EP36 焼け落ちた翼
ミツルギ君と膠着状態にあるレイ。だが彼は私達の方を見て笑った。それに嫌な予感を覚えた私は、クラスメイトに向き直って叫ぶ。
「みんな逃げて!」
だが私の声が届くより早く、彼は動き出した。ミツルギ君を左手で押さえながら右肩から無数の鎖が伸びる。互いを束ね、絡めあって黒い塊を経て形を成す。狂気の六連装ガトリング。36本もの銃口が、私達へと向けられていた。
それが回り出し、無数の弾丸を撒き散らす様を私は幻視する。いくらプラクティススーツがあれどもクラスメイトらが食らってはひとたまりも無い。私は翼を広げて彼らを守ろうとする。完全に防げなくとも、威力を落とす事は出来るはずだ。
「"プロテクト・フェザー"……!」
だが私がそうやったのを見たレイが、口が裂けたかのように嗤う。チャンスを見つけた者の笑みではなく、勝利を確信した者のそれを見て私は悟った。
彼の狙いは……私……
次の瞬間、私の身体に無数の弾丸が突き刺さる。"ディバインド・ウィング"のお陰で辛うじて原型を保っているだけで、身体を引き裂かれるような痛みに襲われる。
『何をしているの!早く逃げて!』
"声"がそう叫ぶが、できなかった。少しでも回避に魔素を使ってしまったら防御できなくなるし、何より後ろのクラスメイトに当たってしまう。それにはっきりとは見えないが、ミツルギ君が止めようと必死に抗っている。
だからすぐ止まるだろう、という慢心はすぐに打ち砕かれた。レイの背中から伸びた鎖が触手彼の四肢を貫き、あっけなく無力感された。動けない彼を、レイは嗤いながら踏みつけた。
コマ送りの様に光景が流れていく。巨大なガトリングは霧散し、両腕を瞬時に再生した彼は気がつけば私の目の前にいて……
「これで!」
レイの鋭利な爪が私の腕を砕き、両剣が手から落ちる。
「俺の!」
反撃の手を奪われた私に彼の両手が振り上げられ、両翼を穿つ。そこから注ぎ込まれた魔素が爆発し、私の翼も焼け落ちた。
「勝ち……ダァァァァァァ!」
引き抜かれた手は強く握られていた。後ろに大きく引いたと思うと、私の腹部に思い切り拳骨が突き刺さった。
「が……はっ……うぅっ……」
鉛弾の雨を喰らった私がそれに耐えられるはずもなく、脚の力が抜けて地面に倒れる。腹部を押さえて踞る私の視界には、私が倒れた事に衝撃を受けるクラスメイトが写った。
「勝った……」
地面に踞る私の上から彼の声が聞こえる。高揚しているのか、声音が少しだけ明るい。
「ついに……遂に成し遂げた!ようやく俺は、サナエに……ッ!サナエに勝ったッッッ!」
彼は狂気を孕んだ声で勝利を宣言した。声音が少しだけ明るくなり、喜んでいる。それを聞いて私は自分が負けたのだと理解してしまった。
(レイを止められなかった……)
そんなレイの様子と私の敗北に衝撃を受けたクラスメイトらは、それでも迅速に反撃に転じようと体制を整える。
瞬時に陣形を形成した彼らは拘束系の法術、爆発兵装で果敢に挑んでいく。けれど彼らが上を向いた直後、その中心にレイが勢いよく着地した。
「邪魔を……するなァァァァァァァァ!」
憎悪の籠った雄叫びをあげると、次の瞬間に彼を中心とした凄まじい衝撃波が吹き荒れる。それは瞬く間にクラスメイトを飲み込み、悲鳴と混乱を巻き起こした。
やがて砂嵐をも吹き飛ばすそれが止まった時には、レイを中心に彼らが力なく倒れていた。
「お前らは……まだ殺さない……。先に……やる事がある……。」
レイはそう言うと、私の方へ向かってくる。反撃など出来る筈がない私はそれを眺めることしかできなかったが、レイは私の横を通るだけだった。安堵するのも束の間、私は身を貫く悪寒に動かされて反対側が見える様に身体を捻った。
そうして飛び込んできた光景に目を見開いた。彼はミツルギ君の首を掴んで、無表情だが瞳に深い怒りを抱いて相手を見据える。
「レオン……お前は、親友だと思っていた……思い……たかった。」
殺そうとしているのにレイの声はどこか寂しそうで、一抹の躊躇いがある様にも感じる。
ミツルギ君の顔は悲しみでぐちゃぐちゃに表情を歪ませていた。手足を力なく垂らし、最早抵抗の意思はない。
「俺は……お前を…裏切った……お前の為だって思ってけど……そんなこと……無かったんだ…な……」
彼の瞳から涙が溢れる。慟哭と鼻を啜る音だけが広大なスタジアムに響き渡った。
「ごめん……レイ……俺は最低な奴だ……殺されて……当然だ…!」
「……よく分かってるじゃないか。」
レイは冷たく言い放つと鎖を螺旋状に束ねて……ミツルギ君の胸元を、一瞬のうちに貫いた。
「さよならだ、レオン。」
身体を貫かれた彼はぴくりと痙攣した後、胸元から鎖を引き抜かれて地面に倒れた。
「う…そ……」
ミツルギ君が死んだ。そして彼を殺してしまったレイに恐怖の感情を覚えた私は、震える声でそう呟いた。
そしてレイはもう私しか見えていない様だった。私の事だけを考えて、私だけを見据えて、私に歩み寄る。
私は必死に後ずさるもすぐに動けなくなった。見ると足首に鎖が絡みついている。それを辿っていくとレイの掌に収束していた。両腕と両脚を縛りあげた鎖は私を持ち上げて宙吊りにした。
傷ついた全身が重量と張力によって上下に引っ張られ、鎖が食い込む痛みに顔を歪める。
「サナエ……」
彼は情気した顔で私の頬を頬を撫でる。あんなに愛していたはずなのに、その手すら気持ち悪いと感じてしまう。だがミツルギ君が死に、クラスメイトが皆倒れたのだから当然だろう。目の前にいるのはレイではない、破壊者なのだから。
だが彼はそれを意も介さずに私のタクティカルスーツに手をかけ、破れた所から引き裂いた。
「や……っ……」
最早布が僅かに纏うだけとなった私の身体を彼の両手が這い回り、胸元に顔を埋められる。無理矢理に身体を犯される感覚は決して良い物ではない……はずなのに……。
「もう、邪魔する奴らはいない。これでサナエは俺のものだ……」
恍惚的な声音で囁かれて私の身体はぴくりと反応してしまう。下腹部が疼き、熱を帯びているのが嫌と言うほど分かる。
ダメだ、こんなになっては彼を悦ばせるだけ。耐えろ、耐えるんだサナエ・カミゾノ。
「ああ……やっと、やっと手に入れた……。この瞬間を……どれだけ夢に見たか……っ!」
だが内股を弄られ、今度こそ隠しきれない程の反応を晒してしまう。嬉しくない筈がない。私だって彼に身体に触れて欲しかったのだから。
それでも彼が人としての一線を超えてしまった、その事実だけは私の心を墜ちる手前で踏み止まらせていた。今の彼なら話を聞いてくれるかもしれないと言う希望的観測に縋り、震える唇を開く。
「やめ……て……」
「あ?」
低く、恐ろしい声に喉奥から掠れた音が漏れる。なんとか掻き集めた勇気がたったその一言だけで霧散しかけた。
「もう……やめて……こんな…こんなの、レイじゃない……。手を、離して……私に……触れ…っ!」
突き放すような強い言葉を選んだのは、ここまで極端でないと意志を強く持てなかったからだ。レイをここまで追い詰め、闇に落としたのは私だと言うのに。
だが全てを出し切る前、レイが強く激昂したのを感じた。その恐怖に身が竦むのとほぼ同時に、頬を張り飛ばされた。
「なんで俺を拒絶するんだよ。」
彼に叩かれたと脳みそが知覚するより早く動悸が早まる。滲む様な痛みと共に"レイは無抵抗な私に躊躇なく暴力を振るう事ができる。殺す事ができる"。その事を理解してしまったから。
「やだ……っやだやだやだやだやだやだァァ!」
ついに抑えていた恐怖が決壊した。ここから逃れなければ、そうしなければ死んでしまう。必死に鎖を振り解こうと身体を捩るが、どうやってもそれは私を逃してはくれなかった。
逃げられないと頭が理解したのに続いて涙が溢れ出す。身体中から滝のように汗が吹き出し、挙句の果てには失禁までしてしまった。
「やめでっ!やべでぇっ!ごないでぇっ!ごろざれる"っ!だずげでよぉ!!」
私は完全にパニックに陥ってしまった。もう何も考えられない。尿を撒き散らしながらのたうち回り、ただこの恐怖から解放されたい一心で私は叫んだ。
「うるさいなぁ……っ!」
更に追撃。腹部に拳がめり込み、重く耐え難い衝撃が叩き込まれた。避ける事もままならず、私はくの字に身体を折って苦悶する。
「お゛っ!?おうっ…ううっ……!?」
心も身体もズタボロになった状態でそんな事をされては、耐えられる筈が無い。込み上げてくる腐臭をなんとか押し留めようとするが、すぐにそれは溢れ出てしまった。
「げぉっ!ぐぇぇぇっ!がぼっ!」
胃から逆流した吐瀉物が口から溢れる。それが私とレイの身体にかかってしまい、不快感が身体中を駆け巡る。
「良い加減にしてくれないか……君は何もしなくて良い。ただ、俺のそばにいてくれれば良いのに……」
「ヤダ……やめてぇ……」
「……まだ抵抗するのか!"また"俺を拒絶するのか!」
だが彼はそんな事お構いなしに私へ手を伸ばし、今度は首を締め上げた。
「んぎっ!が……あぐっ……」
アンモニアと吐瀉物の臭いで呼吸がままならないというのに、首まで絞められては余計に息苦しい。
「やめて……お願い……助けて……くだ……さい……っ」
私はただ、そう懇願しながら涙を流した。だがレイは私の謝罪を聞いて鎮むどころか更に怒りが増し、手に籠る力が増す。
「やめろだと?ふざけるな!全部…全部君が悪いんだろうが!お前がレオンとつるんで俺を裏切ったから!」
「それ……は……」
それは違う、私はただレイとの仲を戻したかっただけ。ちょっとミツルギ君に協力を頼んだだけで、決して彼を裏切ったというつもりはない。
確かにレイが怒る理由も理解できるが、それでも今の私には彼のためにやっていたのだと思っていた。
「ちが……う……私はただ…レイと……仲直りしたかっ!?ぁぐぅっ……!」
更に力を込められて、視界がチカチカと点滅する。
「君は俺に守られていれば良かったんだ!俺のそばにずっといてくれれば、それでよかったのに……!」
彼が怨念の籠った言葉を連ねる。その表情を私は知っている。かつて私が今の様に、レイの好意や努力を踏み躙った時と同じく悲しさと怒りが混ざった顔、声。
いやだ、聞きたくない。彼のその言葉を聞いてしまったら、今度こそ私は壊れてしまう。もうレイを悲しませないと誓ったはずなのに。
「余計な事……すんじゃねぇよ……!」
その重く冷たい叫びがトドメとなって私の心を完膚なきまでに打ち砕いた。あらゆる活力が身体から失われていき、死の恐怖すらどうでもいいと思えた。
「……めん……なさい……」
「あ?」
希望も可能性も潰えた。もう彼に逆らうだけ無駄だ。
「ごめんなさい……ごめん……なさい……ごめ……ん……」
子供の様に泣きじゃくりながら許しを請う。レイが私の首を絞める力が緩んだ気がした。
狂気的な雰囲気こそ消えないものの、私への怒りや殺意は霧散したように感じる。彼は私の頬に手を這わせ、大事そうに撫でた。
「ようやく……俺を受け入れてくれるか…!」
彼は私の体を抱きしめた。汚物が擦れて気味の悪い感触に震えるが、彼はそれを意に解する事もなく私に身体を擦り付ける。
「綺麗だよ、サナエ……大好きだ…愛してる……」
私の口の周りについた吐瀉物を舌で丁寧に掬い取り、私の舌に絡め始めた。
吐瀉物とレイの舌が口内で這い回る。彼は汚物に嫌な顔一つせず、それどころか悦んでいた。こんなに愛してくれるのなら彼の物に、身も心も全て捧げても良い。例え彼が闇に堕ちた殺戮者であっても……
「レイ…私も……あなたの事が……」
優しい地獄の中で、私の瞳に映ったのは……
「貴方は一体、何をしている!レイ・ラース!!」
天井を突き破って降り注ぐ無数の光線と共に、知っている気配の人間が降りてくる光景だった。
全身を装備で固めているが、私にはそれが誰かすぐに理解できた。
「レイザ……さん……」
光の中で、私はそうつぶやいた。
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