二刀流の悩み。
平成22年2月24日。
キャンプ2日目から野手組はさっそく守備練習が始まり、連携プレー、サインプレーの確認が行われる。さらにはバント練習。(バントする側も守る側も練習)。最後にバッティング練習。投手は1日置きにブルぺンで投球練習だ。
これは練習試合(グレープフルーツリーグ)が始まる前日まで続く。
ただ練習自体は半日で終わってしまうので、午後は釣りやゴルフといったレジャーで⋯⋯と言いたいが、所帯持ちの選手は家族サービスでの観光という方も。
参加人数も多いので主力組が午前、デズたち若手や招待選手を含むクラスは午後に振り分けられていた。
俺も投手として午前中にブルペンに入る日は、午後の若手野手の練習にも参加を求められるという「二刀流」ならではの悲しい現実が。
「よぉ、健。ウェズとショーンが午後から出かけないかって誘ってくれたんだけど、お前もどう?」
ブルペンを上がり、クラブハウスで昼食をつついているとヘル吉が誘いに来る。俺が午後も練習と知った上で誘ってくるからなぁ。隣のデズも悪ノリしてくる。
「いや、健は午後からは俺たちとデートだから。⋯⋯グラウンドでな。」
うわぁ、そっちは断りたーい。俺の本音が俺の中でこだまする。
ただ第5先発はウェズと俺とソニースタインさんの「三つ巴」の争いなんだが遊んでて良いのか。ちなみにウェズは昨年はAAAの最優秀投手。ソニースタインさんは一昨年のリーグ制覇の時の先発投手の一角だった人。ツッコミたいがそこは「人種」の差があるんやろか?
いつかトレーニング上がりの午後、彼女とのんびりとフロリダの太陽の下で過ごしたりする日が来るのだろうか⋯⋯。
「健!さっさと
ふと
俺は雑念を振り払うように頭を振る。「基礎をおろそかにすればその上に建つものも小さくなる」。ましてや俺が選んだ道は険しい。アメリカのスポーツジャーナリストたちの俺に対する評価は辛口だ。
どれだけマイナーリーグで実績を積んでも「それはマイナーリーグだから」と言い、五輪やWBCで結果を出しても「短期決戦のトーナメントと長丁場のリーグ戦は違う」と言われる。
日本人の評論家たちも「疲労でケガをする」「メジャーには通用しない」と否定する意見が大勢だ。俺の挑戦を肯定する人たちも大抵は「当人の野球人生なんだから好きにやらせたらいい」と言った後で「ただし自己責任で」と突き放す。
ただ、俺にとってよかったのは監督がジョー・マディソンであったことか。彼は複数ポジションを守れる「ユーティリティプレーヤー」を好んで使う。なので投手を兼任する野手という考え方にもあまり抵抗がないようだった。ユーティリティの一種くらいの感覚すらある。俺を呼び止めると言った。
「健、調子は良さそうだな。結果を出せばみんな黙るさ。開幕メジャーは難しいと思うが腐らずに実績を積んでくれ。チャンスは必ず回ってくるだろう。」
まあ使う側は気楽でいいわな。とは言え、開幕メジャーを目指して頑張るデズとヘル吉も腐らずにやってることだし。俺も頑張んなきゃ。とにかくメジャーはトレードがNPBに比べると目まぐるしいので、いつの間にかチャンスが来たりそれがあっという間になくなったりとホントに気が休まらないのだ。
休憩がてら由香さんの取材を受けているとデズとヘル吉が近づいてくる。
「なんだよ健、もうマイナー
デズが勘繰ってきた。
マイナーリーグでは監督とはさほどコミュニケーションを取る習慣がなく、監督室に呼びつけられる時は大抵怒られるかチーム移動の話しかしない。
「さすがにまだ早いって。少なくともマイナー組が来てからだろ。」
ヘル吉も鼻白んだ。
「やっぱそう言う時に気分を変えるら『女』だよな。夜のトレーニングよ。」
デズが満面の笑みで親指を立てた。下ネタかい。
「まぁ、マッチョな男が好きって女はけっこういるし。たまには由香さんでも相手になってもらえよ。色々教えてもらえそうじゃん。」
あー、さすがにちょっとそれは。
「いや、由香さん婚約者おるで。すぐ後ろでビデオカメラ担いでるナイスガイや。」
「え?マジで?ってあれ?健の運転手の人じゃん。」
マシューがファインダーから目を離してから言った。
「うん。一応こっちが本業なんで。いくら健でも由香は譲れないよ。」
「だから俺にはもう彼女がいるっての。マシューも日本で会ってんじゃん。」
俺のアピールをスルーしてみんな由香さんの結婚の話に食いつく。
「そりゃめでたい。じゃこれからみんなでパーっと婚約祝いだな。⋯⋯健のおごりで。」
ヘル吉の提案でみんなが盛り上がる。は?どうしてそうなるの?意味不明なんですけど。
「わかった。だが安いとこしか行けんぞ。」
ちなみに球場の東側へ少しクルマを走らせると巨大なショッピングモールがいくつもある街の中心部がある。チェーン店で頼むよ。
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