運命を変えた「一振り」

5月15日(土)


 試合が終わった時間は午後7時。日本時間だと日曜日の朝8時くらいか。俺は9時頃に新居につくと自分のベッドに寝転んだ。


 あの後は「ヒーローインタビュー」を受け、夕飯をドギーバッグに盛って家に帰ってきたんだ。マシューは今頃由香さんとデート中やろ。


 しばらくまどろんでいると、ネット電話で妹から「俺関連ニュース」の報告が来た。

「おにいさ。いい加減自己検索エゴサは辞めた方が精神的にはいいと思うよ。」

妹よ、わかってはいるがやめられないものというのが人生には存在するのだよ。妹は かまわず「例の日曜朝の高齢者用番組サンモニ」の話を続ける。


 「面白かったのがさ。先週の母の日のお兄の女装映像が出て爺さんが『喝』入れまくっててさ。そこに女子アナさんが画面の外からしゃしゃって『あっぱれ』を連呼しまくってめっちゃうけた。この『尊さ』がわからんのですかだってさ(笑)!?って顔で爺さんが女子アナの迫力に口をあんぐりと開けたままだったんよ。」


いや、あれを全国放送で流したんかよ。マシューのやつめ。

「お、おう。ただ『尊い』といわれてもだな。俺は好きでああいう格好はしてないぞ。だいたい、妹的に兄のああいう姿がさらされるのはどうなんよ?」

「うーん。私に似てなくてよかった、とか?」


 ただ、あのサヨナラ本塁打で俺を専属で取材する「番記者」がつくことになりそうらしい。


5月16日(日)


 今日は「デーゲーム」で午後2時からの試合。

 本日はチームの野手ではパットと並ぶベテラン、カルロス・ベーニャの「休養」で俺が一塁手に。どうにも「試運転」されてる感が強い。このジョー・マディソンという監督、俺を買いかぶっているのか、俺が嫌いなのか不明である。


 相手の先発投手はマトリックスの左のエース、クリス・リード。


 この日は俺の名前の由来であるケン・グリフィスJr.も先発出場。メジャー20年目という名選手もさすがに衰えを隠せず、数日前の試合では試合中に居眠りしている映像すがたを「撮影」かれて物議になっていたのだ。


 試合は5回表にマトリックスの下位打線に打たれて1点を失ったものの、7回にアップルトンとジョアン・ロッドの2本の二塁打で同点、8回にはクロスフォードの三塁打からケプラーの犠牲フライで逆転。2対1で連勝。


 俺は4回の1安打のみ。一応今季初の盗塁を成功させたんだけど得点にはからめなかった。とりあえずベンチに「足もあるよ」というところをアピールしたのだが、伝わっただろうか。


5月17日(月)


 投手として初先発。捕手は春から何度も組んだショーン・ジェイソンを希望した。今日からクリーブランド・インディペンデンス戦。(ア・リーグ中地区)


 ブルペンで肩を作っているとアジア系の記者が何人か闖入ちんにゅうしてきた。ブルペンコーチのボビーがここは立ち入り禁止だと声を荒げるもお構いなし。


 俺に何か英語らしき言葉でなにかわめいてるのだが、なにせ訛りがひどすぎて聞き取れない。どうも南高麗の記者だ。顔つきですぐわかる。四角い顔立ちに目が小さい。日本人との違いがすぐわかる。


「お話ならチーム練習が終わった後でお聞きしますよ。」

俺が高麗語で言うとようやく外へと出ていった。


「あいつら日本人か?」

ショーンが聞く。


「いや南高麗人だよ。インディペンデンスに南高麗人の打者がいるんだ。たぶんその関係の取材じゃないかな。」

「そっか、俺には日本人も南高麗人も見分けがつかん。」

まぁ、そうでしょうね。俺もイタリア系とドイツ系の違いは一目では分からんもん。


 今日対戦するインディペンデンスには南高麗のチュシンシュがいる。昨年のWBCで南高麗代表として対戦していた。ビデオルームで予習してたからな。


 約束通り練習後にグラウンドに出るとさきほどの記者たちに囲まれ、TVカメラまで回ってる。ばっちり美容整形して同じアジア人でもどこかで見た顔にしか思えないお姉さんにインタビューを申し込まれる。俺はまた好き勝手に煽り文句過多な字幕をつけられてトラブルになりたくないので高麗語でのインタビューに応じた。(これがまた後日厄介のもとになるのだが、それはまた別の話。)


  ちなみに高麗語は相手によって言葉の丁寧さが5段階で替わる。「偉い人」「目上の人」「タメ」「目下の人」「罵倒(人間扱いしない)」の五段階だ(俺の感想)。俺は19歳なので対「目上の人」語を選択。


 「秋選手はアジアを代表する素晴らしい打者です」とか「対戦できてとても光栄です」とか「今日は挑戦者として謙虚に胸を借りたいと思います」と適当にヨイショしてご満足いただいてお帰りいただいた。それが彼らが欲しかった言葉だから。しかも俺の高麗語が(魔法で)ネイティブスピーカーレベルだったのも彼らの自尊心をくすぐったようだ。


 ま、謙遜へりくだるのは口先だけですけどね。WBCの時に目の前でマウンドに旗をぶっさされたあの屈辱を思い出すと、さすがに心穏やかではいられない。差別をする気はさらさらないが、あの行為だけはアスリートとしてはどうしても許しがたいのだ。ただし、日本人に限る。



【沢村健の今季成績(通算)。】 

打席8 打数7 安打2(長打1) 四球1 打点1 本塁打1 盗塁1

打率.286





 

 


 

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