若き血と成熟《老い》た知と。

 7月7日(水)


 実はオールスターゲームには「最後の一枠」がある。というか今年から新たに設けられたものだ。選外になった名簿から5人がピックアップされ、そこから最後の一人が選ばれるのだ。その結果は明日明らかに。俺も運よくピックアップされたので日本からの「組織票」をお願いしたいものの、このシステムは知られていないことが多い。


 「健、今日は行けそうか?」

ベンチコーチのデイブが聞いてくる。

「回復力以外に若者キッズのとりえなんてないと思いますけど。」

俺の返しがおかしかったのかデイブが笑う。

「いや、お前のことをもっと大事に育てろってますますうるさいんだよ。」


 なるほど。でも心配無用だ。「自動回復魔法リジェネレーション」使ってますし。

「実戦こそ最大の学びの場ですよ。」


 打撃練習を終え、ビジターチームにグラウンドを譲ったところでベルトラに話しかけられる。なんやろ?顔が怖いんですけど。

「健、お前まだ10代ティーンなんだってな。」

「オールスターゲーム出場おめでとうございます。僕、スペイン語もできますよ。」

俺がスペイン語でそう返した時の笑顔がめっちゃよかった。強面こわもての割に良い人だった。


 実は彼も19歳になったばかりでメジャーデビューしたという。

「俺ん時はまだ早すぎるって騒がれたけどな。」

「あ、僕ん時は『契約』ですね。AAかAAAでタイトルを獲れば必ず昇格って一文があったんです。で、どっちも本塁打王を獲りまして。」

「そりゃたまげた。」


 彼には本塁打王の経験もある。それで若いころのメジャーチームでのふるまい方とかアドバイスしてもらう。ボールにサインをしてもらうことも忘れない。こういうときのために由香さんにボールとサインペンを預かってもらっているのだ。


 ただ俺を取材する日本人の記者さんたちは不満顔。英語なら理解できる人たちばかりだがスペイン語までという人はめったにいないからだ。


 さて試合の方は打順はクリーンアップから外れて6番指名打者。先発投手はブライス。球宴前の最後の先発になるだろう。相手先発は大ベテランのウォークフィールド。なんと御年43歳だ。右腕なのにこの年齢までメジャーでできるのはすごい。


 ただ年長者を敬うのは4回にはドンゴの13号ソロ本塁打で先制。ベーニャと俺が四球を選びBJのタイムリーでベーニャが帰還して2点目。


 5回裏、大ベテランが崩れる。2つの四球と捕逸パスボールで1点追加、ドンゴを敬遠したところでベーニャにタイムリーでさらに1点。ジョアンの打球を二塁手が弾いてさらに1点。ジョアンは二塁到達。


 そして俺に打順。ところが捕手のキャッシュマンは立ち上がり敬遠を選択。おいおい、いくら一塁が空いているとはいえ、天下の名門レッドアックスが19歳の小僧相手に敬遠ですか。メジャーでは初敬遠。だんだん俺を取り巻く環境の潮目が変わっていくのを感じる。結局俺は久々のノーヒット。


 ブライスは7回2/3を2失点。チームも9回に2点差まで詰め寄られるも6対4で勝利。レッドアックスを3タテスイープ。ブライスに12勝目がつき球宴出場に花を添える形になった。


 7月8日(木)


 結局、オールスターゲーム最終出場者を選ぶ投票で俺は次点で終わり出場を逃す。これはしょうがないかな。前も言ったが俺はまだ「スター」ではない。


 今日から地区交流戦インターディビジョン。クリーブランド・インディペンデンス(ア・リーグ中地区5位)を迎えての4連戦。オールスター・ゲーム前の最後のカードになる。


 打撃練習でケージの順番待ちをしているとベーニャのところに若いインディペンデンスの選手が挨拶に来ていた。浅黒い肌の色からおそらく同じドミニカ出身の選手だろう。俺が先輩の日本人選手たちと交流を温めるのと同じだ。


 「健。こいつは同郷ドミニカ新星ルーキーなんだ。お前と同じ今年昇格したばかりのさ。」


 多分俺に紹介してきたのはスペイン語で会話できるから。いや、俺は昨年デビューなんでちょっと先輩なんですわと半分口から出かかったがさすがに人間性が小さすぎると思ってやめた。


 「もちろん知ってるよ。キミのピッチングもバッティングもビデオルームでしっかりと観てきたからね。」

 彼の名はカルロス・サンダーナ。最近昇格したばかりの強打の捕手だ。新人ながら3番を任されている。プロスペクトランキングでも上位にいたのでお互いに名前くらいは知っている。


 試合は俺は前日と同じ6番指名打者。

試合はインディペンデンスがソロ本塁打で初回から先制したものの、その裏、安打のゾルディストを一塁においてカールが2ラン本塁打で逆転。


 2回表にインディペンデンスは再びソロ本塁打で追いつく。3回裏に再び二塁にゾルディストをおいてカールの2打席連続の9号2ラン本塁打。ベーニャにも17号ソロ本塁打も出て5対2とリード。


 俺は4回裏の先頭打者で2塁打を打ったが得点につながらず、先発のウェズが7回2失点と好投。そのまま逃げ切る。


【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席87 打数78 安打28(長打15)四球7死球2 犠打2 打点24 二塁打6三塁打1 本塁打8 

(右)打席42 打数40 安打16(長打9) 四球3  打点23 二塁打2 本塁打7


(合計)打席129 打数118 安打44(長打24) 四球10死球2  犠打2 打点47 二塁打8三塁打1 本塁打15 打率 .373 出塁率.424長打率.839 OPS1.263

盗塁4


投手

(左)試合5  3勝0敗  39回 失点7 奪三振30  防御率1.62

(右)試合5  2勝 2敗  34回 失点9 奪三振23 防御率2.38

合計 試合10 5勝 2敗   73回 失点16 奪三振53 防御率1.97


 

 


 


 

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