プロスペクト同士の意地。

平成22年4月14日。


 球場での練習はホームチームの後になる。今日は試合開始が午後7時(アメリカ東部時間)なので午後4時半あたりからビジターチームが練習になる。


 ちなみに先発投手(右投げ)なので入念にストレッチしてからブルペンに入って肩を作ることから始める。この試合が終われば一週間の遠征ロードが終わり、ホームタウンのダーラムへと帰れるのだ。


 マイナーリーグは地域密着型経営でありビジターで訪れる球場に自チームのファンなぞまずはいない。俺に限っていえば 米在住邦人や海外旅行中の方が応援に駆けつけてくれるだけほかの選手よりはいいのかもしれない。


 この3連戦のカードではグゥイネット・ブレイザースに連勝して勝ち越しを決めているのでチームの雰囲気は和やかでさえある。


 そんなところに珍しく相手チームからの「表敬訪問」があった。

「へい、ミスター無限大アンリミテッド。今日は対戦楽しみにしとるで。」

「は、はぁ。」

 幼さの抜けきれないふてぶてしい表情。俺とそんなに年が変わらん感じだ。身長も俺とほぼ変わらない。ジャンパーを着ているので背番号の確認すらできんし。


「よぉフレッド?健が気になって来たんか?」

ブルペンに訪れた珍客に俺の球を受けていたショーンがマスクを上げた。ど、どちら様でしょう?


「こいつはフレッド・フリードマン。おまえも名前くらいは知っているだろ?」

 「あぁ」と安請け合いしたものの絶賛思い出し中だ。


 フレッド・フリードマン。俺より1年前のドラフトでブレイザーズから2位指名された高卒選手だ。入団以降有望株プロスペクトランキングでも上位シングルランカーにいて、名前だけなら俺でも聞いたことくらいはあった。高卒3年目で開幕からAAAは大したものなのだ。


 マイアミ・ミーティオスのジャンカルロ・スタンソンと同級性か?どちらにせよ俺にとっては山鹿世代だ。日米でも新人の当たり年ってのはあるんだろうな。


「お前、二刀流なんだってな?」

「あ、はい。」

おもむろに切り出すのがその話題か。


「俺もな高校時代には投手もやっててな、97マイルの直球ストレートが投げられたんだぜ。もちろん今でもな。俺も打撃を買われて今はこっちに専念してる。アメリカここ二刀流それが通用すると思うなよ。」


はい、よく言われます。でもな……。俺が口を開く前にショーンが反論した。


「おいおいフレッド。お前の高校時代ハイスクールライフはどうかは知らんけど、健の場合は正確に四隅に100マイル投げんだぜ。1インチも違えずにな。お前も今日スタメンなら自分の目で確かめたらいい。」

 ショーンも彼をなだめるつもりだろうがあおっているようにしか聞こえない。


「よーし、おめーの球なんかぜってー打ってやるわ。首洗って待っとけよ。」

フレッドは高らかに宣言して走り去る。彼を見送るショーンがしれっと言った。


「あいつ、ライバル心の塊だな。ま、軽く格の違いを見せてやれよ、」

言うてあちらさんもかなり優秀な方なんですけど。


 ちなみにフリードマンは6番指名打者でスタメン。うざいくらいにこちらに闘志をぶつけてくる。俺も気圧されたのか7回の第3打席でランナーを二塁においたところで左中間を深々と破られる。外野からのバックホームの間に打者走者に三塁までいかれてしまい今季初失点。野郎、俺をドヤ顔で見つめてくる。目力すごいな。


 俺はそこで降板。ただバレッツは3対1でブレイザースに逃げ切って勝ち、俺にも今季初勝利がついた。


「初勝利おめでとう。じゃあ健、先にメジャーに上がって待ってるとするぜ。」

試合後、ショーンはそのまま単身で近くのアトランタから空路でセントピーターズバーグへと向かって行った。


 一方の俺たちはダーラムへと4時間かけてバス移動。これでも近い方なのだ。しかも走る高速道路は日本の品質とは程遠い舗装技術。座席に座っているだけで日本の5倍はHPヒットポイントを削られるだろう。到着は深夜というか丑三つ時を過ぎそうなころだが、球場ではマシューが待っていてくれた。

「健、初勝利おめでとう。」

「サンキュ。」


 とりあえず久しぶりのアパート。まだ2週間くらいしか住んでいないからさほど愛着はないレベル。

「へぇ、フリードマンに会ったんか。彼も高校時代は投手兼任だったみたいだな。というか学生時代に兼任投手ってアメリカでも珍しくないんだ。」

夜食にマシューの作ってくれたカレーライスを食べる。一週間ぶりの米。お米最高や。


「でもさ、健が目指すところは決して楽な道じゃないってことだな。」

そんなことはわかっている。だがこれまでも楽じゃない道を歩んできたし、これからも進む覚悟はできている。


 二度と前世で味わった辛酸をなめることがないためには、やるべきことはすべてやるしかないのだ。

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