二刀流の開幕。
「健、捕手はどっちが良い?」
モンターナ監督が訊ねてくる。恐らく元々のチームの正捕手カリーナか、メジャーから返品中のショーンか、ということなのだ。俺的にはどちらも一月ずつ受けてもらっていたのでどちらでも意思疎通には問題がない。
「子犬を選ぶんじゃないんですから。」
俺はそう言って苦笑した。ただ先発投手は組む捕手を選べることも多いのもあるし、開幕間もない時期であれば試験的に使いたいというのもある。俺は思わず日本のペットショップのショーケースで子犬になった二人がこちらを見つめている
「じゃあショーンで。カリーが悪いってことじゃないですよ。ショーンの調子をさっさと上げて上に返すことの方が先決であると思うのですが。」
俺の正論に監督も苦笑した。
「そうだな。健の言う通りかもしれんな。」
「健、ありがとうな。俺を指名してくれて。」
ショーンは日本式に頭を下げる。投手の生い立ちに敬意を示すところは大したものである。特にアメリカは民族宗教が違う選手が多いので捕手には日本以上のコミュニケーション能力が求められる。
俺は現時点で「左投げ」の時にできることをショーンに伝える。彼はしばらく考えてから
「それってマードックス(精密的な制球力でアメリカを代表する投手)とアンディ・ジョンソン(当時までの最速左腕投手)を合わせたイメージ?」
と嬉しそうに聞いてくる。スプリングトレーニング開始時の「俺様」感がすっかり抜けていた。
「リードは難しい?」
俺が聞くと首を横に振った。
「まさか。確かにお前は逆球がほとんどないから、コントロールは良いとは思っていたけどな。じゃあ攻めに攻めまくった投球で行こうぜ。」
昨日と同じ時間に試合開始。俺は先発投手のため打席なし。
ショーンは宣言通り、ストライクゾーンの4隅を存分に使ったリードをしてくれた。一般的に球速と制球力は相反する考え方だ。力いっぱい投げれば細かいコントロールまでできない。逆にコースを狙った投球で力いっぱい投げることはできない。
MAX157km/hの左腕が完全にコントロールが効く投球ができたなら。それは理想論の先の理想論に過ぎない。そして理想を現実に換える力、それが魔法。
AAAとはいえ、同じフォームで同じリリースポイントから投げわけられるホップするように見えるバックスピンとストンと落ちる2シームジャイロを即座に見分けることはできない。これにチェンジアップとスライダーを混ぜる。6回を無安打投球で相手打線を圧倒する。
「健、このまま
モンターナ監督は球数にも余裕がある俺に尋ねる。というか、次は右投げなので他の投手よりは投球数制限は緩いのだ。試合はこちらが1点リード。
「いいえ。予定通りここで終わります。」
俺がそっけなく答えるとみな苦笑を浮かべた。ここは素直に投げた方がアピールになるのか、チームの事情に合わせてマウンドをいつでも降りられる姿を見せた方がアピールになるのか。いずれにしてもマイナーでの記録で箔がつくことはない。
残念ながら俺の後続が踏ん張りきれずチームは逆転負け。俺に勝敗はつかなかった。今回の収穫はむしろショーンの方で、リードに余裕が出たのか打撃も上向いて2安打を放つ。すっかりとまではいかないがかなり自信を取り戻しつつある。
「んー、この投球で健をマイナーに囲っておくとか
ロッカールームで地元紙の記者さんも首を傾げる。そう、その気持ちを記事にしてくださいよ。
俺としては「上に」上がった時に彼にお世話になる
平成22年4月11日。
ノーフォーク・トレンズの開幕4連戦は2勝2敗でタイ。そして、ホームには帰れずそのままバスで次の遠征先であるジョージア州ローレンスビルへ。
なんと所要時間は8時間半。こんなん飛行機の距離やろ。マイナーリーグあるある。ミールマネーで買ったファストフードとドリンクを持ってバスへ。
「あー、早く昇格してーなぁ。」
隣の席のショーンがぼやく。
「メジャーの飛行機移動を体験してしまうと余計に
俺も同意する。
「俺も早くそいつを経験してーなー。」
前の席のヘル吉がいきなり思い切りシートをこちらに倒してくる。てめぇ一言かけてからにしろや、と言いたいけどいつものこと。
「だってお前すぐ寝ちゃうから関係ないだろ。ショーン、こいつバスで眠れるっていう特技があるから隣に座ってもつまんね〜ぞ。」
「それでいつも隣が空いてたのか。俺もビール飲んで眠るわ。」
そう言って6缶入りのビールを足元に置いた。メジャー契約の選手はマイナーにいてもそこそこ金は持っているのだ。
恒例の最終戦はデーゲーム。出発が夕方5時でホテル到着が午前1時。次の相手グィネット・ブレイザーズ戦の初戦はこれまた恒例のナイトゲームなので、練習開始は午後。ホテルに着いても眠れそうである。
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