彼女の工夫と俺の苦悩

4月29日


 試合は予想外の投手戦に。とにかくド素人捕手の構えさせたところに投げ込む。い構えたら危ないからそこから動かすな、と言っておく。155km/hあたりのムービングファストボール。アメリカのボールは縫い目が高い分、手元での変化は大きい。


 もっと予想外だったのはダイロンが意外に守備がうまかったということ。プロに入ってマスクをかぶったことがなかったのがウソのようだった。もちろん相手も「急造」捕手なことを知っているから「舐めプ」がちだったところもある。とにかく出塁した時のリードがでかい。


 なので三振ゲッツー1回、一塁での捕殺1回、盗塁阻止1回。7回まで4安打だったがまったく危なげない試合運び。


 ただもっといけなかったのが打線。先頭打者のデズが単打で出塁して以降ノーヒット。


 そして8回、二死無走者から9番テハダに「出合い頭」の一発を浴びる。これが両チーム唯一の得点。1対0で今季初完投にて初の黒星。バレッツも零敗は今季初めて。俺にとっては不運尽くしの敗戦。


 試合時間も1時間33分という短さだった。ダイロンは急造捕手に気を遣わせて悪かったと謝っていたが、むしろ守備は及第点だった。それよりも打てなかった方を謝れ。


 4月30日(金)


 前日とは打って変わって乱打戦。俺も一番センターで先発出場。俺も2安打1本塁打(15号)するがチームは7対12で敗戦。先発投手が4回9失点ではね。今日の点のうち2点分けてくれたら昨日は負けなかったのに。この4戦を1勝3敗と負け越し。


 5月1日(土)。


 今日からロチェスターへ移動。再び4連戦である。ただバッファローからロチェスターまではバスで1時間半ほどしかかからないため、午前中は各自トレーニング。


 そこに珍しく由香さんから電話があった。


 亜美についに記念すべき初打席が回ってきたのだ。亜美のつくば大が対戦したのは東海総合大。NPBの東京ギガンテスの波羅監督の母校で、野球部は全国でも指折りの名門だ。実際にここまでリーグ戦で6季連続優勝を飾っている。


 先発は3年生のエース清野朋幸すがのともゆき。波羅監督の甥っ子で有名らしい。血縁もすごいがなにより最速157km/hの速球を武器にする大学No.1右腕の呼び声が高い。実力も十分にすごいのだ。


 試合は東海総大が5対0とリードした8回表二死無走者。亜美に監督から声がかかる。

「亜美、出番や。……思いきりバット振って来い。」

「はい!」


 待ちに待ったリーグ公式戦初打席。監督としては相手チームとエースに対する精一杯の嫌がらせのつもりだったそう。亜美の名がアナウンスされると観客がどよめく。実は首都大学リーグも女子選手の参入を正式に認めてはいない。しかし、女子W杯で三冠王でMVPに輝いた亜美だからこそ「特例」として認められたのだ。


 もちろん認められたのはあくまでも「入部」。まさかベンチも亜美が正式のリーグ戦に出場する一軍枠に入れるとは思ってもいなかったのだ。それだけ彼女の野球センスが秀でていたということだ。


 右打席に入った亜美に清野は外に2球外す。さすがに女子相手に内角を攻めたくはないのだろう。二死で走者もいない。8回で5点差なら彼にとってはもはやセーフティリード。歩かせてもいいが。「史上初」でそれも味気ない。


3球目の直球は明らかに「置きにきた」球。


 亜美はそれを見逃さなかった。140km/h台前半の速球を渾身の一振りではじき返す。打球は糸を引くようにレフトスタンドに入った。亜美にとってはさほど難しい球ではなかったのだ。男子が認めていないだけで。


 打たれた清野は笑った。そこは笑うしかなかっただろう。彼が「手加減」したのは明らかだったし、彼が、いや彼だけでなくそこにいたすべて人が予想した以上に亜美が強打者だっただけなのだ。


 マウンドで苦笑で思わず歯を見せる清野を背に、亜美はダイヤモンドを一周する。東海総大の監督も目「以外」は笑っていた。

「あいつなにわろてんねん(エセ関西弁)?清野トモは帰ったら罰走だな。」

 自チームには忸怩じくじたるものがあるとはいえ野球離れが進む時代で新しいヒロインの登場に快哉を上げさせる手助けをした清野を本気で責める気はなかったのだろう。


 由香さんは電話の後、亜美の打席の動画も送ってくれた。打撃バッティングフォーム変えたんだな。女子相手の時は典型的なプルヒッターだった。手元までしっかりとひきつけ、巻き込むような豪快なスイング。まさに圧倒的な強者。


 しかし今の彼女のスイングはきれいなレベルスイングでいわゆる「広角打法」に変わっていたのだ。やはり男性投手の球威についていくには自分を変えざるを得なかったのだろう。それでもこうやって成果が出たのは素晴らしいことだ。


 おかげで俺はまた元気が出てきた。なににがっかりしていたかというとバレッツの親球団、レイザースが好調を維持、4月を17勝6敗で終え、地区首位を走っていたのだ。一方、バレッツは15勝8敗で首位にはいるものの、明らかに調子を落としている。


 対戦相手のロチェスター・レッドウインズはミネソタ・トワイライツ傘下。ア・リーグ中部なので、上にあがってもそれほど頻繁には対戦しない相手。


 俺は2番レフトでの先発出場。4打数1安打1四球。ただチームは一昨日と同じ「貧打線」に逆戻り。今季2度目の零敗。


 俺たちは大丈夫なのか?


 


 


 


 







 

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