ちなみに月間賞は年6回である。

6月2日(水)


 会議室にベンチコーチのデイブと向かう。気分はもう「刑場への通路グリーンマイル」。お前は被本塁打多すぎとか言われるんだろうな。まぁ多いですけど。やべえ、脳内BGMが「ドナドナ」だぜ。


 不安いっぱいなのが顔に出ていたのか、監督は思わず笑った。

「デイブ、健を脅かすような言い方をしただろう?やれやれ、健、今日はキミに良いニュースともっと良いニュースがある。どちらから聞きたいかね?」


 「どっちからでもいいです。悪いニュースさえなければ。」

俺は少しほっとした。「ダーラムへ帰れ」はなさそう。

「今日はキミ(の打順)を4番で使う。これがまず一つ。もう一つはMLBからキミが月間最優秀新人に決まったと知らせがあった。」


「はい、ありがとうございます。」

俺のぎこちない返答。監督の言葉にデイブが付け加える。

「6本塁打なら正直月間MVPでもおかしくないくらいさ。キミをダーラムに返せとアンディ(GM)が言ってきたら『お前は正気か?』と言ってやるさ。もちろん『監督ジョーがそう言っていました』って付け加えるのは忘れないけどね。……健、ここは笑うところだ。」

 アメリカ人の笑いのツボは難しい。


 発表を受けて日本人の記者さんたちが集まってきたのでクラブハウスのラウンジをお借りした。さすがにアメリカの記者さんたちの方が多い。最初に英語だけで会見を開き、その後日本語で。


「健ちゃんさっきの発言に字幕つけてよ。」

無理を言うな。俺は英語でされた質問と答えを説明する。

「個人成績はベンチに僕の存在をアピールするためのものでしかない。あくまでもチャンピオン・リングを獲りに行く、それが僕の目標です。」

決まったぜ。ただ俺の優等生発言にみな不満そう。


「でもほしいんでしょう?新人王。」

「ええ、それはもう。」

ぶっちゃけトークに無理やり持ち込むのやめてもらえます?

「将来『殿堂入り』するには記者さんたちとの円滑なコミュニケーション能力も必要なんですから。あまり変なこと言わさないでくださいよ。」


 今日は久しぶりのクリーンアップ。これは実のところベーニャを休ませるための打順だ。俺の表彰式はセント・ピートに帰ってからなのでしばらくはお預けである。


 こちらの先発はブライス。あちらは右腕のマーカス。最初の打席は右飛。少し昂りすぎているかも。力みが入っている。


 一方のブルージーンズも初回主砲のバチスカーフの適時打タイムリー、2回に8番ブックスの犠飛で2点リード。


 俺は5回の第二打席、ドンゴを一塁に置いて138km/hのカットボールを右中間スタンドへ7号2ラン本塁打。

みなに「さすがは月間新人王」と冷やかされる。「今月もよろしく」と返した。


これで試合は振り出しに。8回まで双方無得点。9回にレイザースが怒涛の攻撃。5番のジョアン・ロドリゲスから安打とスクイズで逆転。9番ブライアントの二塁打で2点差として先発のマーカスをKO。1番アップルトンが四球で塁を埋めるとクロスフォードの5号満塁本塁打。打者一巡で一気に6得点で試合を決める。実はこの攻撃、俺は蚊帳の外だった。実は8回、9回のラストバッターが俺でした。(笑)


 俺が左飛に倒れると「あれ?月間新人王?」とイジられる。今日はすでに一発打っておろうが。今日の試合の主役はクロスフォードだった。


 皆がややテンション高めな理由はわかっている。明日は「休養日」なのだ。MLBで例外がないとは言わないが「時間帯」を超える場合は「休養日」が設定されることが多いのだ。今回の時差は1時間だけどね。


 次の遠征地である「テキサス・レイナース」。現在ア・リーグ西地区1位。地区優勝すればプレーオフでやりあうことになるはず。本拠地はテキサス州の州都ダラス郊外のアーリントンにある。(ちなみにアメリカ戦没将兵墓地であるアーリントン墓地はワシントンDCにあるので別の街です。)東京視点では「三鷹市」や「調布市」的な立ち位置だと思ってくれればいい。


6月3日(木) 


 ホテルに着いた時にはすでに午前3時を過ぎていた。アメリカにしては空港から少し遠かった。連中のほとんどは気持ちよく酔っぱらっているのでさほど気にしないようだ。飛行機で酒を飲むと酸素量と気圧の関係で酔いの回りが早いらしい。


 希望者はレイナーズの球場とほぼ隣接するプロフットボール「ダラス・ウエスタンズ」の本拠地「ウエスタンズ・フィールド」のジムを予約できることになっていて俺も希望した。


 ダラスのダウンタウンまでは遠いため、気軽に遊びにいけることもままならないのだ。ウエスタンズ・フィールドは昨年オープンしたばかりで、ものすごい贅沢なつくり。ついでに見学させてもらった。この施設でつかう電気の量はリベリア(アフリカ西部の小国)一国全体で使うよりも多いとか(笑)。


 NBAの「ダラス・マーベラス」の本拠地でもあり、試合の様子を観客席に映し出すモニターはバスケットボールコートより広いのだとか(笑)。


 良くも悪くもアメリカらしい。


 夜はダウンタウンへ食事へ。

「健、たまにはこっちにも付き合え。ジムには俺から言っておいてやるから。」

ドンゴに無理やり「野手会」の方に連れていかれる。二刀流のつらいところだ。


6月4日(金) 


 久しぶりの休日を満喫(?)した俺たちは「ウエスタンズ・フィールド」でトレーニングしてからレイナーズの本拠地「レイナーズパーク・イン・アーリントン」へ乗り込む。そこで待っていたのは思いがけない人物だった。


【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席38 打数30 安打12(長打7)四球3死球1 犠打1 打点9 二塁打1三塁打1 本塁打5 

(右)打席25 打数19 安打6(長打2) 四球3  打点6 本塁打2


(合計)打席63 打数52 安打18(長打9) 四球6死球1  犠打1 打点15 二塁打1三塁打1 本塁打7 打率 .346 出塁率.417長打率.808 OPS1.224

盗塁2

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