シビアな現実。

ロッカールームはやはり一人分のスペースが狭い。

「この狭さがいいな。」

「うん。落ち着くわ。」

「落ち着いてる場合じゃねぇだろ。」

「落ち着く」というよりは「落ち込む」3人。


 キャンプ地はマイナーもメジャーも一緒。ゆえに「ロッカー移動」はあまり意味もない。ただクラブハウスは違う。ゆえに食事の質も一気に下がる。ハンバーガーとフライドチキンとポテトのセットだ。

 「それでも付け合わせにオニオン食べ放題があるだけマシだよ。」


これまで「メジャー待遇」だっただけに落差が一層身に染みる。3人ともその「苦味」を噛みしめていた。まるで「お通夜」のようだ。


「ま、ここまで上がって来たんだ。頂上はもう少しだ。エベレストだって頂上の直前でキャンプ張るだろ。それと一緒さ。お前たちは良くやってるよ。腐るな。故障するヤツだって必ず出る。待てば海路の日和あり、さ。」


 クリフに慰められる。山なのか海なのか?例えがとっ散らかってるわ。まぁそれこそ「海千山千」の猛者が言ってるんだからいいのか?わかってはいるんだが、俺たちの場合はモチベーションを立て直すまで少し時間が必要なだけなのだ。


 いずれにせよ俺たちがバレッツに押し出されたということは、バレッツからもさらに下のクッキーズに同じ人数だけ押しやられたことを意味する。シビアな現実。


 「いやぁ、それにしてもまた開幕が遠のいたのか。」

ヘル吉がぼやく。マイナーは開幕もメジャーより1週間遅い。(スプリングトレーニングの開始が1週間遅いから)。


「でもさ、健がダメなら俺らはもっとダメじゃん。」

もう諦めがついたのか、デズの声はやや明るい。

「おいおい、健の問題は『実力』じゃなくて『時間』なんだがな。そこを考え違いしたらダメだぞ。」

クリフ、ばっさり斬ったらダメですよ。というかさすが「師匠」。


 4人でバレッツの監督に挨拶に行く。

「おかえり。まぁ、私の顔なんぞ二度と見たくはなかっただろうけどね。」

昨年と同じモンテーロ監督だ。


「酷い怪我でもしない限り、我がバレッツはキミたちを中心に戦っていくからね。特にジェイミー(ヘル吉)、キミは右のエースだ。そして健、キミは左⋯⋯ああ両投げだったね。キミたちが我がバレッツの投手陣の要石キーストーンだ。よろしく頼むよ。


 デズ、キミには一番か二番を任せたい。三番の健と四番のクリフにきっちりと繋いで欲しい。明日から我々も練習試合が始まるからね。」


 マイナーリーグはマイナーリーグでしっかりと練習試合(オープン戦)がある。AAAのチームはメジャーのチームとホームビジターを逆にしてメインスタジアムで試合をするのだ。


 ただバレッツでは俺たちは主力選手であり、打撃練習も早い順番で打てるので気分はいいかも。日本ではそう言うのを「鶏頭牛後」と言う。「牛の尻尾であるよりはニワトリの頭たれ」、つまり上でケツよりも下でトップでいた方がいい、ってことだが野球には当てはまらない。たとえ補欠ひかえでもメジャーの方がいい。


「バスちっさ。」

移動のバスが小さいしボロい。

「クッキーズにいた時よりはましだろ。」

俺のボヤキにヘル吉が諦めたように言う。


「そりゃメジャーと比べたらダメだろ。お前だってメジャーにh3週間しかいなかったんだから直に思い出すさ。貧乏暮らしをな。⋯⋯そうか、メジャーはもっと待遇がいいんだよな。」


 この待遇のシビアさが俺たちの闘争心を掻き立てるのだ。


電話で親に開幕マイナー落ちを報告。

「再昇格は6月だっけ?パパのボーナス出たらアメリカまで試合を見に行こうかな。」

 母親は昇格を楽しみにしてくれた。母親との通話の後、ついでに妹も出てきた。彼女は俺の降格をもう知っていた。

 それで例の日曜日の朝のご意見番を楽しみにしていたらしい。そんなの観なくてもいいのに。


「で、俺の話が出たわけ?で、例の爺様はなんと?」

と言うか俺も聞かなきゃいいのになんか気になるよね。カサブタをはがしたくなる心境だ。妹の目がきらりと光る。


「うん。『そんなマイナー落ちの三流選手にしてやるコメントなど一つもない。日本人は誰も関心すらない』だってさ。」


 ぐはぁ。クリティカルヒットやんけ。⋯⋯まぁ一応俺のことをチェックはしてるんだろうが。


 確かに「芸人」なら「イジられて」ナンボ、⋯⋯というか、むしろこれは「叱咤激励」なのか?俺の「混乱度」がMAXに。


 そしてついに4月。


 俺はダーラムに帰ってきた。甚だ不本意ではあるが。新居はバレッツと提携するモーテル。しかもマシューと相部屋ですよ。一応寝室は別なんですけどね。


 うん。絶対に這い上がってやる!あの忌々しいGMをギャフンと言わせたる。それが今の俺の「下克上」へのモチベーションの源なのだ。







 

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