くっそ生意気な新参者(ルーキー)と言われて。

「昇格会見」

 5月13日(木)


 「セント・ピートへようこそ。」

それがレイザースGMアンディ・フリーマンの第一声だった。球場が所在するセントピーターズバーグ市は長いのでそう略されることが多い。


 彼はウォール街(金融畑)出身という珍しい経歴を持つ男であり、しかも若い。5年前に28歳でGMで就任している。いつもはスーツではなくラフな格好でいることが多いとされる彼だが今日はブランドスーツで身を固めていた。


 「キミをレイザースに呼ぶのはこのタイミングが一番だと思ってね。日本時間に合わせて、すでにキミの昇格は日本のマスコミ各社に知らせてあるんだ。」

「はあ。」

 タイミングってなんだろう。GMは簡単にチームの状況と俺にフロントが期待していることを告げられる。


「さ、これから昇格会見をやるよ。」

「いや、入団会見以外にそんなものやるんですか?」

「キミは日本人だし、ましてやトッププロスペクトだからね。特別だよ。」


会議室へと案内される。そこには地元のマスコミに加え、なぜか日本からの報道陣が大勢いたのだ。しかも由香さんまでそこにいた。あれ、日本で亜美の取材をしてたのでは?


 英語と日本語で俺の昇格がアナウンスされ、俺は真新しい背番号∞とネームの入ったシャツを着るとキャップをGMがかぶらせる。激しくフラッシュがたかれた。


 その後インタビュー。メジャーでの抱負を聞かれた。

「レギュラーを取ることと新人王」と無難に答える。GMもつたない日本語で「ミナサン、ヨロシクオネガイシマース。」と頭を下げていた。


 会見が終わってからは日本人の記者さんたちと懇談もする。よくこの時間に間に合いましたね?俺がそう尋ねるとみんな笑った。

「いや、明日からレイザースはシアトル・マトリックスと試合だからさ。実は俺たちみんなヰチロー番なんだわ。」


なるほど。それでGMはこのタイミングでと思ったわけか。

「あの破天荒が売りのフリーマンがスーツ着て頭を下げてたろ?健ちゃんを『だし』にして日本からスポンサーを引っ張って来たいんだろうな。」

なるほど金欠球団だからな。そして由香さんはどうしてここに?マシューから連絡きたの昨日だろうに。


「やだ。ノイマンが今季絶望って聞いたから、間違いなくこのタイミングで健くんが昇格すると確信して飛んで帰ってきたのよ。私の推理が当たってて怖いわぁ。」

 さすがや姐さん。みんなも俺の成績は知っていていつ昇格してもおかしくはないとは思ってはいたが、渋ちんのGMが俺を上に呼ぶのはもう1か月先くらいでもと踏んでいたようだ。


 とりあえず解散。俺はその足でクラブハウスに案内された。案内してくれたのはサブディレクターのウィリアムスさんとインターンで働いているジャネットさん。


 俺のスペースはノイマンが使っていたところだ。とりあえず自分のバッグを置いた。


 「もし置ききれない分があれば収納のスペースも追加でお貸しできますよ。」

「はい。必要ができたらお願いします。」

ちなみにロッカーは「有料」。というかチップをスタッフさんに渡すのだ。日本人の俺はなかなかこのシステムに馴染めていない。とりあえず昨年より少し多めに渡す。


 個人の収納スペースは壁沿いにもうけられており、部屋の真ん中にはでかいソファが並べられている。勝手に座ると「そこは俺の場所だ!」とか怒鳴られるのかな。とりあえずウェズ(ウェズリー・ダビッドソン)に座ってもいい場所とか確認しておこう。


 体を鍛えるフィットネスジムやウエイトルーム、シャワールーム、対戦相手のスカウティングリポートが観られるビデオルームも完備。マイナーにもないわけでは無いが、やはり内容が違う。


 もちろんカフェテリアもある。一日一つのハンバーガーしか提供しないマイナーリーグとは全く違う。ちなみに今日は休みだけど。


 さらにはラウンジルームでは大型モニターがあってゲームや映画が見られる。というか何しに球場に来るんだよ?はっきり言ってここでニートをやっていたいくらいだ。


 金持ち球団ならこれらがもっと豪華なわけで。ヤーナーズのはガチで凄かったのを思い出す。風呂だってシャワーだけじゃなく泡風呂ジャグジーがついていた。


 そう、MLBに上がれば「最高峰」が約束されているわけではない。上には上がいるのだ。もちろん俺にとっては野球に打ち込める環境さえ整っていればいいだけなのだが。


 その夜は昼間の会見に来てくれた報道陣と合同取材という名の会食。いや会食という名の宴会だった。取材にしないと経費で落ちないからだそうだ。


 ただシーズン中のため早々に退散。一応俺が主役なわけだが問題はない。俺はただの「だし」なのだ。主役抜きで閉店まで盛り上がったそうである。


 俺はと言えばホテルに引っ込んだものの昇格の興奮のために眠れそうにない。それで久しぶりに自分自身に「睡眠魔法スリープ」をかけるはめに。


 亜美がお祝いのために俺に通信してくれたが俺の意識はすでに睡眠下。

「ちょっとどういうこと?」

亜美はお冠だったがしかたない。睡眠下でもちゃんとやりとりはできるのだからいいでしょうに。


 こうしてついに俺の「メジャーリーガー」としての歩みが始まったのだ。


 

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