「赤い」方と「白い」方、「山」の方と「谷」の方。

 5月24日(月)


「健はウチ相手に投げんの?」

松阪さんに聞かれる。

「いや、次の『白い』方でなげます。」

実はボストン・「レッド」アックスの後、シカゴ・「ホワイト」アックスとの対戦が組まれており、その初戦に俺が投げることが決まっている。


「健、逃げたな?」

「いや、ローテ(ーション)です。てか松阪さんはどうなんですか?ウチ相手に投げる予定あるんですか?」

「ないよ、だってローテ(ーション)だもん。」

周りの連中が笑う。3日前に(つまり前回俺が先発投手を務めた同じ日に)松阪さんも先発して8回二死まで無安打ピッチングという好投を果たしていたばかりなのだ。


つまり「赤」と「白」が逆だったら直接対決だったわけだ。今度は周りの連中からため息が。

「いや、おな地区なんでいくらでも機会がありますって。」

俺が苦笑しながら言うと


故障けがさえなければね。」

丘島さんにぶっこまれた。

「縁起でもない!」

そこは二人でつっこんだ。


5月25日(火)


 あちらの先発予定はジョナサン・ラスター。(左腕)かつて血液のガンを克服した経験があり、ウチのチームのバルッテリと仲がいい。というのもバルッテリも細胞レベルの珍しい難病と闘っていて、今年はプレーができる状態には程遠く、リハビリのためチームに帯同して「守備走塁コーチ」みたいな役割を果たしているのだ。


 バルッテリが昨シーズンにボストンにいたこともあって二人でグラウンドで談笑していた。俺がラスターについて尋ねると彼は複雑な笑みを浮かべた。


 「うん。お前の『気遣い』については『人間』としては評価に値する。ただし『プロ』としては別だ。ヤツを病人だとなめてかかったらやられるぞ。あいつは去年は200イニング投げて15勝してる。三振だって200獲ってるからな。左腕ならリーグで五指に入るレベルだ。お前『ごとき』にヤツを気遣う資格があるかどうかがまず問われていることを忘れるな。あえて言う。『小僧、思いあがってんじゃねえ』ぞ。それにな、俺だってまだまだ現役続行をあきらめたわけじゃない。」


 素直にすんませんでした。最高の舞台であるメジャーでマウンドにあがる以上は誰であろうが「戦える状態」なのだ。


 そしてまさにバルッテリの言うとおりだった。死地をくぐってきた人間の精神力を俺は異世界での経験で知っていたつもりが、なめていたことを改めて思い知らされた。そそれくらい今日の彼のピッチングは凄かったのだ。俺は無安打に、チーム全体でも6回1安打に封じ込まれた。結局完封リレーを喫して0対2で連敗。


 5月26日(水)


 ただ「首位」のチームとしてはやられっぱなしで終わるわけにはいかない。そこは「交流戦」とは違うところ。


「健、体調はどうだ?疲労は蓄積していないか?」

ベンチコーチが聞いてくる。先日の試合でメジャー昇格後、初めてノーヒットだったことが気にかかったのだろう。監督としては明日の先発投手としての役割を優先させろということだろう。


「問題ありません。マイナーリーグに比べれば大したことはないです。」

プレッシャーは比較にならないほど大きいが、毎日すごい選手と対決することが楽しくて仕方がないのだ。


 そして6番指名打者(楽なところで使っているつもり)として先発出場。相手先発は右腕のジョン・リッキー。こちらはマット・ゲイザー。両軍二けた安打の打撃戦。


 ただレッドアックスは主砲のオルテガとベルトロの「二人コンビ」で5安打3本塁打(17塁打)8打点と大暴れ。俺も6回に5号2ラン本塁打で応戦するも、チーム全体では22残塁と、もはや「打線」とはなんぞや状態。6対11と三連敗スイープをくらってしまった。


「健、次は俺らがおごってやるからな。」

勝利の余韻もあってか松阪さんも丘島さんも上機嫌。昨日接待をマシューにまかせたのがよかったらしい。


「健、レイザース的には明日の先発投手が鍵やろ。いやな空気を換えられるかどうかがエースの役目やん。」

「それ僕ですやん。『マイナスイオン』は出せませんよ。」

「健、マイナスはあかんで。プラスの空気出さな。」


今日で「合同記者会見」は終了。もちろん松阪さんが好調でボストンが勝っていたから実現したのだろうけど。


 ただこのチームに滞留する悪い空気を断ち切る役目を「新人ルーキー」に負わせるのはどうかしてるだろ。いや、それができるのと思わせるのは「エース」の証しなのだ。


俺はその域までいけるのだろうか。

 

【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席23 打数19 安打8(長打5)四球3 犠打1 打点9 三塁打1 本塁打4 打率.

(右)打席20 打数17 安打4(長打1) 四球3  打点4 本塁打1 打率

合計打席43 打数36 安打12(長打5) 四球6  犠打1 打点13 三塁打1 本塁打5 打率 .333

盗塁2


投手

(左)試合1  0勝0敗  7回 失点2 奪三振8  防御率2.57

(右)試合1  1勝0敗  7回 失点2 奪三振2  防御率2.57

合計 試合2 1勝0敗  14回 失点4 奪三振10  防御率2.57


 


 







 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る