新人投手の宿命

5月21日(金)


 ホテルに着いたのが真夜中だったため、さすがに午前中は休養。午後球場に入るとベンチコーチに呼ばれる。

「健、今日は練習が終わったら上がりでいいぞ。」

俺のきつねにつままれたような顔を見てコーチは笑った。


「お前の今日の出番はない。なぜなら今日は指名打者の制度ルールがないからね。」

 ヒュー ストン・アストロノーツはナ・リーグ(※1)。いわゆるインターリーグの交流戦だ。ア・リーグのホームゲームなら指名打者制を使うが今回はビジター。ナ・リーグのルールに従い投手も打席に立つのだ。


 「健、バットを貸してくれよ。あとプロテクターも。」

今日の先発投手のゲイザーに頼まれる。ほとんど打席に立つ機会はないわけで道具も持っていないのか。俺は道具にこだわるタイプではないので快諾。


 よって今日はチーム練習後の「酒当番」の積み込み作業を終えれば「上がり」なのだ。

「ただ健は明日先発投手だからあまり羽目を外さないようにな。」

コーチは俺にくぎを刺すことも忘れていなかった。


 夜は同じく練習だけで上がる先発投手チームと外食。テキサス風メキシコ料理テックスメックス美味し。


「(今試合で投げている)マット(ゲイザー)に悪いな。」

と俺が恐縮すると

「なぁに、お前が野手兼任だからこれまで連れていけなかっただけさ。お前だけな。」

とジム(フィールズ)が笑った。ちなみにチームは2対1と惜敗。連勝は6でストップ。


5月22日(土) 


 今日は先発投手を務めるため早便の球団バスで球場入り。(たいていバスは2便ある。)


 しっかりストレッチとウオームアップをしてからブルペンへ。

ロッカールームで着替えていると由香さん以外の日本からの取材が本格的に始まったことがわかる。これまではマイナーリーグだったので、ちょっとした動静でよかったから由香さんが「通信社」の役割をしていた。だが俺が昇格して日本からの関心も高くなると情報に「独自性オリジナリティ」が欲しくなるのは無理もない。


 だがその肝心に「オリジナリティ」が「好きな食べ物」とか「好きな音楽」とかなんでやねん。質問下手か。いや、まだお互いよく知らないのだから会話のとっかかりなのかも。


「今日は先発なので」とあまり応えられなかったが。


ブルペンで肩を作っているとベンチコーチが顔を出した。

「健、今日の打順はどうする?」

普通、投手はラストバッターに置くことが定石だ。


「いつも通りでいいですよ。投手だからと言って打席で手を抜くつもりはないので。」

俺は「二刀流」と言っても「打者/野手」の比重の方が自分の中では高い。


「わかった。監督ジョーにもそう伝えておく。」

もちろん、ベンチの評価の比重は「投手」としての俺の方が高い。だが「いつも通り」というほど俺はメジャーにはいなかったよな。


 今日は右投げ。土曜日なこともあってお客さんの入りもいい。アストロノーツは今季地区最下位と出遅れているが地元のファンというものはありがたいだろう。

俺が5番投手でアナウンスされるとどよめきが起こった。


 ただ問題だったのは球審。ギリギリ入っている投球をことごとく「ボール」にとる。新人投手にはよくある「洗礼」というやつか。ビジターなので余計にあるだろう。見逃し三振のはずが「四球」。初回から無死満塁。内野手が集まってくる。


 ドンゴリアがグラブで俺の肩をたたく。

「健、新人投手ルーキーにはよくあることだ。球審やつは『どちらの立場が上か』お前に教え込みたいんだろう。カリカリするな。打たせていいぞ。後ろで俺たちがしっかり守ってやるから。」

「はい。お願いします。」

いや、ちょっと泣きそうになったわ。そこからスライダー、2シームを主体に投球を組み立てなおす。4番カルロス・リード併殺ダブルプレーに仕留めたが1点失う。


 そこからは打たせて取るを徹底。反撃は4回から。四球で出た俺。すかさず盗塁。投手が盗塁すると思わなかったバッテリーは無警戒だった。つづくアップルトンがレフト前に打って三塁一塁。そこでショーンが逆転2塁打。


 5回にはドンゴリアの二ゴロの間にクロスフォードが生還。3対1。ただ6回裏、俺の外角低めへの直球をアストロノーツの3番打者ランス・バウマンにセンターへのフェンスまで運ばれる。5号ソロ本塁打で3対2。


 俺は7回で球数が100球を越えて降板。最後はトリアーノが〆て今季初勝利。

なんか本塁打のバウマンが「野手を先発させるなど、いくらこちらが最下位だからと言って無礼だ」と怒っていたらしい。いや、投手登録されてますがな。知らんとは思うけど。


 ヒーローインタビューは4安打と大暴れしたクロスフォードと逆転2塁打のショーンが呼ばれていた。


 ちなみに俺は2打数1安打2四球。投手同士って投げづらいんだよね。


 俺は日本人取材陣が相手。「ストライクゾーンの認識に微妙なズレがあったんで焦りましたがショーンとボールの組み立てを修正して何とか乗り切りました。まだ1勝なんでまだまだこれからです。」

審判の悪口ととらえられないよう言葉を選びつつもにじみ出る悔しさよ。(笑)


【沢村健の今季成績(通算)。】 


打者

(左)打席12 打数10 安打4(長打2)四球1 犠打1 打点3 本塁打2 打率.

(右)打席15 打数12 安打4(長打1) 四球3  打点4 本塁打1 打率

合計打席27 打数22 安打8(長打3) 四球4  犠打1 打点7 本塁打3 打率 .363

盗塁2


投手

(左)試合1  0勝0敗  7回 失点2 奪三振8  防御率2.57

(右)試合1  1勝0敗  7回 失点2 奪三振2  防御率2.57

合計 試合2 1勝0敗  14回 失点4 奪三振10  防御率2.57

  




 










(※1) 3年後(平成25年)にナ・リーグ中地区からア・リーグ西地区に移籍する。

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