日本人であること。

5月23日(日)


 今季、アストロノーツには日本人選手が所属していた。松居一央まついかずお、走攻守のすべてをハイレベルで兼ね備えた名選手である。2年前にアストロノーツに移籍し、成績も残していた。


 ただ今年就任した監督には嫌われているのか、好調であったにもかかわらず出場機会を理不尽な理由で減らされ、それがもとで不振に陥ると今月20日には契約譲渡公示ウエーバーにかけられてしまった。つまるところ「クビ」である。


 そして、わざわざこちらの顔を見にきてくれた。初対面ではあったがいろいろと気遣ってくださった。

「俺の欠点は俺が『日本人』だったことかな。健ちゃんは若いんだからそこんところは気をつけろよ。」

 あえて「何に」気をつけるべきかは言わなかったが。アメリカで感じてきたアメリカの「闇」であるには違いない。俺が「日本人」であるがゆえにそこまでチームから浮かないのは、通訳なしで意思疎通がはかれることと、「駆け足」とは言えマイナーリーグを経験していることは大きいだろう。


 「今日はドンゴ(ドンゴリア)を休ませる。健、三塁手サードはできるな?」

ミーティングでまた監督がぶっこんでくる。

「はい。」

もちろん、にやってましたよ。


「ジム、今日は美味いもん食えるところに案内よろしくな。健、お前の代わりに楽しんでくるわ。」

ドンゴはそういって皆を笑わせる。もちろんこれはただの冗談である。だって今日は「移動日」だから。試合が終わったらそのままセント・ピートに戻るのだ。「酒当番」的には忙しい日である。


 ただ現在チームは31勝12敗と圧倒的な成績だ。一つくらい負けても主砲がリフレッシュした方がマシなのだろう。しかも俺を三塁手で使うことで「お前の後釜はいくらでもいるぞ」という脅しを加えることも忘れていない。この狡猾さがジョー・マディソンという監督のいやらしさだ。


 ただ、あくまでも選手をパラメーターで分析するも「人種」で測らないところは評価に値する。日本で人種差別をしないのは「当たり前」だが白人世界では「美徳」(ただの努力目標)なのだ。なので日本人選手を露骨に嫌い、それを公言することはばからない監督もいる。


 試合は午後1時からのデイゲーム。こちらの先発投手はブライス。相手は右腕のブッドマン。俺は3番三塁手。こちらにとって誤算だったのはブライスが初回から相手打線につかまって4失点したこと。


 俺の見せ場は5回表。一死一塁からの4号2ラン本塁打で4対5と逆転。


その裏に追いつかれるも6回に再び2点リード。その裏にまた1点差に迫られる。


8回表。俺は一死三塁一塁から右翼線へヒット。これがメジャー初の三塁打。これでランナー2人返して3点差。最後はトリアーノが〆て6対10で勝利。


 先発投手が降りると投手の打順のたびに代打が送られるナ・リーグの試合。指名打者制度も面白いが、これはこれで試合として面白い。


5月24日(月)


 今日からボストン・レッドアックスをホームに迎えての3連戦。ボストンは現在ア・リーグ東地区5球団の中で4位。だが24勝21敗と勝ち越している。交流戦が組まれることが多いためこんなことになるわけだ。


 日本人選手も今季は松阪まつざかさんや丘島さん、そして多沢さんの3投手が所属している。ただ多沢さんは今年は故障けが靭帯移植トミージョン手術を受けているため今季はお休みだそうだ。「プロ入り同期」としては少し寂しい。


 なので今日は球団につめかけた日本人記者も多く、チーム練習後の取材はロッカールームではなくラウンジで受けることにしたのだ。自分に関係ない取材関係者が多いとイラつく選手もいるからだ。特に自分がわからない言語で騒がれると耳障りらしい。


 「健ちゃん、英語ペラペラなんですね?」

ただ俺がアメリカ人と日本人の質問を交互に受けているのが驚く人もいる。あれ、俺言語は(魔法で)堪能なの知らなかったっけ?

「いや、アメリカなら5だって英語ペラペラですって。GMには通訳の経費が浮いたって喜ばれましたけどね。」


 これは英語を褒められた時のいつもの返し。ただ時々英語が話せるのと頭がいいのを混同されることがあるので。これも日本人ならではのコンプレックスの裏返し。ただ、一生英語無しでも不自由なく暮らせる日本は凄いって素直に認めたらいいのに。


 試合はナイトゲーム。俺は5番指名打者。ただ相手先発のプホルツ(右腕)の調子がよく打線がつながらない。俺も第二打席でセンター前安打で出塁するも後が続かない。


 7回からは丘島さんが登板。俺もいい当たりだったが、中堅手が深めに守っていたためにフライアウト。チームも6回裏のベーニャの8号ソロだけ。6対1で敗れる。


 試合後、ラウンジで取材を受けていると松阪さんと丘島さんが日本からの取材陣を連れてくる。正確には俺への取材チームが半分向こうに行ってるだけなのだが。

いやいや日本人だけで騒いでいたらまた問題になるがな。


【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席17 打数14 安打6(長打4)四球2 犠打1 打点7 三塁打1 本塁打3 打率.

(右)打席15 打数12 安打4(長打1) 四球3  打点4 本塁打1 打率

合計打席32 打数26 安打10(長打5) 四球5  犠打1 打点11 三塁打1 本塁打4 打率 .385

盗塁2


投手

(左)試合1  0勝0敗  7回 失点2 奪三振8  防御率2.57

(右)試合1  1勝0敗  7回 失点2 奪三振2  防御率2.57

合計 試合2 1勝0敗  14回 失点4 奪三振10  防御率2.57


 


 







 

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