さあ、仕切り直していこう。
球団から紹介されたモーテル。
「モーテル」というと「昭和時代の中の人」的には今で言う「ラブホテル」を連想してしまうのだが、そう言うわけではない。マシューと二人住まいになるので「アーッ」な連想をされると困る。
ちなみに自動車(mobile)とホテル(Hotel)を足した造語で自動車旅行で利用しやすいお手軽な宿泊施設だ。いろんな形があるが、俺たちが泊まるのは日本のどこでもあるようなアパートみたいな形式。キッチンも付いているので自炊もできる。日本だとウイークリーマンションに近いかも。 部屋はセミダブルベッドの寝室が2つ。パーソナルスペースの確保は必須だ。
「健、追加料金を払ってくれたら俺が料理するぞ。」
マシューが自分を売り込んでくる。カレーしか作れないならダメだよ?
「健はカレーを作れるのかい?⋯⋯シェフになれるね。」
え?カレーすら作れないの?アメリカ人の自意識の高さというか過剰具合が痛い。
実はアメリカは総じて料理のレベルが低かったりする。これはできないからと言って非難されないということだ。日本でも昭和40年代くらいまでたいていのお母さんが子供の服が自分で縫えた。今はできなくたって普通。それと同じなのだ。
もちろんしないわけでもない。サンドイッチくらいは作るし、オーブンを使いこなして肉料理が得意な人も多い。
つまり外食やら冷凍食品やらファーストフードやらがあるので食うに困ることはない。問題はコストの割に栄養価が低いだけなのだ。ただこの件は後回しに。
メンバーは昨年とはだいぶ変わっている。日本と違いトレードやFA移籍の活発なアメリカでは当然か。あとは
正確に言えば最初期の練習試合で当落線上組だった連中ばかりだ。うん。なんかやりやすい気がする。
平成22年4月8日。
そしてメジャーの開幕戦からちょうど一週間後、AAAインターナショナル・リーグが開幕する。
ちなみにいきなりビジターなのでバスで片道3時間半かけてノーフォークへ。ノーフォーク・トレンズ(ボルティモア・オーソドックス傘下)とのナイトゲームだ。
そして、意外な選手がバスに乗ってきた。
「あれ?ショーン、どうしたの?」
レイザースで「正捕手」の座を不動にしたはず⋯⋯と思われたショーン・ジェイソンがいたのだ。
「いや、ちょっと
おいおい。なんでも練習試合最終盤から打撃不振が続き、それが守備にも悪影響を及ぼし始めて調整してこい、とタンパから追い出されて来たのだ。ここ2週間ヒットが1本もないらしい。
バスの中でもぼーっとしてたり深刻そうに頭を抱えたり。
「健、俺はどうしたらいいんだ?」
「いや、俺はいま捕手にコンバートすることを考えていたよ。」
「嘘だろ?頼むよ、俺を助けてくれよ。」
スランプの原因と対処方なんてそれこそ一人一人全く異なる。しかも俺は「魔法制御」だけに自分の調子とは「体調」以外に意味はない。俺に聞くなよとも思うが。
「ウチでいちばん打てるのは健なのだからお前が対策考えろ。」
と打撃コーチに丸投げされる。それこそお前の仕事じゃ。
捕手と言えば俺にとっては山鹿さんしかおらんのだ。いつでも冷静沈着。部員の悩みを常に腕を組んで頷きながら全部聞いてくれた。
ついで俺の同級生の祐天寺。「健、俺がお前の役に立てるのは一つだけ。お前の球は絶対に後ろには逸らさない。ただそれだけだ。」
「それだけ」できれば100点やろが。しかも「それ」を言い切ったとおりにやってのける捕手だった。
それに比べて⋯⋯お前みたいな頼りない捕手はいやだ。ただ、話を聞いてみれば元々プロ野球選手になるつもりもなかったが求職活動中に思わぬドラフト指名されて思わずプロ入りしてしまったという「ノリ」だけでやって来たらしい。
そして不意に回って来たメジャーの正捕手という大チャンス。自分が「素質」と「ノリ」だけで野球をやってきたことに不安と罪悪感を引きずっているという。
俺なんざ素質が凡人だからこそ、時間をかけて魔法を使いつつ周到に準備を重ねてきたというのに。
「で、尻尾を巻いて逃げたいんですか?」
「んなわけあるか!⋯⋯でも不安なんだよ。俺はこのままでいいのかって。」
多分俺はチーム最年少という「気安さ」とチームNo.1の実力者という「頼もしさ」が同居する存在に見えるのかもしれない。
イケメン野郎の「でもでもだって」にイラつきながら、とりあえず彼の精神状態を鑑定してみる。『混乱』と『怯え』の状態異常だ。
あまり他人に魔法を使いたくはないがめんどくさいのもいや。とりあえず「
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