女の意地と男の矜持

4月25日(日)。


 日本との時差(13時間)の関係で、亜美の試合結果は気になっていたものの、確認できずにいた。


「守備固め」で8回裏からレフトで出場。打席こそ回らなかったがリーグ戦デビューを飾ったそうだ。


 首都大学リーグで女子選手の公式リーグ戦の出場は初めてで、まさに「歴史的な快挙」だという。が亜美はこれで満足なんかしてないだろう。でも、ホッとしてるだろうし、「女子野球界」では歴史的な一歩であることは間違いない。


「二刀流なんかアメリカじゃ通用しない」って陰口をたたかれている俺よりも「女なんか」といわれる亜美の方がよほど「茨の道」なのは確かなのだ。俺ももっとがんばろう。


 一応「初出場おめでとう、次はリーグ初打席!」とメールだけ打っておく。今の時間だと日本は朝の9時か10時くらいか。半日プラス1時間、と計算するとわかりやすい。


 亜美から「新聞沙汰だぜ」というタイトルでスポーツ新聞の写メが送られてきた。……由香さんの書いた記事じゃん。人物トピックみたいな紹介記事だった。


「W杯女王、大学野球に降臨」。すげえタイトル。亜美の略歴と女子野球界ではトップアスリートだったが男子の世界で苦しんだこと。苦しみながらもリーグ戦への切符を手にした努力と、女子だからと頭からきめつけて排除しなかったベンチの賢明さを称賛していた。ただ日曜日の試合は出番なし。


 バレッツもブレイザースに8対7と惜敗。10連勝ならず。


4月26日(月)


 ブレイザース4連戦最終日。フレッド・フリードマンが絶好調。昨日に続いて2試合連続となる4号本塁打。このまま順調にいけばロースター拡大セプテンバー・コールアップで上に呼ばれんじゃね。少なくともオールスター・フューチャーズ・ゲームには呼ばれそう。

 

 うちのダン・ジャクソンも8号本塁打を放つもチームは4対3で連敗。明日からの遠征もあってダブルで気が重い。


4月27日(火)


 バッファロー・オーロックスと対戦。ニューヨーク州バッファロー市までは高速道路ハイウェイを使っても片道11時間なのでさすがに飛行機移動。幸い、近所のローリー=ダーラム空港からバッファロー空港への直行便がある。球団バスはバッファロー空港に昨日から向かっているらしく空港までマシューに送ってもらった。


 飛行機といっても150席もない小さいジェット機。幸いウイークデーで空いていてラッキー。


 デズやヘル吉は大喜びで

「なんかメジャーリーガーになった感じじゃね。」

とはしゃぐ。それ昨シーズンも同じこと言ってたやろ。気持ちはわかるけど。ただメジャーの「チャーター便移動」を経験したことがあるメンツは苦笑い。肩をすくめて見せるも座席が狭いのですくめたままだ。もちろん、離陸したら空いていたので多少は座席移動したけどね。


 オーロックスはアメリカでも老舗球団だが親球団が割ところころ変わる。現在はナショナル・リーグのニューヨーク・メイティーズ(メッツ)傘下だ。


バッファローは北海道くらい緯度の高いところにある街なのでとにかく肌寒い。クラブハウスにいたときは気づかなかったがグラウンド練習に出たら如実だった。

しかも風が強く体感温度はさらに3-4度は下がるだろう。


「健、アンダーシャツ長袖なんだ?用意がいいなぁ。」

基礎代謝が日本人とは比較にならんほど高い白人選手たちさえも震え上がる。

「いや、独立記念日(前半戦終了)までは普通に長袖やろ。それに投手兼任だしな。」

あいつら貸してほしそうに見てくるけど嫌だぞ。身長は俺の方があるけど胴回りが違いすぎる。だいたい、あいつらはなぜいつも半袖なんだ?


 試合開始プレイボールは6時だったけど気温はすでに10度を下回りもう3月上旬って感じ。外野守備寒い。3番レフトでスタメン。風と寒さでチームメイトもすでに戦意喪失なやつも続出。ただベテランのクリフが3号3ラン本塁打でお手本を示す。さすがやな。


 俺も打ち損じたと思ったフライがライトからレフト方向に吹く強風にあおられてラッキーな13号2ラン本塁打。

だが試合は9対5で敗れて今季初の3連敗。移動と寒さで散々な一日だった。


 4月28日(水)


 3連敗は喫したもののいまだに勝率は地区首位、いやリーグトップなのは変わりない。それに俺達にはどうしても「メジャーへの腰掛け」感がある。チームの勝ち負けよりも個人成績の方が重要というものだ。


 その態度にクリフが怒った。

「お前らいい加減にしろ。移動がつらいのも寒いのもみんな条件は一緒だ。その程度でへこたれて、今絶好調なレイザースに食い込めると思うなよ。上ばかり見て目先のプレーを怠るな。『小さきことに忠実たれ』と親から教わらなかったのか?」


「うち親が仏教徒なんで。」

俺が間髪入れずにボケる。「小さきことに」は聖書の一節なのだ。


「知っとるやないかーい。」

隣のヘル吉がツッコミをいれた。みんな笑う。もちろん、クリフをバカにしているわけではない。たまった疲れでちょっと見失いかけた矜持を思いだしただけだ。


 うん。野球はチーム競技だよな。


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る