「All for One」であるために

 6月26日(土)


 今回対戦しているアリゾナ・ダイアモンズにはレイザースの中堅手BJ・アップルトンの弟、ジャスパー・アップルトンが所属している。兄が高卒でドラフト1位(全体2位)、弟もやはり高卒でドラフト1位(全体1位)というエリート兄弟。


 ビジター練習で俺が外野の球拾いをしているとBJが俺を手招きする。

「健、こいつが弟のジャスパーだ。」

もちろん存じてますがな。ジャスパーも俺より3歳上なだけでデズやヘル吉と同年代。気さくだった。

「健、よろしく。兄貴BJからよく話は聞くよ。で初めて凄いと思った日本製メイドインジャパンだって。」


 俺は十代でメジャーデビューした後のことを聞いてみた。二人とも「エリート」ゆえの苦労があったという。その多くは過度の期待と嫉妬に由来するもの。今の俺の置かれた状況かも。

兄貴BJはデビューの後は1年間マイナーでくすぶってたけどな。」

「うるせー。」


 結局、解決するには1年間、才能を発揮させるための強靭な身体と精神を鍛えていくしかないわけだ。

「でもさ、遠慮しなくていいんだぜ。ここはアメリカだ。人種がなんだろうと、年齢がどうだろうと実力さえあれば、機会は平等に与えられるべきだからな。」

「建前はな。」

「違いねぇ。」

兄弟の陽気な掛け合いを聞いてると少し気が楽になる。俺は妹しかいないからちょっとうらやましいかも。


「あ、サインください。」

俺が思い出したようにジャスパーにサインをねだると二人に笑われる。BJは

「なんだよ、俺にサインをねだったことなんかないくせに。」

いや、いつでももらえるかなぁ、って。

「FAだってトレードだってあるんだ。お前と俺がチームメイトなのは奇跡なのかもしれんぞ。」


試合は5対3でレイザースが勝利。


6月27日(日)


 交流戦最終戦はデーゲーム。29日からのレッドアックス戦で時差のないボストンのため当日移動。よって試合後にはミーティング。


 試合は1対2で敗北。これで6月は10勝13敗と月間の負け越しが確定。この敗戦でついにレッドアックスにも抜かれ地区3位まで後退。優勝どころかワイルドカードさえ怪しくなってきたのだ。


 カンファレンスルームの空気は重たかった。選手と監督とベンチコーチが席に座る。

「ここで一度、みんなで結束を固める必要がある。これからオールスターブレイクまで2週間。俺たちがやるべきことはなにか?」

 主将のカールが切り出す。しばらく意見交換ディベートが続く。


「そういや俺たちの失速の原因について周りはなんといってるか知ってる?」

ドンゴが尋ねた。


「そりゃ健を出し惜しみするからだ。俺たち投手陣はだいぶ勝ち星を損したと思ってるぜ。」

ジムが応じれば


「でも今、使いすぎて健を使いつぶすのは誰の特にもならない、って意見もあるぜ。まだ二十歳そこそこで体力的にもキツイ二刀流は無理だろう。投手に専念させた方がいい。」

というゾルディストの意見も。


「で、健の代わりに打撃陣あんたらが本塁打をバンバン打ってくれんなら俺はなんの文句もつけんがな。」

ウェズが頬杖をつきながら言った。


そこで監督。

「この間の『宿題』の答えは出たよね。ここ6戦で2勝4敗。確かに4月のスタートダッシュの時に健はいなかった。でも好不調の波は誰にでもある。明らかに体力が落ちているのは健ではなくキミたちの方だ。


 健の体力スタミナを気遣ってくれるのはチームメイトとしては感謝すべきことだが、そこは指導陣ベンチがしっかりと確認しながら管理していくので心配には及ばない。なにしろキミたちが健をめぐってごたごたしているうちに彼にはしっかりと休養を取ってもらった。


 なのでこれからも健には二刀流を続けてもらうし、交流戦インターリーグでも積極的に使っていく。これは提案ではない。わたしの決定だ。みんな、『ONE FOR ALL ,ALL FOR ONE』だ。」


 ちなみに「ALL FOR ONE」とは「みんなは一人のために」という意味ではない。「みんなは一つの(目的の)ために」というのが正しい。つまり優勝という目標に向けて一致結束しようということだ。俺のためにということではない。


 この誤解は日本の昭和時代のとある青春学園ドラマが原因である。俺も前世で観たわ。だから現世でケントに否定されたときは驚いたのだ。   


とりあえず今回のことでチーム内から俺の起用に関する不満が消えてくれればいい。アメリカ流にいえば俺に文句あるやつは実力行使で存在ごと吹き飛ばせばいいだけなのだ。俺のしょうには合わんけど。ほら、日本人てば『ONE FOR ALL 』な国民性だもの。


 




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