プロ初完封とドラフトとビッグマウス

 6月6日(日)


 流石に暑い日がこれだけ続けば体の方も慣れてくる。俺だって幼少期は暑いことで有名な埼玉県熊谷市の隣の街で育ったのだ。あのアラブ人やアフリカ人さえも耐え難いという日本の夏を何度も過ごしている。日本人の暑さ耐性なめるなよ。


 だが早速2回の裏にマット・トレバーの4号ソロ本塁打で先制点を許す。

3回表、二死ながら足のあるBJアップルトンを一塁においての第二打席。一塁牽制をはさんでの2球目の140km/hの4シームを左翼席に運んだ。8号2ラン本塁打で逆転に成功。


 6回までは点の取り合い。6回裏にはジョシュが代打で登場。適時打で一人返して4対5まで詰め寄ってくる。ジョシュはそのまま守備に。


 8回表、またチャンスで俺に打席が。二死三塁二塁に走者を置いて代わった右腕のフロレンシオの2B1Sからのカーブをライト線に。二人返して4対7と突き放す。


 そして9回表もまたもやチャンス。二死二塁一塁、右腕のレイナーからジョシュが守るレフトオーバーの二塁打でさらに二人返して4対9。


 その裏トレバーの2本目の5号ソロ本塁打で5対9とするも最後はトリアーノが〆てやっと一矢報いてやった。俺は三塁打が出ればサイクルヒットだったが、とりあえず1試合自己記録の6打点とジョシュの心配を「解消」してみせた。


 これで最悪の気分で飛行機に乗らずに済んだ。とりあえず家に帰ったらマシューが作ったカレーが待っている。


6月7日(月)


 朝、家から球場につくとなにやら球場が慌ただしい。なんかあるの?って聞いたらスタッフクラビーさんたちに笑われた。

「いやだなぁ健、あなたの表彰式のこと忘れたのかい?そして今日からドラフト会議ですよ。」


あー、2年前に神妙な面持ちで学校の会議室で座ってたっけ。アメリカのドラフト会議は30球団が総勢1000人以上の選手を指名するので3日がかりなのだ。もちろん世間の耳目を集めるのは最初の100人くらいまでだろう。でも下位指名の選手の中からオールスターゲームに出場するような名選手が出ることだってあるのだ。(※1)


 今日からトロント・ブルージーンズ3連戦。ちょっと前にやったばっかじゃん。ただ、寒すぎもせず暑すぎもせずシーズン通して22℃のドームはありがたい。「人気がない」とか言ってすみませんでした。


 月間(言うても半月だが)6本塁打を評価されての月間最優秀新人賞。試合開始直前に表彰式。記念品を受け取った。


 本日は左投げ。このドーム球場への感謝の気持ち(笑)を表現するかのように俺の球が走る走る。

「健、飛ばしすぎるとばてるぞ。」

バッテリーを組んだショーンに助言されるくらい。

「この気温なら下手に体力を消耗しないでしょ。」

「まーたそういうことを。」

6回途中までノーヒット。


 味方もベーニャが満塁本塁打グランドスラムを含む2本塁打と大当たり。9点を取る援護。


 俺も9回を2安打無失点でプロ初完投、初完封。114球だった。これは気分がいい。母校の先輩中里さんが先発完投にこだわっていたのがよくわかる。

「健、ナイスピッチング。月間新人王にふさわしい試合だった。」

監督も結果にご満悦。ですから6本塁打を評価されてですね……(以下略)。


 試合後、スポーツ系チャンネルはドラフトの話題で持ち切りだった。レイザースは1巡目(全体17位)で高校生の外野手ジョシュ・セイラーを指名していた。

「健の成功で味をしめたのかな。」 


 話題の中心はやはり「全体1位」。今年の全体1位はワシントン・ネイチャーズが指名したブルース・ハーバーだった。アマチュア時代から154km/hの球を投げ、本塁打を量産する「選ばれし者」だったのだ。予想通りの指名。年齢は俺より2つ下。

 目標は「殿堂入り」だそうだ。もっとも偉大なメジャーリーガーとして記憶されることだそう。


「やれやれ大物は言うことが違うねぇ。ところで健はなんて答えたんだ?彼と同じ全体1位だろ?」

 ロッカールームの大画面モニターに見入るみんなの前でショーンが聞いた。

「俺か?『これで借りていた奨学金が返せます』かな。なにしろ10万ドルも借りてたからね。」

俺が恥ずかしそうに答えるとみんなが笑った。


「それな。」

「やれやれ、貧乏球団に指名されたのは『似た者同士』だったからか。」

言ってろ。


 とりあえず大学リーグNCAAの有名選手でもなければ自分たちとは関係ない話なのだ。上がってくるまで早くても2年。高卒なら5,6年は普通にかかる。トレードやFAマーケットが活発なMLBではそんな先まで同じチームにいる可能性なんてまれなのだ。


ハーバーに「投手としても素晴らしい素質があるが、レイザースの沢村健のように二刀流に挑戦する気はあるか?」という質問が飛んだ。


「いや、あまり彼のことは意識していませんね。プロで二刀流は考えたことがありません。どっちつかずの選手で終わりたくはないので。」


彼の答えに

「いや、あのトゲのある言い方、あれは絶対に健を意識してるね。あいつの隣にいる代理人を見ろよ。スコット・ボリスだぜ。間違いなく健の契約金をたたき台にするはずさ。」

 みんながうんうんとうなずく。金の話になるとなぜこんなに食いつきがいいのやら。いずれにしても「クッソ生意気なルーキー」だと自負していた俺だが、こんなやつを見たらやっぱり謙虚な日本人でしかねーわ。

 

(※1)ちなみにこちらの世界のMLBドラフトでこの年にNYメッツが9巡目(全体272位)で指名したのがジェイコブ・デ=グロム投手である。(作者) 


【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席44 打数36 安打15(長打9)四球3死球1 犠打1 打点12 二塁打3三塁打1 本塁打5 

(右)打席33 打数30 安打9(長打3) 四球3  打点8 本塁打3


(合計)打席77 打数66 安打24(長打12) 四球6死球1  犠打1 打点21 二塁打3三塁打1 本塁打8 打率 .364 出塁率.411長打率.803 OPS1.214

盗塁4


投手

(左)試合3  2勝0敗  24回 失点3 奪三振18  防御率1.80

(右)試合2  1勝0敗  13回 失点6 奪三振6  防御率4.15

合計 試合4 3勝0敗  37回 失点9 奪三振24 防御率2.89 




 


 


 


 


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