スプリング・トレーニング!
平成22年2月23日。ついに本格的なスプリングトレーニングに突入する。
集まった選手はロースター枠の40人。それに加えて傘下チームに所属する有望選手、そしてまだ入団契約を結んでいないFA選手である「招待選手」。60人を超える選手がひしめき合う。一軍二軍が分かれる日本よりもはるかに多い。
ちなみに、マイナー選手のトレーニングは練習試合(日本で言うところのオープン戦)が始まる3月頭にスタートする。
「凄い人数だぜ。」
デズモンド・ジェンキンス(デズ)が口笛を吹いた。彼と俺とヘル吉が レイザース傘下では
「びびってぶるっとるやんけ。」
「よ、よゆーだし。」
昨シーズン俺たちはAAのモンゴメリー・クッキーズで出会い、シーズン後半はAAAのダーラム・バレッツに共に昇格した。そしてシーズンオフに3人ともメジャー契約を手にしたのだ。
だから「安泰」というわけではなく、これはいつでも引っぺがされる契約なのだ。年内に有望な若手とメジャー契約を結ぶのは年末の「
「お前の場合はいつ上がれるかどうかだけだからいいよなぁ。」
デズがくちをとがらせながら俺の腕を肘で押す。
ちなみに混み合っているのはグラウンドではない。スプリングトレーニング初日は恒例の
スタジアムのすぐそばにメディカルセンターがあって身長、体重、視力測定はもちろんのこと、内科や歯科の検診まである。いやいや歯の噛み合わせは大事やぞ。
さらには腹筋や130フィート(40m)走、背筋力、垂直跳びといった基礎運動能力テストもある。いちばん重要なのは整形外科検診。ひじや肩の関節の具合や可動域をみられる。ここで引っかかって契約破棄されるFA選手や、即日矯正プログラムに送り込まれるドラフト入団選手なんてのもいるから割と真剣である。
「うえぇ。なんだその曲がり方?お前本当に人間か?」
俺の柔軟性を見てデズが驚きの声を上げる。失礼な。俺は幼少期から毎日欠かさずストレッチを続けており、バレリーナに即転向できる程度には身体は柔らかい。魔法で載せる「チート能力」に
「なるほど、この身体なら球速100マイル(160km)/h程度で終わる気はないわけだな。」
投手コーチのジム(・ヒッコリー)が頷く。
「やっぱり日本人はイカやタコを食うから身体が柔らかいのか?」
デズよ、それで身体が柔らかくなったら苦労はない。
「いや、お酢を飲むからやろ。」
ヘル吉、俺の冗談をメモるでない。
初日はメディカルチェックのみなので午後からはオフ。ベテラン勢はここからレジャーの方も多い。ゴルフや釣りに行く人も多い。
ちなみにMLBはスプリングトレーニングを二手に分かれて行う。西側はアリゾナ州で、東側の球団はフロリダ州だ。近くで集まって行うことで練習試合が組みやすくなるのだ。日本のオープン戦とは違い大学チームや独立リーグのチームとも試合をすることもある。
アリゾナはカクタス(サボテン)リーグ、フロリダはグレープフルーツリーグという愛称がつけられている。
ただ俺の場合はまだ19歳という年齢から、ベテラン勢のように遊んでいる場合ではない。まだまだトレーニングを積んでスタミナやパワーをつけるべき段階なのだ。160試合を戦い抜くには体力は必須だ。
昼時には由香さんたちをはじめとする記者さんたちから取材。ヰチローさんも松居さんも今年は「キャンプ地」がアリゾナなので昨年の方が日本からの取材陣の人数は多かったよね。
今日はめちゃくちゃ身体の柔らかさに食いつかれる。あれ?Y字バランスを見せたことなかったでしたっけ?
「やってやって!」
女子アナさんからリクエストが。この「キャピキャピ」(死語)した感じがアメリカでは評判があまりよろしくないのだ。
テレビカメラ前では初公開だったっけか。ではご覧ください。Y字バランスからのI字バランス!
「ぎゃー。凄い!わー、きゃー、予想してなーい。」
女子アナさんのリアクションがデカすぎ。アメリカ人記者連中からの生ぬるーい視線が。
「凄いですよ。あれ?みなさん引いてます?」
うん。多分俺の柔軟性にじゃなくて貴女のリアクションに対してだと思いますが。
午後は球場内のジムできっちりと鍛える。終わればヘトヘトである。
夕方にはマシューの運転で真っ直ぐアパートに帰って一日が終わるのだ。
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