ぶつかり合うチームメイト

 6月21日(月)


 声のもとはカールとドンゴ。そしてジム。ベンチコーチのデイブと大声で議論している。

「なんで健をベンチで腐らせてんだ?」

「俺が先発の時は健をオーダーに入れてくれないと困る。俺の負けが込んでるのはベンチが健を使わんからだ。」

「あいつは試合に出しておけば勝手に客を呼べる選手に育つ。マイアミだってスタンソンをじっくりと使ってただろうが。金の卵をほったらかしにして何やってんだ。」


デイブがたじたじになっている。

「そりゃお前たちは健が育っても影響を受けない立場だからそう言えるんだ。」


「どういう意味だよ?」


「野球はチームスポーツだ。一人じゃ勝てない。健は身体がまだ出来上がっていない。だから指名打者と先発投手だけでそれ以上使ったら潰れる、という主張もあるんだ。」


デイブの苦しい言い訳にカールが首を横に振ってから言った。

「なるほど。健が育つと都合が悪い連中がそう主張したわけだ?いいかデイブ。俺たちの4月の快進撃デキは『まぐれ』だった。5月の前半にメッキがはがれかけたが健を入れてなんとかごまかした。そして今月。健を外して俺たちは負け越している。確かに健はまだまだ成長過程にある。だがそのセンスだけでもすでにジョアンやジェイク(バードレッド)より上だ。それもはるかに上な。まだ俺たちの方が上のはずだが、それすら時間の問題だ。そんなこともわからんでよくコーチなんかやってられるな?


 俺たちは個人成績さえ残せばどこへでも行ける。だが、お前ら指導陣ベンチはチームが勝てなければ来年は(アマチュア学生相手の)サマーリーグでアルバイト生活だ。それをまず考えた方がいいだろうな。」


 俺がデイブに言いたかったことを10倍にしてぶつけてました。俺の扱いに関してチームが「分裂」レベルなのは初めて知った。


 ただせっかくなので俺もデイブに一言言っておいた。

「俺も内野外野どこでも守れる程度には練習してます」


デイブも苦笑しながら言った。

「知ってるよ。お前は俺がこれまで見てきた新人の中でダントツで一番なのは事実だ。だが控え野手連中に不満があるのも事実。その不満を含めてをマネージメントするのが俺たちベンチの仕事なんだよ。お前がスタンソンみたいに『白人』だったらみんなもすんなりと受け入れてくれただろうに。」


 最後の一言が問題発言であることすら気づかない程度には追い込まれているのだろう。それくらい「日本人」のアメリカでの地位は低いのだ。アメリカ人が民間人を平気で虐殺してきたのはネイティブアメリカンとアジア人くらいなのだ。日本人はよく黒人がアメリカで差別されることに同情する人も多いが、アメリカではアジア人の地位が黒人よりも下なことを知らない日本人が多すぎる。


 俺はケントから繰り返しその事実を教えられているから、いちいち腹を立てないだけなのだ。


6月22日(火)


 チームのミーティングの最後でマディソン監督が発言した。


「健をどう使うかどうかで多くの意見をもらった。健はまだ20歳にすらなっていない。きみたちの多くは高校時代にドラフト指名されてもあまりの指名順位の低さに拒否した者も多いはずだ。だが健は違う。高卒で全米1位で指名され、すでにそれに、いやそれ以上にふさわしい実績をたたき出している。それが面白くないと思うのもまた自然なことだ。私がもう30歳も若ければみなと同じ意見だったろう。


 だが残念なことに私は良くも悪くも大人になってしまった。だから私はそろそろ健をフルに使いたいと思っている。だがみんなの意見にも一理あるとは思う。さてこれから週末まで交流戦が6試合ある。ここからが私の提案だ。健抜きで6戦で4勝しなさい。そうすればみんなの意見を聞こう。だが3勝3敗以下なら私の方針やりかたに従ってもらう。いやならすぐにでもダーラム(AAA)かモンゴメリー(AA)に行ってもらうことになるだろう。今すぐにでも下に行きたい選手ものは挙手するように。」


 ヤーナーズに首位を奪われてベンチにも余裕がないのか、普段穏やかなマディソン監督の苛烈な言い様に皆黙ってしまう。


 サンディエゴを迎えての第一戦。レイザースは1対2で敗れる。監督の宣言通り俺はベンチで終わり。


6月23日(水)


 レイザースは昨日と同様4対5で敗れる。


6月24日(木)


 レイザースは5対3で勝ってなんとか3連敗スイープを免れる。俺を使うなというジョアンやブライアン、そしてアバロスの必死さがひしひしと伝わってくる。首の皮一枚でなんとか残ったわけだ。


6月25日(金)


 そして今日からはアリゾナ・ダイアモンズとの交流戦インターリーグ。俺が先発(右投げ)。相手がナ・リーグのチームとはいえホームがこちらなので両軍「指名打者」を立てての試合。


 俺の調子も悪くなかったが、相手先発のジョンソンが「異次元」の出来。8四球を出したもののノーヒットノーランを達成したのだ。俺も8回を6安打、失点もソロ本塁打1本に抑えたにもかかわらず2敗目を喫する。チームも5月の母の日以来の1シーズンで2度目のノーノーを喫する。これはかなり珍しいというか恥ずかしい記録なのだ。


「打線になにが足りなかったのか、よーくわかってくれると嬉しいね。」

「沢村必要派」の一人であるショーンが毒づいた。


 【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席67 打数62 安打24(長打12)四球3死球1 犠打1 打点18 二塁打3三塁打1 本塁打7 

(右)打席35 打数32 安打11(長打4) 四球3  打点14 本塁打4


(合計)打席102 打数94安打35(長打16) 四球6死球1  犠打1 打点32 二塁打4三塁打1 本塁打11 打率 .372 出塁率.406長打率.787 OPS1.193

盗塁4


投手

(左)試合4  2勝0敗  31回 失点5 奪三振25  防御率1.45

(右)試合4  1勝 2敗  27回 失点9 奪三振18 防御率3.00

合計 試合7 3勝 2敗   58回 失点14 奪三振43 防御率2.17



 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る