EP29 Re:小さな違和感 絶望の真実
少しだけ早く起きた俺はサナエの家に向かっている。一緒にに登校する為だ。
「アーッ!」
『奇声を発しないでくださる?』
高揚感に包まれながら、羽根が生えたように軽い足取りで彼女の家の前に行く。だが彼女は居なかった。すでに出勤した両親もおらず、俺は少しだけ沈んだ気持ちで通学路へ足を向ける。
(俺……サナエに嫌われたのかな……?)
『ん訳ないでしょう!?いきなり誘ったら入れ違うに決まってますよ……』
(でもネストすら繋がらないんだぜ?)
『携帯電話の電源を落としてるのでしょう。それより早く行ったらどうです?もしかしたら彼女に追いつけ……ああもう。』
俺は一途の望みをかけて、レイザの言葉を全部聞く前に走り出した。色んな制服を着た人々を日々鍛えた体幹を駆使して追い越して避けていくと、目的の人物を見つけられた。
「サナ……っ!?」
幼馴染の名を呼ぼうとするより早く、俺はサナエの周りに
だがそれは必要なくなった。何故なら人混みを縫って現れた男子が彼女の横に並び、守っているではないか。
「レオン……!」
長い髪から後ろ姿でも分かる。俺の親友がサナエを守ってくれた。二人はそのまま歩いていく。なのに俺は顔を出さず、二人を黙って見ている事しかできなかった。眼前で行われた光景が余りにも絵になっていて、自分が入る余地など無いようで……
『……考えすぎですよ。』
レイザの言う通りなのかもしれない。だが証拠となりうる事象がありすぎて、俺の妄想では無いと思えてしまう。心臓がうるさい、口内が乾く。両手の感覚が先鋭化されて息が荒くなる。
二人と十分な距離を取ったことを確認してから俺も校門をくぐる。早く座りたい、震える足を抑えて進むがいつもより下駄箱までが長く感じる。
「……ん?」
その最中、俺は人だかりを見つけた。学校掲示板の前にあるそれはおそらく校内新聞の類だろう。それは広報部が作ったもので、校内で起こった様々なニュースが書かれているものだ。
正直言って俺は苦手だ。なぜなら新聞部には神園親衛隊息がかかった人間が重役に就いているし、プライバシー侵害に片足とまではいかないもののかなりギリギリを責めたラインの記事が多く、必然的に嫌悪感を抱いてしまう。
いつもなら毛程にも思わず通り過ぎていたが今日は違った。そこに"答え"の存在を感じたから。なんだか胸騒ぎがするのだ。
決して鈍感ではない俺の直感と、頭の中にある観測された情報の数々。断片的な事からまとまった事象までのそれらが繋がっていき、一つの決定的な確信へと形を変えて行く。
「…い!レイ待って!」
「待て!お前がそれを見ちゃいけない!」
いつの間に俺の事に気づいたのか、レオンらの俺を呼ぶ声が聞こえた。人混みを縫って進む俺に慌てた様子の2人。だがそれを振り切って前へ行く。彼らの慌てた様子が、俺の心に懐疑心を生んでしまったから。
『待ってください!何だか嫌な予感が……!』
レイザが何か言ってる気もするが聞こえない。体から汗が吹き出し、鼓動が速くなる。理性は見るなと告げているにもかかわらず、本能が体を突き動かす。やがて俺は、記事を目にした。
「え……」
【"熱愛報道"二年のマドンナ、皇族と密会か!】
そんな見出しの記事には、サナエとレオンが二人で歩いている写真が幾つも掲載されていた。校内の人気がない場所で二人きりになっている写真や、サナエの家に入っている写真。挙句ゲームセンターで仲睦まじく遊んでいるものまであるではないか。
「なんだよ……これ……」
俺の口からこぼれ出る声は掠れていた。後ろには俺に追いついたレオンとサナエの雰囲気。
「……レイ……これは……」
「……違うの……これには訳が……」
振り返るとぼやけてよく見えないが、俺たち3人を囲うように人だかりができていた。
「……違う……違うんだろ……!二人はそんな事しない……って!そんな……」
俺も必死になって彼女らを擁護する。これが噓だと信じたかったから。
「何が違う?レイ・ラース。分かっているんだろう?お前は最初から姫の眼中に無かった。所詮は幼馴染、過去の異物でしか無いお前が彼女の寵愛を受けられると思うなよ?」
いつの間にか親衛隊がそこに居た。彼らの言葉に揺さぶられ、真実であるのかと思えてしまう。
「そいつらに騙されるな!奴らの言ってる事は嘘だ!」
「そうよ!私達がそんな事する筈がないでしょ!?分かってよ、レイ!」
彼女らの必死な声。だが嘘であると否定するには余りにも決定的証拠が多すぎる。何よりここまでの関係が、俺の知らない間に続いていたという事実がショックだった。
気がつけば多くの人が記事では無く俺を見ていた。彼らは口々に噂している。やれ俺がサナエに迷惑をかけていただの、やれレオンの方が釣り合ってるだの。
そんな声達に俺の弁解をしようと二人は奮闘するが、それは彼らには届かない。何よりそれを見て、俺にはどうでも良いとしか思えなかった。
「もう……良いよ。」
「良い訳ないだろうが!このままじゃお前……!」
「良いっつってんだろ!」
俺は混乱や怒りのままにレオンを殴りつける。打撃音があたりに響いた瞬間、静寂が訪れた。
「……あ……いや……俺っ」
俺の頭は真っ白になった。俯くレオンに怯えた表情のサナエ、己のしでかしたことを理解して足がガクガクと震え始める。
「あ……ああっ………」
周りの視線が痛い。己のしでかした罪を、現実を受け入れたく無くて俺は鞄を持つことすら忘れて逃げ出した。
*
レイを追いかける気力すらなくしたサナエらは、その場に崩れ落ちた。瞳に光は無く、顔から感情は見られない。
「しかしまぁ、随分と脆い友情だ。」
「全くだな。こんな見え見えのフェイク記事に騙されて姫を傷つけ、挙句親友までけなすとは。」
親衛隊の言葉を聞いて彼らはピクリと反応した。けれど奴らは気づく事なく続ける。
「やはりあの男に付くべきではなかったのですよ、姫。貴方をお守り出来るのは他でも無い、私達神園親衛隊のみ。」
「我々は貴方の為にある。さ、早くこちらへ……」
オガワがサナエに手を差し出す。だが彼女はその手を取る事無く項垂れたままだ。しばらくそうしていたが、痺れを切らした彼は苛立ちを隠せない声を出す。
「早くしてください。レイ・ラースですらないその男に執着する必要はないでしょう?」
オガワは彼女がレオンを庇っているのだと思った。だからこの様な事を伝えたのだ。だがそれが、彼女の逆鱗に触れた。
手を取る事なくゆらりと立ち上がる。その動作からは生気を感じられず、不気味な印象を受ける。彼が危機を察して距離を取ろうとしたその瞬間、先程とは比べ物にならぬ痛々しい音が辺りに響いた。
「ンンッ!ンンンンッッッッンッンッ!」
オガワが顔を抑えて悶える。手の隙間からはあり得ない程の血が溢れていて、鼻の骨が折れているのが分かる。
「ヒッヒィ!逃げろォォッ!」
仲間を見捨てて彼らは逃げようとする。だがその先頭にいた人間の腹部に拳が打ち込まれ、撤退は叶わなくなった。彼らを止めたのは当然レオン、否そうかつて呼ばれた復讐者。挟み撃ちにあった彼らはなす術もなく蹂躙されていく。
親衛隊員が血を流し、吐瀉物を撒き散らし、拳が敵の鼻水と涙で穢れようとも彼女らは止まらない。唯ひたすらに、眼前の歪みを駆逐せんと力を振るう。それらが停止しても、地面に倒れる肉塊を蹴り続けた。
当然周りの人間は止めに入ろうとする。けれど唯でさえ強いのに怒りによるブーストが掛かった二人を止められる筈が無く、無惨にも振り払われてしまう。それでも強引に止めようと果敢に立ち向かう者もいたがいずれも顔や腹に大打撃を受け、親衛隊と同じ様に液体を撒き散らしてその体を肉の山に置いた。
シバが呼んできたアシモフの雷撃によって強引に意識を奪われるまで、その殺戮劇は続いた。
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