Re:EP29.5 迫り来る魔の手

 "ヤガミ"達を追ってサンノマルまでやって来た、ツカサの同志達。しかし逃亡者の巧妙な偽装によって追跡は難航し、唯一あと一歩まで近づいた"彼"でさえ逃してしまった。


『君の追跡から逃れるとは、流石はヤガミだね。そうは思わないかい?"シェーディー"?』


 闇という意味を持つ名を冠するその男はマントに紳士風な服装、舞踏仮面といった時代錯誤とも言える衣装を身に纏っていた。


「これは私の失態。どんな罰でも受け入れるつもりです。我が友、ツカサよ。」


『そんなに身構えなくて良いよ。彼の能力は僕達の予想を上回っていた、それだけの事さ。それにまだ宛はある。ヤガミはいずれ"ケイン"達と合流するだろう。それを纏めて誘き出せたら、素晴らしいと思わないかい?』


 目的を達成できなかった自分を責める事なく、ツカサはシェーディーに新たな任務を与える。彼の示すままに道を進んでいくと、一人の少年─レイ・ラース─を見つけた。


『近くにヤガミが連れ出したユニットに似た反応があると思ったら、なるほど……ここまで大きく成長していたとはね。』


 ツカサは通信機越しに興奮を隠せないといった声音で呟く。シェーディーもそれに心当たりがあって、驚愕せざるを得ない。


「もしや、彼は……」


『そうさ。ケインとジェニファー、かつて僕達を裏切った二人…そして、現存する2人の"適合者"の一人。彼を使えばかなり有意義なデータが取れる。上手くいけば、裏切り者達を纏めて始末できる……!"魔械水晶"は持っているかい?』


「持っていますが……まさか!?」


『その通りさ。今の彼は見たところ、かなり傷ついているようだ。"適合者"のクリスタント、見てみたいとは思わないかい?』


 甘美な誘いに、シェーディーは口角を不気味に釣り上げた。



 あの場所から逃げ出した俺は、距離を離しても止まる事はなかった。涙を流しながら市街地を走り、周りの目も気にすることなく泣いていた。


「どうして……」


 どうして俺は……少しでもレオンを信じようとしなかったのだろう。冷えた頭で少し考えれば分かる。彼はサナエと俺の中を持とうとしていたと、だがあの時の俺が信じたのは彼ではなく奴らだった。疑惑の念を振り切って親友を信じるのではなく、分かりやすい嘘に呑まれてしまった。

 だがあの時嘘だと断じれなかったのは、奴等の言葉を信じてしまう材料が俺の中にあったからだ。EXGPで何故かレオンの代わりにサナエが来た事や彼女らのゲームの立ち回りがそっくりだった事。もしかしたら俺が倒れたあの時でさえ、彼が彼女を呼んだのかもしれない。


 そして俺の中にレオンへの不信感が生まれていたのは事実だった。あの二人が俺の知らない所で繋がっていたなんて。親友にも秘密の一つや二つくらいあるだろうとは思っていたが、よりによってサナエ絡みだったとは。

 驚きと悲しみが心を支配する。そしてもし、万が一にも彼らが付き合っていたら?既にサナエは俺への恋愛感情を失っていて、俺はただの幼馴染でしかないなら。既にサナエの極上の生脚に、レオンの唇が触れていたとしたら……その時は……


『レイ……』


 ふと、レイザの声がした。内から広がるその温かさが包み込んでくれて、被害妄想という深淵へと沈んでいた俺の意識を引き戻した。


『戻りましょう……それが、今あなたが一番するべき事だ。』


 小さく、だが確かな声で言った。けれど俺はそれを肯定する事はできない。友情を踏み躙った俺にあの校門を再び潜る資格などあるのか。


『大丈夫です、私がいます。だから……っ!?』


 そう言いかけた彼は、だが突如として言葉に詰まる。何かと思って顔を上げると、仮面をつけた男が立っていた。


『なんですか……あなたは!』

 

 当然だが男はレイザを意に介さず懐をまさぐるとそこから何かを取り出す。そうして彼の手に握られていたのは、黒い六角柱の水晶だった。一切の光を反射せず、周りの空間さえもわずかに歪めている様に見える不気味なそれ。なのに俺はそれに嫌悪感を抱くことはなかった。寧ろ心臓の様に鼓動する"それ"を俺は求めているのだろうか。


「この反応……確かに大きな負の力を感じる。これほどとは……!」


 彼が何かを呟いた瞬間、その水晶は彼の手を離れた。それも俺を求めるかの様に浮遊して俺に近づいてくる。胸元までやって来たそれは─そんな筈がないのに─笑った気がした。

 胸元に激痛が走る。水晶が俺の身体に取り憑いたのだ。そのまま触手を広げて胸を中心に身体中を侵食していく。身体だけではない。精神が、脳も侵され、まるで自分が失われていく感覚に襲われる。


「お前……俺に……何…を…!?」


 だが目の前の男は既にいなかった。内側から湧き上がる破壊衝動が抑えられない。先程まで彼がいた場所をひたすら殴りつけるが、拳は空を切るだけだ。


『レイ……これは…嗚呼ああァァァァァァァァ!』


 侵食の波は彼にも及び、俺の中で苦しむ声がこだまする。せめて彼だけでも助けなければと思い、俺は呪文を唱える。


「"リ…リース……!"」


 実体化したレイザが地面に転がり込んだその瞬間、更にその侵食は強まった。身体中を痛みと異物感が襲い、黒いヒビの様な模様が手を覆う。

 耐えられず絶叫する俺から周囲の人々は逃げていく。レイザにもそうする様に言おうとしたが、彼は必死の形相で俺の身体にしがみついた。


 嬉しい事に彼は留まる事を選んでくれた。だが状況は好転せず、凄まじい痛みに心が折れそうになる。点滅を繰り返す視界には色んな人が、記憶にある景色が浮かんでは消えてを繰り返す。

 両親、妹、慣れ親しんだ自宅によく行くゲームセンター、ポイントが貯まった模型店。そして……サナエ。走馬灯だろうか、記憶の濁流がさえも意識を刈り取ろうとしてくる。


「サナエ……父さん……母さん….ソフィアァァ……」


「しっかりしてください!ここで倒れたら、貴方はもうその人達に会えなくなる!」


 レイザの声が反響する。それが辛うじて俺の意識を繋ぎ止めていた。


ああ、そうだ……その通りだ……


 俺は彼らに会わなければならない。得体の知れない感情に脳髄が侵されていくが、まだこんな所で死ぬわけにはいかない。


「親友と最悪な別れをしてしまう!そんな事はダメだ!」


 親友……レオン……!そうだ、俺はまだ死ねない。彼を……


「そうだな……俺は……!」


 レオンを……殺さなければならない。俺のサナエを奪った屑を。 

 

 そう思った瞬間、俺の身体から痛みが消えた。視界が、思考が透明になる。空気の流れさえ感じ取れそうな程に五感が澄み渡る。

 そして内側から溢れ出るパワー、そして怒り。俺を裏切った親友だっただけの男に対する憎悪。彼を殺せるだけの力。

 否、俺が望む程に溢れてくるエナジーはそれだけでない。サナエに劣っていた俺をいつまでも子供扱いする両親。俺と彼女とを引き裂いた神園親衛隊。いやこの世界さえも破壊して、サナエと俺以外の全てを滅する事ができると囁くのは、いつの間にか胸に埋まった水晶だろうか。


「レイ……?」


 そんな俺の耳は雑音を拾う。誰だ?……あぁ、レイザか。しがみついていたそれを引き剥がすと、簡単に地面に転がった。

 背中から落ちた彼は咳き込むと俺に視線を向ける。その表情は恐怖に歪んでいたが、今の俺にはなんの感慨も湧かなかった。


「レイ、どうし……ぐぅ…!?」


 何かを喋る前に黙らせておこう。腹部に拳を叩き込み、邪魔者の意識を刈り取る。彼は腹を押さえながら地面に蹲り、そして力が抜けた。


「お前は……殺さないでおくよ……今は。」


 俺は前を向き、来た道を戻ろうとする。行こう。俺の、"レイ・ラース"の本懐を成す為に。サナエを取り戻し、今度こそ二人添い遂げるのだ。



 私が目覚ました時には既にレイはいなかった。彼の身に何が起きたのか、私には分からない。


「早く……早くしないと……!」


 私は立ち上がり、記憶を辿りにレイの家族がいる場所に向かう。彼らに何ができるかは分からない。だが伝えなければならないと、そう思った。


あとがき

 レイが闇落ちしてからサナエ達と戦うまでのテンポを悪くしたくなかったので闇落ちの過程は回想で補おうとしたのですが、それだと結局別の場所のテンポが悪くなると思ったので普通にEP31の地続きにします。EP37が投稿され次第ナンバリング順に戻りますのでご了承ください

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