使われない楽さと落胆と。

 6月18日(月)


 フロリダ・ミーティオス(ナ・リーグはフロリダ州都マイアミに本拠地を持つチームである。

創設20年に満たないがワールドシリーズを2回制覇している。ただ「地区優勝」を一度も果たしたことがなく、すべてワイルドカードからの「世界一」。


 経営状態がよいが人気はない。というのも優勝して選手の年俸が高騰しそうになると主力をトレードに出してしまうという「たたき売りファイアーセール」をやらかしているからだ。だから年俸は抑えられて経営状況はいいが、スター選手が抜けたチームにひいき客がつくわけもなく。


 「よぉ健。最近調子が悪いのか?あんま試合出てねーじゃん。」

ジャンカルロが訪ねてきた。

「いや、『指名打者』なんでナ・リーグじゃ出番がないんよ。」

俺の説明に彼は首を傾げる。

「お前よりも打てねーやつ使ってどーすんのかな?お前、監督にちゃんと話を聞いた方がいいぞ。」

 わー、でかい声でそういうこと言わないの。確かに本塁打を二けたに乗せたところでベンチの空気が変わってきたのは確かだ。同僚たちにとって「小生意気な新入生」と下に見ていた存在が自分たちにとっての「脅威」に変わった瞬間だったのだ。


 ベンチコーチによれば俺を「指名打者」で使うことや交流戦で使うことに不満を持つ選手が複数名いるとのこと。もちろん、成長段階の俺を酷使することが心配だ、という言い方に返還されているそうだが。そういわれるとベンチもすでに実績がある「指名打者」はともかくとして、交流戦インターリーグでは俺を使いづらいらしい。


 試合は案の定ベンチスタート。明日は先発投手の予定なので不満はないけどね。

今日の先発はゲイザー。初回ゾルディストの2点タイムリー二塁打で先制したものの、初回にジャンカルロのプロ初本塁打となる満塁本塁打グランドスラムが出てあっさりと逆転される。2回にはさらに2点追加され7対2。ゲイザーKO。


 俺の出番は7回表。ゲイザーの後を引き受けたソニースタインの代打として2番手スティックランド(右投げ)に対して左打席に立つ。久しぶりの実戦って感じ?1B1Sから初球と同じシンカーを投げてきたのでしっかりとひきつけて打つ。


 11号ソロ本塁打。嬉しいというよりも「これが俺の実力です」という「プレゼン」弾である。俺に実力がどれだけあろうと、俺に「値札」をつけるのは俺じゃないのだ。


 ただ試合は7対5で敗れてチームは三連敗。


 6月19日(火)


 今日は先発投手(左投げ)。メジャーリーグでも先発左腕投手の割合は全体の2割くらい。俺の値打ちの半分はこの「左投げの先発投手」というものだろう。だが今日はナ・リーグの本拠地ゲーム。つまり俺は打席にも立つ投手なのだ。


「健!昨日の俺の本塁打、どうだった?」

 ジャンカルロがブルペンに入る前の俺を呼び止めた。

「『いやー新たなるスター選手の誕生ですね』、これでいい?」

棒読みで褒めてやったら嬉しそう。

「なんだよ、もっと褒めてもいいんだぜ。」

皮肉すら伝わらないくらいウッキウキなのはわかる。俺も甲子園で初めて本塁打を打った時はそうだったよな。スキップでもしたかったわ。


「スタンソン、健は今から肩を作らなきゃならんからまた試合でな。」ジャンカルロはブルペンコーチに追い払われる。


 ジャンカルロとは3回勝負した。1度目は157km/hの速球を見せてからの変化球で三振を取る。2度目も同じような攻め方で空振り三振。


 3度目は四球。球審のランス・バンクデールは外角低めがストライクゾーンに入っていてもストライクにとってくれない。コーナーワークを生命線にする俺にとっては相性が悪いのだ。


 試合は7回2失点。ソロ本塁打2本での失点。味方も点を取ってくれて2対4の2点リードでマウンドを中継ぎブルペン陣に託す。打撃の方は3打数1安打。適時二塁打で1打点。


 ただ中継ぎ陣が崩れ8回裏に追いつかれてそのまま延長戦に。一昨日先発だったフィールズまで駆り出され11回にようやく決着。チームの連敗はストップし、勝ち星はフィールズについた。


6月20日(水)


 再びベンチスタート。「指名打者」なのでしょうがない。でもなんかモヤっとする。監督は選手になんのために「ユーティリティ」性を求めているんだよ。ちょっと直談判してやろうか。でもちょっと怖いからデイブ(ベンチコーチ)に話した方がいよね。


 本日の試合は1対4で負け。代打でも出番なし。ただ前日先発投手だったので問題は無し。試合後に飛行機でセント・ピートに帰る。明日はオフ。25連戦を平気でやるマイナーリーグに比べると体力的には楽だ。あ、交流戦インターリーグで出番減ってるせいかも。


 6月21日(木)


 明日からはサンディエゴ・パイオニアーズをホームに迎えての3連戦。またナ・リーグとの交流戦なので次の登板までは出番が少ないかもしれない。なので今日は身体を徹底的にいじめてやろう。


 球場のクラブハウス脇の駐車場に車を入れるとみんなもトレーニングに来ていた。きてない連中は多分ゴルフだな。


 トレーニングルームに向かうと何やらもめごとのような大きな声が聞こえた。


 【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席67 打数62 安打24(長打12)四球3死球1 犠打1 打点18 二塁打3三塁打1 本塁打7 

(右)打席35 打数32 安打11(長打4) 四球3  打点14 本塁打4


(合計)打席102 打数94安打35(長打16) 四球6死球1  犠打1 打点32 二塁打4三塁打1 本塁打11 打率 .372 出塁率.406長打率.787 OPS1.193

盗塁4


投手

(左)試合4  2勝0敗  31回 失点5 奪三振25  防御率1.45

(右)試合3  1勝 1敗  19回 失点8 奪三振10  防御率3.79

合計 試合7 3勝 1敗   50回 失点13 奪三振35 防御率2.34


 



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