそうな言い方。本塁打じゃないとニュース性が低いのだ。


「今日は右打ちで二塁打が二本出てるんで調子は戻ってきましたよ。ほら、『ヒットの延長が本塁打』って言われていますし。」


 これは選手ひとによって意見が異なるが、俺の場合は下手に一発を「狙う」と無意識に「力み」が生じて魔法に制御されたフォームに狂うので基本的には「無心」だ。

「とりあえず明日の試合も応援お願いします。」


  【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席173 打数151 安打48(長打28)四球15死球2敬遠2 犠打4 打点62 二塁打7三塁打1 本塁打19 

(右)打席70 打数64 安打27(長打18) 四球5敬遠1 打点31 二塁打6 本塁打12


(合計)打席235 打数207 安打71(長打44) 四球20死球2敬遠3 犠打4 打点93二塁打11.三塁打1 本塁打31 打率 .349 出塁率.400長打率.856 OPS1.256

盗塁6


投手

(左)試合8 5勝1敗  58回 失点14 奪三振44 防御率2.17

(右)試合8  4勝 3敗  55回 失点15 奪三振38 防御率2.45

合計 試合15 9勝 4敗   113回 失点29 奪三振82 防御率2.31



 


 

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