早熟か未熟か。

 8月9日(月)


 ブルージーンズに3タテスイープを食らった当日、トロントからデトロイトへ。簡易とはいえ入国審査が一回入るので当日移動だった。次の相手デトロイト・タイタンズは同じア・リーグだが中地区であり現在3位。そろそろ勝ちが欲しいところだが、今日の先発はチームの勝ち頭のブライス。


 そして俺の代わりに先発ローテーションに入るのがヘル吉だった。

「よぉ、先発外されたんだって?」

「2週間ほどだけどな。」

投手専任なら「短期DL」入りだったはずだが「野手」登録に移り、空いた投手枠にヘル吉が呼ばれたというわけだ。もっとも外されたのは俺だけでなくウェズも「過労」で調整のために短期DLに入ったのだ。


「しょうがないよ。健の年齢は本来ならあと2年は身体づくりをするはずだからね。しかも二刀流選手2ウェイプレイヤーなんだから当然体力が足りなくなるよね。」

ヘル吉はそう慰めてくれるのだが。

「昨季はフルシーズンでったんだけどなぁ。」

俺が不思議そうに言うと

「いやいやメジャーとマイナーじゃ試合あたりの消耗の度合いが違うでしょ。マイナーは移動はきついけど試合自体はそこまでじゃないし。」


 確かに体力だけでなく魔力もぎりぎりいっぱい使っているのは確かだ。

ちなみにウェズがいなくなったのでヘル吉も「ドリンク当番」である。


 今日は5番指名打者で先発。2回裏にショーンの後逸パスボールをからめて先制点を献上。いやなムードを漂わせたが3回にジョイナーの6号ソロ本塁打とゾルディストの犠牲フライで逆転に成功。4,5回に追加点をあげて、久しぶりの勝ちパターン。


 俺は8回のエンタイトル2塁打(打点なし)のみで終わる。でも勝ったからいいや。ただ、連敗からのやっとの脱出のせいでドリンク当番が「臨時出場」になったというオチがついたが。


 8月10日(火)


 連敗脱出してもまた負けてしまっては仕方ない。「勝って兜の緒を締めよ」ってやつ。いくら飲みすぎたからって二日酔いとかしてくんなよ。


 みんな先日あれだけ飲んだのに「何食わぬ顔」で球場入りしていた。褒めるところではないが素直に感心はする。


 今日はヘル吉のメジャーリーグ2回目の先発登板。相手はマックス・シェーザー。先回の対戦では3タテスイープしているとは言え、侮れない相手だ。


 打撃練習の自分の番が終わった後、外野で球拾いをしているとタイタンズの選手が近づいてきた。ミゲル・カヴレラである。先回の対決で本塁打を食らった相手。

「キミ、バッターもやってたんだね。」

今頃知ったのかよ……。と言いたいが俺とてただの新人選手ルーキーだからな。

「同じ名前の日本人が二人いると思ったんだよ。」

そういえば、この人もベネズエラ出身だったよな。亜美もベネズエラに着いたと連絡があったし。どうも俺から打って以降、本塁打が2週間ほど出ていないようでいつの間にか俺が27本、彼が26本と追い抜いてしまったようなのだ。


「そういえば女子野球のW杯がベネズエラで行われるのをご存じでしたか?」

少し気まずさを感じた俺が不意に話題を振ると彼は満面の笑みを浮かべた。

「もちろんだよ。開催都市のマラカイは俺の故郷なんだよ。」

ベネズエラでも有数の野球が盛んな街らしい。(ちなみにホセ・アルトゥーベもマラカイ出身である。作者註)


 おかげで故郷自慢やら女子野球の意義についての話が続いた。俺の周りの日本人記者はもう録音すらしていない。後で話の内容を要約して、と言われるパターン。ただ最後に「キミのセンスは早熟だね。でも身体はまだ未熟だ。焦る必要はないよ。」

と言われた。親切なアドバイスともとれるし、小僧は小僧らしく大人しくしてろよ、という恫喝にも聞こえる。おそらくはどちらも正解なのだろう。記者さんたちにはなんと伝えたらいいのやら。とりあえずは「顔と名前を憶えてもらったようで光栄です」とでも言っておくか。


 試合だが俺は6番指名打者。シェーザーは左打者にはチェンジアップを決め球にすることが多く、3秒先が見える「魔眼」を使える身としてはありがたい投手なのだが、やはり「外野シフト」をしかれると凡打になってしまう。四球を一つ選んだが3打数無安打。ヘル吉はタイタンズ打線を7回無失点に抑え、チームも8対0で勝利。


 シェーザーも7回2失点で試合を作ったもののブルペン陣が崩れて負け投手に。ヘル吉はデビューから2連勝。もしかして俺の立場が危なくね?と危機感すら覚えさせるものだった。


 【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席152 打数132 安打42(長打27)四球14死球2敬遠1 犠打4 打点60 二塁打7三塁打1 本塁打18 

(右)打席57 打数53 安打21(長打14) 四球3 敬遠1 打点29 二塁打4 本塁打10


(合計)打席209 打数178 安打63(長打41) 四球18死球2敬遠2 犠打4 打点89二塁打12三塁打1 本塁打28 打率 .343 出塁率.392長打率.876 OPS1.268

盗塁4


投手

(左)試合8 5勝1敗  58回 失点14 奪三振44 防御率2.17

(右)試合8  4勝 3敗  55回 失点15 奪三振38 防御率2.45

合計 試合15 9勝 3敗   113回 失点29 奪三振82 防御率2.31


  


  


 


 


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