EP28.1 妹vs幼馴染
幸せの時間
目を覚ますと身体には毛布がかけられていた。既に大人達の姿は無く、全ての机の上は綺麗になっている。僅かに灯りがある店内には俺に寄りかかって眠る妹と幼馴染の三人だけであった。この様な光景には見覚えがある。場所は違うが確かもう一人女の子がいて、こうして俺たちは寄り添い合って……
『良い思い出ですね。』
そうやって思い出していると声が聞こえた。人の回想を覗くとはお前も策士だな、レイザ?
『覗いてなどいませんよ?貴方の記憶は強く、そして暖かな温度を感じる。要は、そちらが見せてくるだけです。』
(そんなにか?)
『ええ。ですが……私の言いつけは守れなかったそうですね?盛大にフェチズムに支配されてますが……』
(……お前、まさかッッ!?)
こいつどこまで知っている!?状況によっては実力行使も辞さない。
だがそれ以前にその時の光景を思い出して顔が熱くなる。極上の生脚の味と舌触り、それを差し出す悪戯な表情、舐められて恥じる表情。そして何よりそれを俺に見せた少女が俺の隣にいるのだ。身体が、特に顔がものすごく暑い。
燃え盛る感情を爆鎮すべく俺は寄りかかる二人からするりと抜け、毛布をかけ直してその場を後にする。
『おや、どちらへ?』
(風呂だ!シャワー浴びてくる!)
元凶その三に該当するであろう彼に若干当たる形で返答しながら風呂場へ向かった。まだ暑さの残る季節に浴びる冷水は俺の灼熱を冷やし、冷静にさせてくれる。風呂は良い。思考を整理して落ち着く事ができるのだ。
思えば、レイザとの出会いをきっかけにこの数日は色々な事がありすぎた。サナエに後一歩の所まで肉薄し、彼女とまた会える事ができた。あれ程苦手に思っていた親衛隊に真っ向から抗えた。レイザとシバの助けがあっての事だが成し遂げたという事実には変わらないだろう。
「"リリース"」
ふとそう思った俺はレイザを実体化させて椅子に座らせた。戸惑う彼の頭上から冷水を浴びせてやると、予想通り彼は悲鳴を上げてその場から離れる。
「なっななななななにをするんですか!?」
広くは無い風呂場の端でファイティングポーズを取る彼が思ったより面白くて吹き出してしまった。人は急に冷水をかけられると怒るらしい。
「いや、なんとなく。」
「なんとなくでやる事じゃないでしょう!?全く、貴方は……」
怒る彼をなんとか宥め、改めて風呂椅子に座らせる。今度は何をされるのかと身構えているのが背中からでも分かって面白い。
「今度はちゃんと暖かいから。大丈夫だって安心しろよ〜」
そう言いながら頭からお湯を流し、手にシャンプーを馴染ませて彼の髪を洗っていく。彼は最初こそ身体を強張らせていたが、次第にその緊張は解けていくのを感じる。
「……何故、この様な事を?」
「なんでって……気分、かな。お互い腹割って話すには風呂が丁度いいからな。」
そう言って俺は泡を洗い流し、今度はコンディショナーを馴染ませて髪の毛を梳かしていく。彼の髪は当然だが俺の物とほぼ同じである為、慣れた動きで手入れをしていく。
「……ありがとう、レイザ。お前のお陰で何もかもうまく行った。サナエには勝てなかったのは残念だけど、それでもアイツと前みたいに話す事ができた。」
俺は今まである強迫観念じみた物を抱えていた。かつて自らの弱さでサナエを傷つけ、仲を裂いてしまった過去。それは呪いとなってついこの間まで続いていた。
だがそれを終わらせたのは他でも無い、レイザだ。彼の存在は俺にとってこれ以上ない程大きな転機になり、彼女との間にある溝を飛び越える翼となった。
レイザは少し驚いた顔をしたが、直ぐに笑顔に戻し、どういたしましてと返答した。
「ですが、私はあくまで後押しに過ぎない。貴方自身の努力、積み重ねがあってこその勝利であると言えるでしょう。」
「そうだとしても、お前がいなかったらこうはならなかった。だから……ありがとう。」
「…素直にそう言われると、少し…照れますね……」
満更でもない声音が返ってきた。そして一泊おいて彼は続ける。
「私も貴方の力になれた事を嬉しく思います。そう思えるのは、貴方が友や家族を強く愛する人であるからでしょうか。」
「そ…そんなにか…?」
「ええ。この数日間で貴方を取り巻く人々を知る事ができた。彼らは皆、形はそれぞれに貴方を強く愛している。」
「だったら、嬉しいな……。」
彼の言葉にはお世辞を言っている風ではない。多少の恥ずかしさを覚えながらも嬉しく思う。
「そして貴方自身も彼らを強く愛し、だからこそ優秀であり続けたいと思っていた。勝利に執着していたのはそのためでしょう?」
その通りだ。当時サナエを泣かせてしまった事を、両親は責めなかった。本人達にそういう意図はないだろうが、幼い俺は失望されたのだと思ってしまった。
だから強さを欲し、誤解だと分かった後でもその渇望は止まなかった。
「そうだ……けどもう、焦る必要は無くなったよ……大切な物はちゃんとあるって分かったから。」
サナエとの絆も両親の信頼も、もう忘れはしはい。それを抱いて俺は前に進もう。
*
髪を乾かした俺は自室へと向かった。当然レイザは俺の中にいる。パジャマに着替えて床に座り、日課の柔軟を始める。
『既に何日か眺めていますが、貴方の身体は同年代のそれと比べてとても柔らかいのですね。』
「まあな。小さい時はバレエを習ってたんだ。辞めた後でも毎日柔軟は続けてる。」
風呂上がりの柔軟は良い。湯船と合間って身体が仕上り、良き睡眠に誘われる。
「昔はサナエの他にもう一人幼馴染がいてさ、その子に誘われて始めたんだ。」
『その幼馴染とは貴方の記憶にある、異国の少女ですね?複数の女性と親密な関係だったとは……貴方も隅に置けない。』
そう揶揄ってくるレイザになんと言い返そうかと考えていると、階段から二つの足音が聞こえて来た。
(やべ、ちょっと待ってくれ。)
俺は慌てて壁面に飾ってある女の子に見られたくない作品のポスターの上から見られても問題ない作品のタペストリーをかける。スライド式の棚をレオン以外の来客用の配置、美少女フィギュアを隠してロボット系の立体物のみが見えるにする。
「これを使う日が来るとはな……」
全ての準備を僅か数秒で終わらせると、足音は扉の前で止まり、そして開かれた。
「やっぱりここにいた〜」
「レイぃ〜…」
やはりと言うべきかそこにはサナエとソフィアがいた。どちらも寝起きだからか蕩けた様な表情をしていて、なんだか恥ずかしくなる。
「どうしたんだ?急に俺の部屋に来……!?」
言い終わる前にサナエは俺を抱きしめた。突然のハプニングに動揺していると今度は後ろからソフィアが抱きついた。
心臓が跳ね上がり、頭が真っ白になる。前後の両方から胸を押し付けられる形になり、その上身長的に彼女らの胸にちょうど首元が来る為いい匂いがさらにそれを加速させる。
「サナエ!ソフィアも!いきなりどうしたんだよ!」
「だって……レイが急にいなくなるんだもん……」
「私達、寂しかったんだよ…?」
たった数分だけだろう、そう言いかけて俺は辞めた。俺は一度サナエの前から急に姿を消したも同然だ。大切な幼馴染が、ある日を境に自らを強く敵視する者に変わってしまえばこうもなろう。
それはソフィアにも同じ事が言える。今まで仲が良かった幼馴染と兄が、急に敵同士となった当時の心情は考えるだけでも恐ろしい。
「もう、居なくならないでね……?」
「ああ…」
だから俺はただサナエを抱きしめる力を強め、前に回されたソフィアの手に指を絡ませる。
「ソフィアも、ごめんな。もうどこにも行かないから……」
「うん……」
サナエとソフィアは暫くの間俺に抱きついていた。顔が燃えるように熱く、両方から向けられる柔らかい感触は俺の理性をゴリゴリと削ってはいるが、それでも心地良いと感じている。
それを一頻り堪能した後、俺は眠りにつく為にそこから抜けようと……抜け…
「あの…二人とも。そろそろ寝たいんだけど……」
俺がそう言うと彼女らは俺から腕を離してくれた。けれど何故かサナエは俺のベッドに寝転び、掛け布団を捲って俺を手招きした。
「一緒に寝よ?昔みたいに……」
「え、いや……」
流石にそれはまずいだろう。倫理的にも、俺の理性的にもそう思い躊躇っているとサナエの腕が俺の腕を引き、ベッドに引きずり込む。
「待て!ダメだそんな事をしてはいけない!」
「どうして?レイは私と一緒に寝たくないの……?」
寂しそうな表情でそう問うサナエ。そのずるい問いに俺はなんと言えば良いか分からず、返す言葉が出なかった。
物凄いパワーで引き寄せるのを必死に耐えていると、後ろからソフィアも抱きついてきた。
「兄貴のバカ!変な意地張らないの!」
後ろから押されて体制を崩した次の瞬間、一気に布団の中へ取り込まれた。
「まっ…やっやめっ……おあーっ!?」
一瞬のうちに俺は布団の中に収まり、左右の両方から彼女らに挟まれる。
「えへへ……レイだぁ〜……」
サナエが嬉しそうにその豊満な胸元で俺の頭部を包み込む。そしてソフィアも負けじと対抗して同じ様にした。合計四つの乳房が俺の顔に密着し、呼吸すらままならない。
俺は必死にもがいて脱出しようとするが、柔肉に挟まれて逃げる事も叶わない。
『良いじゃないですか。据え膳食わぬは何とやらですよ?』
(お前っ!他人事だと思って妹を食わせようとすんじゃねぇ!!)
レイザと念話を交わしつつ俺は二人を引き剥がそうと試みるも上手くいかない。
「逃げちゃダメだよ……すんすん……レイの匂い……」
「んにゃぁ……兄貴ぃ……暴れないでよぉ……」
二人は俺の頭に顔を埋めて匂いを嗅ぎだした。そのくすぐったい感覚と、心地の良い柔らかさが意識を曖昧にさせる。
「おい!待て……本当にっ……」
なけなしの理性が砕けていく。ならばとっとと寝てしまおう。意識を閉じてしまえば彼女らが何をしようとも俺には届かない。
羊が一匹……羊が二匹……ひつ…太腿が一……ふとももが二……あぁぁふとももがッッ!ふとももぉぉぉぉ!
脚を絡み付けられて、身体から力が抜けてしまう。既に理性と呼べるものは俺には無く、ただ悶絶することしかできなかった。
だが二人の女子に組み付かれていては碌に動けず、崩壊した理性が取り返しのつかない事をするまでには至らなかったのは幸運と言えるだろう。
いや本当にそうだろうか?2人とはいえ女の子に力負けするのは漢してどうなのだろうか……
*
目が覚めると既に朝日は登りきっていた。時刻は午前9時を超えている。既に彼女らの姿は無いが、その柔らかな感触はしっかりと記憶に残っている。
『おはようございます、昨日は災難でしたね……』
「おはよう……流石に災難とは言いたくないな……良いとも言い難いけど。」
俺は重い頭を起こしながらそう返した。美少女二人に囲まれた好ましい体験はやはり夢などではなく、現実だったらしい。その証拠にサナエがいた場所からは匂いと温度があり、身を収めれば彼女を感じる事ができる。
女の子とはどうしてこんなに良い匂いがするのだろうか。香ばしい汗の匂いの後ろには、彼女が生まれた刻から待つでろう物を捉える事ができる。幼い頃から変わっていない、とても素敵な……
『あの……』
「……悪いとは思ってる。」
いずれはどうにかしないといけない。科学者であるアキラさんに聞いてみようか。一階では物音が聞こえていて、誰かが料理をしている様だ。
階段をおりて覗いてみると二人がエプロンをつけてキッチンに立っている。 先に起きて朝食を作ってくれていた様だ。
「おはようレイ!今朝ごはんを作ってるから、座ってて!」
そう言われたがここは俺の家だ。客に働かせる訳には行かないので何か手伝おうとするが、後ろ髪を引っ張られる様な感触に思わず足が止まる。
『ここは大人しく待ちましょう。女性の持て成しを受け入れるのも、紳士の役目ですよ?』
そういうものなのだろうか。だがサナエの料理をする様を見る事が、思いの外早くできたことは素直に嬉しく思う。エプロンを身につけているサナエ、宿敵の様にも思っていた彼女のそんな姿を目で追いながら不思議な感慨にふける。
彼女らはテキパキと動き、テーブルの上には次々と皿が並んでいく。やがてそこには色取り取りの料理が並んでいた。
「できたよ、さあ食べて!」
「召し上がれ!兄貴!」
そう言われ他ので俺は手をつけようとした……のだが。
「なんか…距離近くない?」
サナエとソフィアが左右の椅子を俺の横まで移動させ、肩が触れ合う程に近い。テーブルは4人家族の割に大きめなのでもっとスペースを取れば良いと思うのだが、何故だろう……。
「確かに、サナエさんは少し兄貴との距離が近すぎる気がする。」
「そういうソフィアちゃんだって、レイとの距離が近すぎるんじゃない?」
「私は妹だからいいんですー!」
「だったら私だって!幼馴染だもん!」
なんだかどこかで聞いた事のあるやり取り。けれど悪い気はしない。形はどうであれまたサナエと一緒にいられるのは嬉しく思う。ソフィアもこうは言っているが気持ちは同じに違いない。
さらに望むともう一人の幼馴染もいてくれたらとても嬉しかったのだが、ここで別の少女の名を出すのは非常識だろう。
だがいつまでもこのままではいられない。休息が終われば明日は月曜日。俺は再び鍛錬に袴み、サナエに勝利しなければならない。仲直りしてもそれは変わらない俺の大切な宿命なのだから。
だからせめて、今だけは拒絶せずに彼女らの好意を受け入れよう。
「ほら兄貴、い つ も み た い に、アーンってしてあげる。」
「わ、私だって…!ほらレイ、あーん!」
それはそうと、ほんの少しだけ控えめにしてくれると助かるのだが……
*
後書き
本当にお久しぶりです。作者です。前回に引き続き回想で入れられないと判断した部分を地続きにして投稿します。長らくお待たせしました。これから元の話に戻ります
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます