人情もへったくれもアメリカ人

 4月28日(水)


「あのさ。ここは『コーク・フィールド』だよな?」

クラブハウスで提供されたハンバーガー一個をほおばりながらデズが尋ねる。

「そうだな。」

バッファロー・オーロックスのホームスタジアムは例の赤いラベルの黒い炭酸飲料の会社が命名権ネーミングライツを持っている。


「なんでコーク飲み放題じゃないの?」

気持ちはわかるが、それはまた別の話だ。メジャーにいけばビールだって飲み放題だぞ。ただし試合後だが。

「それより、さすがにバーガー一個じゃ足らないから売店行って買い足そうぜ。」

 売店に行ってファンに混じってバーガーを買うのがマイナーリーガーの日常でもある。「ハンバーガー・リーグ」と呼ばれる所以だ。


 試合は「喝」を入れたクリフ自身が3回に先制4号ソロを放ち先陣を切る。今年36歳のベテランの奮起に俺たちも応じざるを得ない。6回までに4点をあげる。俺も6回に14号2ランで続いた。


 先発のヘル吉も5回無失点。6回に崩れて連打を浴びて降板したが後続がしっかりと締めて4勝目をマークした。これでやっと連敗脱出。「たかが」3連敗だったけどやっぱり焦りはあったよね。


 試合後、俺はクリフに食事に誘われた。うーん、なんかお説教かなぁ。

「明日、先発なのに誘って悪かったな。」

さびれた町のわりに平日遅くまで開いているレストランがあるとは思わなかった。


「いや、ナイアガラの滝観光はここから行くんだぜ。ほら、日本人もいるだろ?」

クリフが指した先にアジア人らしいグループがいたが、どぎつい原色ファッションに大声で騒いでいたので、どう見ても中国人だ。日本人としては抗議しようか迷ったがクリフが続けた。


「これまでいろんなやつを飯に誘ったけどな。BJアップルトンも、イーヴァン・ドンゴリアも、プライドもだ。」

ドラ1ばかり、しかも今のレイザースの主力ばかり。

「すごい人たちばかりですね。」

俺は思わずお世辞を並べるがクリフは

「謙遜するな。お前は彼らに引けを取らないどころか、素質だけならずっと上だ。」


 見た目は高級そうなレストランだったが出てきた料理はチキンとハンバーガーだった。うん、やっぱりアメリカ(笑)。しばらく彼と野球談議に花を咲かせる。すると突然彼が言い出した。


「俺は今年で引退する。」

「は?」

突然のクリフの言葉にツッコミを入れる。一軍半とはいえ、AAAでは毎年上位の成績を収めているのだ。年齢的にはそろそろ見切りをつけるかどうか迷うところだろうけど。引退を明言するほど追い込まれてはいないはずだ。ただ彼は酒の力を借りてなのか饒舌だった。


「これまで俺は俺にあきらめがつけきれなかった。マイナーではそこそこ成績を出せるからな。でもお前を見て決めたよ。お前みたいなやつには誰も勝てない。お前のバッティングはそれだけ異常なんだよ。」


「俺、なんか変ですかね?」

「お前、見えているだろ?お前のスイングは明らかに迷いがない。お前のスイングは投手が投げ込むコースも速度も角度も球種も分かったうえでのスイングだ。天才なのか、八百長なのかどちらかだ。」

確かに俺のスイングはいわゆるアッパースイング。「神眼」魔法でコースも球種も速度も見えているのだから。レベルスイングをする必要がないのだ。もちろん見えているからと言って100%本塁打にできるわけではないが。


 まさか魔法が使えるので投球がつぶさに見えていますとも言えない。

「眼は良い方かもしれませんね。」


俺の言い訳をクリフはスルー。

「俺さ、引退したら嫁と故郷にひっこんでさ、地元のこども相手に野球教室をやろうと思ってるんだ。シーズンオフで年一でもいいからさ、講師をやってくれないかな?お前の打撃理論をぜひ教えてやってほしい。」


 だから誰も俺の真似なんてできないんだってば。引退後のプランの話かよ。そこはやっぱりアメリカ人で安心した。


 4月29日


 今日は左での先発投手。驚いたのがいつもは二塁を守ることが多いダイロンが捕手だったこと。嘘やろ?

「俺もプロは6年目だけど捕手は初めてだわ。俺も耳を疑ったわ。」

学生時代以来初めてらしい。防具の方は今日DHに入るカリーナに一式借りたそうだ。むしろDHでお前が入ればいいのに。


「すまん。捕逸パスボール怖いんで、あまり難しい変化球とか無しで頼むわ。サインもお前が出してくれ。」

うそーん。メジャーではあり得ない采配。


 さては俺の昇格をいやがるGMが横槍入れてんじゃないだろうな?そう疑っても仕方ないレベルの起用だ。くそ、こうなったら意地でも抑えてやる。オーロックスは左打者を4枚(1,2,3,5番)並べているのでなんとかいけるか。



 



  


 

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