球宴へのノミネート!

 月間新人王を獲ってからなのか、俺へのサインを求めるアメリカ人たちが増えた。


 これまでは野手陣ではカールやドンゴ、投手陣ではジムやブライスのファンばかり。下手をすればビジターチーム目当ての出待ちだったり。俺に声をかけるのはたいてい日本人か台湾人。


 よってアメリカ人で俺を知っているのはよほどの「野球通マニア」なのだ。そういえば「マニア」というのも昭和っぽい言い方だな。平成ではもっぱら「オタク」だったような気がする。


 ところが地元民で俺にサインを求める人たちがふえだしたのだ。俺の活躍を地元TV局で観てくれている人もいるらしい。オークションサイトとかで日本に転売するのだけはやめてね、と念じながらサインしているが。


 ブルージーンズ戦2戦目は4番指名打者で出場した俺。初回裏、一死三塁一塁の絶好機。相手先発の右腕マーカスの2球目のカットボールを左翼席への9号3ラン本塁打。マーカスのカットボールは前回の対戦でも見てたからな。チームも波に乗って10対1で前日に続き大勝。先発したブライスが早くも9勝目。


 第3戦は打って変わって締まった試合に。チームは先発左腕のセザールの打たせて取る投球術にはまってしまう。細かい継投策で2対3で敗れる。俺ってもしかして技巧派に弱いのかも。抑えのグレッグソン(本格派)からはヒット打ったし。4番だし、指名打者だから打たなければならないというプレッシャーに少し押されているのかもしれない。


 6月11日(金)


 今週はホームゲームなので助かる。朝7時にトレーニングのために球場につく。

ロッカールームにはすでに先客も多い。メジャーリーガーは割と練習しないイメージを持たれていていることが多いが、実際には朝早くから練習する人が多いだけなのだ。


  昼前にカフェテリアに入ると抑え投手クローザーのトリアーノに声をかけられた。スペイン語圏ヒスパニックの連中が集まって飯を食っていたらしい。

「健、お前もスペイン語できるんだから一緒に食え。」

スペイン語で呼ばれる。


「健は訛りがひどいからな。恥ずかしがるなよ。」

ナザーロがからかってくる。

「やかましい。ヨーロッパ行ったら訛ってんのはお前らだってすぐわかるさ。」

俺のスペイン語は本国スペインのマドリード地方の発音だから本家はこっちだ。ただここでは少数派なだけ。


 野球はメジャースポーツの中ではサッカーとともにヒスパニックの比率が高いのだ。

「なんの話?」

「オールスターゲームの話だよ。うちの選手でだれが出場できるか賭けをやってるんだ。」


 なるほど、そういう時期なんだな。

「投手はブライスとミック(トリアーノ)じゃないのか。野手はわからん。投手は調子がよければ呼ばれるが野手は人気がないとだめだしな。」

開幕2か月で9勝、そして15セーブなら当確だろうという俺の無難な答えにみんなは頭を振る。なんだよ、自分たちから振っておいて。


「健は自分が出られると思うか?」

と返される。


「俺のバックには日本の組織票がついているんだぜ、って言いたいとこだが俺はまだ3週間くらいしかやってないぞ。俺は関係ないじゃん。」

「そんなことはないぞ健。お前はうちの指名打者でノミネートされてんぞ。知らんのか?」

マジか?俺はスマホで投票ページを探してしまった。ホントだ。名前載ってるじゃん。

「すげー!」

スマホを手に小躍りする俺をみんなが生暖かい眼で見ている。

「俺らにもあんな時があったよな。」

ベーニャが言うとアバロスもうなずく。

「投手は名前が載らんから、そこは同意しかねるな。」

トリアーノが首を横に振る。そこは意見が分かれるところらしい。


 午後のチーム練習、そして打撃練習を終えるとビジターチームと入れ替わる。今日からは「フロリダダービー」。フロリダ州の州都でありメキシコ湾岸のマイアミに本拠地を置くマイアミ・ミーティオスとの3連戦があるのだ。


 ただ南国の解放的な雰囲気の2球団が衝突してもさほどファンからのリアクションはないのである。


「健!久しぶりやなぁ。」

不意に呼び止められる。呼び止めたのはジャンカルロ・スタンソン。AA時代に対戦したことがある。昨年はオールスター・フューチャーズゲームにもともに参加した中でもある。

「ジャンカルロやんけ!」


正直言ってこんなに早く彼にメジャーで会えるとは思ってもみなかった。彼は3日前にメジャーデビューを果たしたばかりなのだ。


「お互いに最高にゴキゲンな舞台であえたな。」

「そいつはワールドシリーズで会ってから言おうぜ。」

AA以来の邂逅かいこうに思わず熱くなってしまったのであった。


【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席52 打数47 安打18(長打10)四球3死球1 犠打1 打点12 二塁打3三塁打1 本塁打6 

(右)打席33 打数30 安打9(長打3) 四球3  打点8 本塁打3


(合計)打席85 打数77 安打27(長打13) 四球6死球1  犠打1 打点24 二塁打3三塁打1 本塁打9 打率 .338 出塁率.381長打率.753 OPS1.134

盗塁4


投手

(左)試合3  2勝0敗  24回 失点3 奪三振18  防御率1.80

(右)試合2  1勝0敗  13回 失点6 奪三振6  防御率4.15

合計 試合4 3勝0敗  37回 失点9 奪三振24 防御率2.89 




 


 

 




 


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