AAAを駆け上がれ!

さあ開幕戦。

 季節はずれの熱波で開幕戦はまさかの夏日。日中は30度まで上がる。ナイトゲームだったのでちょうど24、5度の動きやすい気温。


 例年17、8度と聞いていたので正直言って快適。フロリダの暖かさと同じくらいなのだ。ただアメリカは華氏(℉)表記なんで摂氏(℃)表記に慣れた俺はまだ戸惑うことが多い。


 開幕投手はヘル吉。春先から顔を合わせてきたショーンが相手でかえってやる気が出たよう。ただ、デズの方は練習試合で足を怪我をしていきなりの短期故障者リスト入り。怪我の治りは別として調子が戻るまでかかりそう。


 どこまで「魔法」で他人に関与していいものかと悩んでしまった。せめて「自動回復」くらいはかけてやりたいが。そこまで深刻な怪我じゃないから。


 精神的な「気の持ちよう」の魔法ならいいか。ショーンにかけた魔法は「デスペル」でもいちばん弱いやつ。かける魔法の加減は俺自身が体調不良に陥っていた中学2年の秋頃、検証に検証を重ねているので大丈夫。


 もともと命の危機と隣合わせの戦闘に部下を向かわせるための魔法。スポーツの緊張感程度でたっぷりかけるとかえっておかしくなるのだ。初級魔法なので消費魔力も少なくて済む。


 アメリカ人なので「NARUT○」風にやれば誤魔化せるだろうと「チャクラ」の乱れをなんたらかんたらと適当にやる。これが日本の「忍道」やで、と。ただし俺は漫画を読んだこともアニメで見たこともないのでなんとなく、だが。でも「効果は抜群」だったようだ。


「健、なんか身体が軽いな。」

「気温が高いからだろ。⋯⋯多分。」

そう言って誤魔化す。もっとも、メジャーで成功しなければという重圧からの解放感だろう。


「なんだか頭もスッキリしてきたよ。健の『忍道ニンドー』すげー。」

まぁそうでしょうね。「迷い」は「混乱」の一状態だからね。凄い効いてる感じはいいのだが、ショーン、他の人にはナイショな。なんか嫌な予感がする。


 本日の俺は三番指名打者。試合は夜7時プレイボール。だが、開幕戦ということもあり、通常の国歌だけでなく花火もあがったりと大盛況。お客さんもほぼ満員の入り。最初の第一球まで15分かかった。


 今季、最初の打席は二死走者なし。


 簡単に二死をとって気分良く投げてきた相手先発の速球を思い切り弾き返してやった。もちろん敵地ビジターだからしんと静まりかえった観客を背に淡々とダイヤモンドを回った。これはこれで快感。さすがにボールを投げ返す人はいなかったけど。


 先制点を取ってヘル吉とショーンのバッテリーに落ち着かせる効果もあっただろう。ヘル吉は6回2失点とクオリティスタートを成功させて後続につなげた。


 チームも6対3で開幕戦を勝利で飾った。ほぼ3時間で終わったので、しかも明日もナイトゲーム。夕飯はヘル吉やショーンと一緒に外食することに。寮生活ではないのでちょっと遅くなっても門限があるわけじゃない。


 ノーフォークは海が近いのでシーフードが美味いはず。ちなみに隣りにはポーツマスという街がある。日露戦争の終戦後に結んだポーツマス条約の街だ。アメリカ人に知っている人はほぼいないけど。


 「主役」のヘル吉の希望でピザ屋。シーフードピザはなかなか美味かった。ちなみにピザはイタリア料理だが、世界的な料理にしたのはアメリカ人だ。日本人的にはもう少し生地が薄い方が食いやすい。日本人は唾液の分泌量が欧米人に比べて少ないから咀嚼モグモグしてるうちに口の中がパッサパサになる。


 俺の横では運転手のマシューと取材に託つけてついてきた由香さんがイチャイチャしていた。デートを兼ねるな。


「健くんの食べてるところ撮るよ。」

「撮ってどうします?」


「記事に上げるよ。」

「需要あります?」

思わず聞いてしまう。爺様のたまわく。関心ある人がおらんと。由香さんは最初不思議そうな顔をしたがすぐに俺の質問の真意に思い当たったらしくふふっと笑った。

「あー、もしかして美咲いもうとちゃんから聞いちゃった?⋯⋯『生放送』にはつくづく向いてない人だよねぇ。」


それって取材外オフレコではもっと酷いことを言っているわけ?

「うん。でも民族的には強者に媚びまくるご出身だから、健くんがタイトルでも取れば、気持ちがいいくらい手のひらクルッと返すから頑張ろ。」


いや、別に爺様に認められたいわけじゃないし。それに勝者におもねて簡単に手のひら返す人間は日本人的には尊敬には値しない。「日本人」という意識はアメリカに来たからこそ思い知らされた。俺は自分は「アメリカ人ぽい」人間だと思っていたが、アメリカに来れば自分が日本人以上でも以下でもないと思い知らされる。


 とりあえず、俺は明日の試合のピッチングに思いを集中させた。



 

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