EP35 友の怒り
その戦いの様を見ている者たちがいた。とある地下施設のオペレータールームのメインモニターに戦いの映像が流され、彼らはそこから得られるデータ群を整理、分析していた。その中心に立っているのはアキラ・カミゾノと赤い髪が目を引く、まだ幼い面影を残す少年であった。
「これが、"適合者"のクリスタント……データが桁違いだ……」
送られてくる情報に目を通しながらアキラは唸る。未成年のうちに博士号を得た彼ほどの天才でも戦慄する状況なのだ。
『こちら"メテオール"。クリスタント出現のドームにバリアーが展開されていて、いずれの装備でも破壊は不可能と判断。バリアーの解析データを送ります。』
「こちらコマンダー、データを受信した。指揮車両の使用を許可する。バリアーに対する調整を待ちつつ、逐次状況を報告せよ。」
通信を終えると、アキラは各種情報をまとめた資料を紙媒体とデータで少年に渡す。
(やはり似ている……いや、ほぼ生き写しじゃないか……)
それを読み進めていく彼を見て、アキラは少年の容姿からそう思った。
*
俺がレイと居た時間は、カミゾノに比べて余りにも少ない。だが俺にはある種のプライド的な物があった。カミゾノが知らない、"今のレイ"を俺だけが知っているのだと。
どんなに彼女のレイとの思い出があろうと、新鮮なレイに俺だけが触れているのだ。
『聞いてくれよ!遂に"ジェネシック"がキット化するってさ!』
嬉しい事があった時はすぐに俺に教えてくれた。
『いやマジで良かった……まさか"シード"の映画で泣くとは思ってなかった……』
悲しみも感動も分かち合い、俺だけに涙を見せてくれた。
『やっぱりさ生脚が一番なんだよな。タイツなんてね、邪道、蛇足、重量過多、なんですよええ。』
『女の子の脚でチーズフォンデュしてぇなぁ。』
『最近アニメ見てないな。なんかさ、脚を舐めたくなるようなキャラがいないんだよね。』
他者には絶対しない様な話題も俺だけには話してく……これ大体脚だな。執着しすぎだろ……とにかく俺にとって彼は全てだった。血に孤独の運命を決定付けられた俺にとって、唯一混じり気のない温もりを俺にくれた、たった一人の友人だった。
でも、それは俺だけの一方的な感情でしかなかった。レイが俺より彼女の方に気持ちが向いてしまうのは仕方ない事かもしれない。なのにいざをそれを現実として突きつけられた今、それが耐え難い心の痛みになって俺を襲う。どうやっても彼女を超えられない、彼女以上の人間になれない。
それだけならまだ良かった。だがアイツは俺を見てすらいない。俺を障害物とさえ認識せず、カミゾノだけを見ている。最初から俺など興味なかったと言われているように思えて、やるせない気持ちが心を支配する。
こんな俺は殺す価値すら無いのか……なら……そうしなかった事を後悔させてやろう。この悔しさを飲み込める程、俺は優しく無いのだから……!
*
レイの攻勢を相手に防御を固める事はできても、反撃の一手を繰り出す隙を見つける事ができない。パワーとスピードによって詰将棋の如くジワジワと追い詰められていく。
それだけでは無い。先程から刃を撃ち合わせる度に嫌な感覚が手に伝わってくる。武器がもう限界なのだ。単純な話、どれだけ私が強くなっても装備には限界がある。長期戦になればなるほど私の勝率は下がっていくのだ。
張り詰めた空気の中、互いをしか認識せず感覚が先鋭化されていく。今ならレイの筋肉繊維が動く音さえ聞こえそうな程、私の集中力は研ぎ澄まされていた。
そして彼も同じだろう。だからこそ、私達は寸前まで"彼"の存在に気がつけなかった。
「……!」
地面を滑るかの如く静かに、そして気配を極限まで消したミツルギ君を認識した頃、彼は既に攻撃体制に入っていた。
「うおぉぉぉぉぉォォォァァァァ!!」
武器すら持っていなかった彼は左腕を振りかぶると同時に、龍の力を開放させた。その爆裂的なエネルギーの濁流はそれだけでレイを仰け反らせ、不意打ちという有利も合間って致命的な隙を作る。
彼は五本の指を揃えて突き出した。その手刀はレイの大砲を銃口から貫き、内部で雷撃を放つ。
「なん……だとぉ!?」
「見えていれば……」
肩まで深く刺し込まれる程の零距離では、巨大な腕が突っ掛かって反撃ができない。いつの間にかミツルギ君の右手にはブレードが握られていた。それは実体を持たない、雷光で作られた刃。
「俺の事をちゃんと見ていれば!避けられたのになぁ!?」
それを思い切り振り下ろした。彼の身長を優に超える刃はレイの右腕を片翼ごと断ち切る。
「がぁぁぁぁ!?」
腕を失ったレイは苦痛に顔を歪ませながら叫んだ。そしてミツルギ君を振り払おうと必死にもがくが、彼はレイを蹴った反動で腕を引き抜く。後退の駄賃に大砲を斬りつけつつ跳び上がり、私を庇う位置に着地した。
その後ろ姿に私は声が出なかった。私を庇った所為で彼の肉体はボロボロ、背中には大きな爪痕からまだ僅かに血が出ている。そんな状態で龍の力をあそこまで引き出してしまったら彼の身体は持たないだろう。
「死ぬつもりなんてねぇよ。」
そんな私の心境を察してか、振り返らずに彼は静かにそう言った。
「だがな……もう命を惜しむつもりもない!」
そしてその身体が光り輝いたかと思うと、彼は信じられない程の速さで駆け出した。決して短くはないその距離、だが彼の姿が一瞬消えたかと思った次の瞬間、彼はレイの眼前まで迫っていた。全てを切り落とされた右側に斬撃を叩き込む。
それに対してレイは辛うじて身体を捻り、左腕で受け止める。それでも彼の勢いは止まる事なく拳を振り上げ、それを顔面に叩きつけた。
その数瞬の出来事に私は唖然とした。ミツルギ君から発せられる感情に、憎悪めいた物があったからだ。
レイもやられっぱなしではない。驚きが表情から消えた。歯を剥き出しにして前のめりになり、拳を首の力だけで押し返そうとする。だが再びミツルギ君の身体が光った時にはそこに彼はおらず、レイの真後ろまで移動していた。
「……調子にぃっ!乗るなぁぁぁぁ!!」
完全に背後を取られたレイはこれまでとは比較にならない怒りを露わにする。恐るべき速度で振られた左腕を彼は両腕で受け止めた。
「俺の邪魔をするんじゃねぇ!サナエに勝って!みんなを見返さなきゃ行けないんだ!お前に構ってる暇はないんだよ!」
「そうか……」
激昂するレイと対照的に彼は冷ややかに返す。けれどその瞳から涙が溢れ、彼もまた怒りに燃えているのがわかる。
「俺の事は……もう眼中にないかよ!」
再び彼の身体が光る。コマ送りに見える程高速で動く彼は、レイの側頭部に蹴りを喰らわせた。
吹き飛ばされるレイだったが、ミツルギ君の猛攻はまだ終わらない。レイの右側、反撃能力のない方を執拗に狙って攻勢を仕掛ける。
「今のお前に……俺が捉えられる訳がない……」
ようやく気がついた。今のミツルギ君は直線移動をする時、雷そのものになっているのだ。方向を変えたり攻撃する場合にのみ実体に戻っている為、反撃は困難を極める。
勿論レイはそれに気がついていて、次に実体化する場所を予測して反撃を何度も試みる。だがそれを上回る速度で移動と攻撃を繰り返すミツルギ君の勢いに、徐々に対応できなくなってきた。
「お前の意思は……俺に届かない……!」
レイの爪が空振り、その隙に蹴り飛ばされる。何とか立ち上がり反撃に大砲で一帯を薙ぎ払うも、上から斬撃を叩きつけられる。
「何故だッ!なんでお前は死なない!お前は俺の邪魔をする癖に、なぜ俺はお前を殺せない!?」
「当たり前だ!カミゾノにばかり気を取られているお前に捉えられる程、俺は弱くない!」
またも閃光。ミツルギ君の鋭い突きが残った光翼を穿ち、続く雷撃がそれを焦がす。明確に致命打を叩き込まれたレイはついに膝をついた。
「そうだ……俺は弱くない……怒りに任せて殺せるほど、俺は弱くないぞ。だから……何があったか俺に話せ!」
彼はレイが動かないのを見ると、少しだけ力を弱める。私は勿論、レイでさえ驚いた。彼はレイの前に立ち、腕を広げる。
「私達にも……聞かせてくれませんか……?」
後ろから声がした。見るとシバさんを中心としたクラスメイトも集まっていた。あのロボット達はレイから作られていた。私達との戦いで消耗した彼は、その生成能力を失ったのだろう。
「あなたに何が起こったかは、人伝ながら知っています。ですか、それは悪意ある嘘であったと貴方も理解しているでしょう?何故、このような破壊を行うのです?」
普段のシバさんからは想像できないような、穏やかな口調でレイに問いかける。果たして彼は話してくれるだろうか、しばしの沈黙が後に口を開く。
「何が……話せだよ……俺にサナエと繋がってた事は話さなかった癖に……」
「……っ!それは……」
「でも……もう良いんだ、そんな事。俺にサナエは全てだったんだ。俺が生きる意味で……大切な幼馴染で……君をまた手に入れられるなら、細かい事なんてどうでも良い……」
レイは噛み締める様に言葉を紡ぐ。それを聞いたミツルギ君の表情が悲しそうに歪んだ。
「今度こそ……君を離さない……俺には…その力がある!」
彼は立ち上がる。傷ついたその身体に紅い血管の様な線が入り、力が一気に増したのを感じた。
片腕が欠損しているというのに、彼には不気味な笑みが張り付いている。
その様を見たミツルギ君は咄嗟に飛び退いた。次の瞬間、レイの左腕が彼の居た場所を貫く。その攻撃はこれまでとは比較にならない程速く、そして重かった。
「……ッ!?」
「無駄だよ……俺はもう止まらない!」
それは最早人ではない何かだ。私は恐怖に震える事しかできなかったが、彼は違った。レイを見据えるその瞳には強い決意が宿っている。
レイは更に彼に飛びかかる。しかしミツルギ君は怯む事なく正面から受け止める。
「プロテクト・シェード!」
突き出した掌を中心に半透明の防壁が作り出され、それでレイの攻撃を受け止める。
壁を隔てて圧しあう形となった二人。膠着状態であったが、私は見てしまった。
レイが、私達の方を見て嗤ったのを……
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