西海岸へ。

8月18日(水)


「じゃあ、昔のよしみでお前にアドバイスしてやろう。」

ジョシュはまだ3割5分の打率をキープしていていまだにリーグトップを守っている。ていうか「昔」もなにも「昨年」1シーズン一緒やったやないか。


「お前の場合、技術の問題じゃなくて単純に『体力スタミナ』の問題だからな。」


 確かに学生時代は栄養士の先生から摂取カロリーを設定され、それこそ吐く寸前まで「無理やり」に近い形で食わされていたが今は自分で管理しなければならない。マイナーリーグ時代はホームステイ生活していたモンゴメリー時代は良かったけど。


「なんも背丈だけが成長じゃないからな。次は筋肉だよ。日本製メイドインジャパンがどんなに優秀でも、身体をつくる材料がなければ成長のしようがないからな。」

ジョシュの言うことはごもっともとしか言いようがない。


 今日は8番一塁手での起用。病み上がりのベーニャに指名打者を譲ったことと、ドンゴやカールBJら中軸が好調なので、俺を下位打線の核とした戦法を試してみたいらしい。


 結果はドンゴ16号、BJ11号の本塁打を含む打線の中核が機能して8対6で勝利。俺は敬遠四球を含む3打数2安打。求められた役割を果たす。


 終わってシャワーを浴び、バスに乗り込む。遠征の始まりだ。ちなみにMLBの球場は空港からのアクセスがいいところに立地していることが多い。


俺の隣りに座ったヘル吉が不思議そうに言った。

「チームでいちばん打ってるのは健なのにね。」

俺の処遇(打順)がおかしいと思ったのだろう。


「まだ俺もルーキーだからね。そろそろほかの球団も俺のスカウティングレポートも整ってくる頃じゃないかな。勝負はここからってとこだよ。」

 とは言え、30本塁打というレベルをクリアした現在、俺をスタメンから外すという判断はもうできないのだ。その程度にはMLBアメリカは本塁打至上主義なのだ。


 チャーター機の向かう先は西海岸、カリフォルニア州オークランドだ。明日からオークランド・アスリーツとの4連戦、その後続けてロサンゼルス・アンカーズ・オブ・アナハイムとの3連戦が計画されている。


 飛行時間は離着陸を含めて3時間ほどだ。ただ東から西への移動なので時間帯を2つ跨ぐため、着いたら6時間が経っているという計算。


 「うわぁ専用機は初めてだよ。」

ヘル吉がメジャー昇格後、初の飛行機(チャーター機)移動ではしゃいでいる。気持ちはわかるが時差ボケは辛いぞ。


 亜美たちの試合結果を知ったのはホテルに着いた頃だった。8対10でオーストラリア代表に惜敗したのだ。心配して通話すると案外サバサバとした反応で驚いた。


「大学でリーグ戦を経験してるからね。負けたのは悔しいけどダメージはそこまでじゃないよ。」

確かにトーナメント戦中心の高校時代とは一敗の重さは違うよね。


亜美の表情は明るかったが疲れも見えていた。

「亜美、ちゃんと食欲はある?」

「それママと同じセリフやん。」

俺が心配して訊くと亜美は苦笑した。


「……タンパク質はしっかり摂ってるよ。それより健も相当やつれた顔してるよ。あんたこそちゃんと食べなよ。あ、でもおばさんがアメリカそっちに行ってたからたくさん食べさせられたの?」

「うん、野菜ばっかりな。しかもアメリカ産の。」

「やっぱりね。外国に行くと日本の食べ物が恋しくなるよね。」


 とはいえ、学生時代は「炭水化物」を詰め込むのがいちばん辛かった。

 

8月19日(木)


 西海岸の気候は快適だ。特に湿度が低いのが良い。なにしろ夏の間は雨が一滴も降らないこともある。朝方は20℃をきって肌寒く感じることすらある。


 早朝、目が覚めてしまってホテルの周りを走ろうとロビーでストレッチをしているとヘル吉が降りてきた。

「なんだよ、せっかくの一人部屋なのに、もう目が覚めたんかい。」

マイナーリーグの遠征は2人部屋は当たり前なのだ。

「うーん、なんか静かすぎて落ち着かないよ。軽くその辺を流そうかと思ったけど、相変わらず健はストレッチを入念にするんだね。」


 レイザースにとってアスリーツは5月にノーヒットノーランをくらった「因縁の相手」ではある。もちろん、その一件のおかげで俺のメジャー再昇格が決まったようなものなので個人的にはむしろ恩義を感じるべきではないかというレベル。


 練習のためにグラウンドに出ると改めて増加した日本からの報道陣に驚く。俺の成績が30本塁打を超えて「新人王争い」の最右翼に踊り出たところから日本からの注目度が増しているとは言え、そこまでいわゆる「番記者さん」が増えるのだろうか。


 俺は新たに現れた記者さんたちから「名刺」をいただく。残念ながら由香さんが亜美の取材で不在のため、場を取り仕切ってくれる人がいるのがいかに重要かが理解できる。そのことはアスリーツの投手が俺を表敬訪問してくれたことで明らかに。


「今日先発するケーニッシュだ。久しぶりだな、健。」

……この人だれ?俺この人と初対面な気しかしないんですけど。救いを求めるように報道陣に目をやると、なんと全員が目を逸らしやがった。これだけ雁首揃えてる割に……。(怒)由香さんを探すんじゃねぇ。今はベネズエラや。


  【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席169 打数147 安打46(長打28)四球15死球2敬遠2 犠打4 打点62 二塁打7三塁打1 本塁打19 

(右)打席66 打数60 安打25(長打16) 四球5敬遠1 打点31 二塁打4 本塁打12


(合計)打席235 打数207 安打71(長打44) 四球20死球2敬遠3 犠打4 打点93二塁打11.三塁打1 本塁打31 打率 .343 出塁率.397長打率.860 OPS1.256

盗塁4


投手

(左)試合8 5勝1敗  58回 失点14 奪三振44 防御率2.17

(右)試合8  4勝 3敗  55回 失点15 奪三振38 防御率2.45

合計 試合15 9勝 4敗   113回 失点29 奪三振82 防御率2.31



 


 


 



 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る