「眩しい背中」
平成22年4月12日。
ただいま一週間の遠征中。4連戦の疲れと8時間のバス移動の疲れで流石にぐったり。それでも今日は亜美と通話「デート」なので朝8時起き。
今日の部屋割りは外野手のマット・ジョイナーと一緒だ。彼も40人枠だけど
「今は家?それともホテル?」
「いや遠征中のホテルでさ。しかも相部屋で、同室のヤツがイビキかいて寝てるからさ。起こすのも悪いから外に出た。」
一応魔法通信なので受話器はいらないんだが、何も持たずに一人で喋っていると不審者か違う意味で危ない人と思われるかもなのでスマホを耳にあてている。
女子野球W杯の日本代表ユニフォームの発表会に呼ばれたそうだ。
「しかもモデルで。⋯⋯最終的に。」
へえ。最終的って言葉がひっかかる。でも亜美は日本女子の中でも身長が一番高いんじゃね?
「そうそう。もう背番号もネームもついてた。だから私が落選したら代わりに着てくれる人がいないらしいよ。」
なんか変なプレッシャーをかけてくるもんだな。前大会三冠王だからしょうがないか。
「でもモデルで事務所契約もしてたんだからギャラが発生したんじゃないの?」
「いやそれがさ、ただの参列者のつもりが急に着ることになっちゃって。」
ただ、大人の事情の世界なので後で所属事務所と野球機構の事務局が揉めそうらしい。そりゃそうだ。
「でも私は春のリーグ戦で一軍の方が嬉しいけどね。」
外野守備も大分板についてきたそうだ。まあもともと遊撃手でも驚異的な守備範囲を誇って来たので不思議ではない。
「たださ、私が女だから贔屓されてるって不満もあるんだよね、特に先輩方からさ。」
確かに。女子選手が活躍すればより自チームにも母校にも世間の耳目が集まる。そして、それは間違いなく好意的な印象を抱かせる。だから自分たちは「大人の事情」でチャンスを彼女に奪われた、と主張したい気持ちは痛いほど理解できる。
「それは自分の実力がないことの言い訳だろ。いくら亜美が『女』と言ったって『世界最高の女子選手』なんだから自信持ってやれよ。そこは俺が保証するよ。」
「⋯⋯うん。ありがとう。」
亜美は嬉しそうにその大きな目を細めた。
「健も早く上がれるといいね。」
「⋯⋯うん。」
世界を相手に戦い、しかも後ろからも攻撃もある。そして上へ上がれば上がるほど嫉妬される。人間の嫉妬という感情ほど厄介なものはそうないだろう。女子野球の世界ではすでに頂点を極めた彼女の背中は眩しい。
平成22年4月14日。
前日、開幕戦に続いてヘル吉が好投で2連勝を挙げ結果を出す。2試合で防御率1.59は立派。俺も5号本塁打で援護。そして今日は俺が先発投手。
「ほら、健が打線にいるからさ。2点くらい取られたくらいなら、まぁいっかーって慌てなくてもいいし。」
そうなんだよな。ただ俺がマウンドに立つと俺の代わりに点を取ってくれる人が減る。そういう意味では俺は不利だ。俺にはDHは要らないと監督にも言ったが答えはNOだった。
「健、きみの気持ちはよくわかるよ。でもね。
そこにショーンが現れる。
「健。今日は右投げだろ?俺に受けさせてくれないかな。」
捕手指名の依頼だ。
「いいけど。でもショーンは昇格決まったろ?向こうに発つ準備とかいいのか?」
ショーンは打撃と守備のリズムを取り戻したとしてレイザースから呼び戻されたのだ。なので志願しなければ試合出場は免除のはずだ。
「ああ、でも明日はレイザースも試合がないしな。上がる前にお前の右も見ておきたいんだ。頼むよ。それにタンパまでは飛行機だしな。しかもビジネスクラスだぜ。だから体力的に負担も小さい。」
もともとバレッツには短期所属の予定だったので、荷物は全部持ち歩いていたとのこと。そして今滞在中のここローレンスビルはアトランタの近郊の都市。タンパ最寄りの空港からも直行便があるのだ。
「お前が(レイザースに)上がって来た時にすぐ俺が受けられるように唾つけておく、ってわけだ。」
汚い例えだな。⋯⋯まぁ、俺も俺への理解度を「正捕手」様に確かめておきたいのもある。
「えーっと。右はマードックス並のコントロールでノーラン・ライデンだな。」
ライデンはかつて100マイル超えの速球を誇った伝説の投手だ。
俺も「身長」に関しての成長期は終了したが、まだまだその他の部分は成長の余地を十分に残している。球速に関してはまだ4月ということもあり100%ではないが、100%に達してもさらにそこから積み上げていける若さがあるのだ。
「じゃ、ブルペン行こうぜ。」
練習に率先するとか、きっと充実しているのだろう。
「ショーンが率先するとか雨が降りそうだな。」
俺がからかうとヤツは腹が立つくらい爽やかにウインクした。
「バカだなぁ。トロピカルフィールド(レイザースの本拠地)はドーム球場だぜ。」
メジャーという夢の舞台へいざ昇っていこうという男の背中はやはり、眩しかった。
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