Re:EP32 変わり果てた幼馴染

「……るぎ君!ミツルギ君!」


「ん……あ……?」


 自分を呼ぶ声に身体を揺すられて、レオンは目を覚ました。焦点の定まらない瞳に写っているのは黒髪の少女。そして聞こえてくるのは銃声や爆発音、そして人の怒号。至る所で行われているそれらのどこにも属さない場所に、彼らはいた。


「……なにが……起きた……?俺は、確かレイに殴られて……ぐっ!?」


 身体を起こそうとしたレオンは、しかし力なく地面へと倒れた。腹に受けたダメージが大きすぎるのだ。

 

「大丈夫!?無理はしないで……」


「だが……レイは……」


 レオンの問いにサナエは無言を貫く事しかできなかった。それを不審に思っていると、彼の耳朶を打つ声がした。


「じわじわと絶望を味わわせて、ゆっくりと殺してやる……!!」


 その声の主を彼は知っている。彼の一番の親友、そして唯一秘密を知っている男。


「あれ……は……っ!」


 だがレオンはその声を知らなかった。記憶にある親友から想像もつかない程に憎悪と悪意に塗れた声。


「レイ……なのか……?」


 両手を武器に変貌させてシバ達に暴力の牙を突き立てている少年が、自分の親友だと信じたくなかった。



 腕が切断された事など知らぬと言わんばかりの態度で、レイは言葉を続ける。


「俺にとってライバルはサナエだけだ!お前みたいな粗製なんざ元から眼中にねぇ!」


 シバの問いに彼は大袈裟な素振りをしながら返す。いつもの彼からは想像もつかない悪質な行動に、二人は形容し難い嫌悪感を覚えていた。


「挙句取り巻きはもっと雑魚だな。自分が死ぬかもしれないってのに相手の心配かよ?頭お花畑野郎には辟易するぜ!焼畑農業でもしてやろうか!?」


 今度は彼らにも侮辱を飛ばす。その狂気に満ちた表情からは圧倒的な余裕が見て取れ、力を振りかざす幼稚なに二人は言葉を失った。


「……取り消しなさい……!」


「あ?」


 油断していたレイが反応するより早く、シバが切り掛かった。流石の彼も右腕を失っては反撃できずに受け止める。


「取り消せと言っている!」


 だがそれは本当にできなかっただけなのだろうか、狂気的な嘲笑からはそうでないとも思える。


「は?なんで?」


「私は貴方のライバルである事に誇りを持っていた!私だけではない!学年一位のカミゾノさんに勝とうとする貴方に憧れる者がどれだけいるか、貴方は知っているのか!?その言葉は、その者への侮辱に等しい!今すぐ取り消せッッッ!」


 普段感情を露わにしないシバが怒りに叫ぶ。自分の事でもここまでの激情を見せた事のない彼女が。レイは一瞬だけ驚いたが、すぐ狂気的な笑みで返す。


「無理な話だな。俺からして見ればサナエ以外全員雑魚なんだよ!そんな奴らをどう思おうが俺の勝手だろうが!?」


「貴方はァァァ!!」


 激昂したシバが連撃を繰り出す。だがレイは気味の悪い笑顔を隠さぬまま、右腕の欠損を物ともしない動きで受け流しつづける。


「おいおいどうした?もっと本気出せよ!俺に本気を出させろよ!」


「なら!これはどうです!?」


 シバの連撃を繰り出す二本の刃に、青い光が宿る。法術とは打ち出すだけが全てではない。例えば刃に光を纏わせ、切れ味を大きく高める事も可能だ。


「俺もいるさ!」


「私だって!」


 同じくアッシュの大剣にも紫のエネルギーが灯る。武器の質量を一時的に引き上げ、それは侮れない威力を持った一撃となる。

 さらにマトイの法撃の加わった三方同時攻撃、片腕を失ったレイならば直撃は避けられないとシバは考えていた。防御は元より、回避する方向によってはマトイの弾に当たる。

 だが現実に起きた出来事はそれと異なり、三つ全ての攻撃を四本の武器が受け止めていたのだ。


「えっ?!」「馬鹿な……!」


 突如として現れたそれらを握っているのは機械の手、レイの背中に接続されたサブアームとでもいうべき第三第四の腕。

 更に切断された筈の右腕がもいつのまにか再生しており、今度は左手と同じく刃へと変わっていた。


「再生できるのにしなかったのは……私たちなど片腕で十分とでも言うのですか……!?」


 シバは悔しさを隠せずに激昂した。


「そういう事。分かったか?コレが俺たちの実力差だ。お前たちでは、俺に勝てない。」


 静かに、言い聞かせる様な声でそう言うのと同時に彼の身体から黒い光が漏れ出す。最初こそ淡いものだったがそれは徐々に強さを高めていく。


「んじゃ……まとめて御陀仏ッッッ!」


 そして放たれたそれは凄まじい衝撃波となってシバ達を襲う。至近距離に居た彼女達は回避できず直撃するかに思われた。

 だがアッシュとシバに訪れたのは後方に引かれる感覚だった。それを感じた直後、三人の前に防壁を張って立ち塞がる二つの姿があった。




 ミツルギ君から漏れた声を聞いて、胸の奥が痛むのを感じた。彼にこんな声を出させてしまったのは私なのだから。

 

 幸いな事にクラスメイトは次々と生成される黒いロボット達を的確に対処していて、ある程度は耐えられそうだった。けれどシバさん達は確実に追い詰められている。このままでは負けてしまうのも時間の問題だ。

 けれど私は動かなかった。動けないのだ。レイを討つなんて私にできない。二度も彼の善意につけ込み、傷つけた私にはもう彼の前に立つ資格なんて……。


「うっ……くっ……!」


 なのに、だというのに……何故貴方は立ち上がれるの?親友と慕っていたレイに殴られたのに、拒絶されたのに。


「駄目だよ……今の君の体じゃあ……」


「んな事……知るかよ……!」


 震える手でミツルギ君の腕を掴んで制するが、彼はそれを振り切って立ち上がる。


「俺は……俺はレオン・ミツルギだ……!だから……アイツを止めなきゃ行けないんだよ!」


 その表情は鬼気迫るもので、それに呼応してか彼の身体に稲妻が迸る。


「このままじゃレイは、お前の幼馴染でいられなくなっちまう…!」


 引きずっていた足は一歩一歩を踏み出す度に力を宿し、やがて力強い歩みへと変わった。


「そんな事あってはならない!俺と同じ目にアイツがあっていい訳がないんだ!」


 瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。彼はは見たことがない。それに今彼は何と言った?同じ目にだなんて、いったい彼に何があったのだろうか。

 だがこれだけは断言できる。彼は強いのだ。レイの痛みを知り、それを共に背負ってきたから。レイが彼の元を離れていた間、ずっと一緒にいた男の子だから。


「そんなの……ズルいよ……」


 ならば幼馴染である私が取れる選択肢は一つしかなかった。彼を見捨てて、自分だけ安全な場所で震えていられない。そんなのは嫌だ。そう思えば、気がついたら震えは止まっていた。 私だって戦える筈だ。少なくとも彼と一緒なら、同じ人を違う形で愛する者となら。


『本当に……貴方は戦うの?』


 聞きなれた‘‘声‘‘が聞こえる。先ほど気配の消えた声が、未だ細い声音で私に問いかける。


『もうレイはああなってしまった。私たちに止められる筈がない……それでも戦うの?』


 それは心配というより恐怖。幼馴染が変貌した姿を見るのを恐れる声。


『それでも、貴方はレイを助けたいの?』


 そうだ。たとえ彼と戦う事になっても、助ける為に彼に刃を向けるという矛盾をはらんでも私はレイを救いたい。


『そう……なら、私がとやかく言う権利はないわね……』


 ‘‘声‘‘は納得してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。代わりに身体を光の魔素が満たしていく。今までで2番目に強い力が力が沸き上がる。


『まだ‘‘あれ‘‘は使えないみたい……ごめんなさい。』


「ううん。これだけあれば十分。あとは勇気で補えばいいわ。」


 私も立ち上がる。いつの間にか手の震えは消えていた。お腹を抑えて歩くミツルギ君に追いつき、背中に手をかざす。


「‘‘ヒーリング・フラッシュ’’」


 魔法を唱えるとミツルギ君の身体が暖かな光に包まれ、外傷が癒えていく。これで満身創痍だった彼の身体は万全の状態となった。


「カミゾノ……お前、何を?」


「私も戦うわ。いいでしょ?」


「ああ。だが……お前に、レイが討てるのか?」


 ミツルギ君が怪訝な表情で問う。無理もない。今の彼にとって私の存在はあまり快いものではないだろう。足手纏いだと思われても仕方ない。


「ええ。もう何度も討ってきたもの。最悪両腕を落とす位はするつもり。君だって殺そうってわけじゃないでしょう?」


「それは、そうだ。アイツの身体が何でああなったかまでは分からない。」


 ミツルギ君は己の掌を見つめながら強く握りしめた。


「でも心だけでも元に戻したい。だから俺の思いを全力でぶつける。」


 そこには彼の強い決意が秘められていて、稲妻となって現れる。

 そうして私の方を向き、彼は手をこちらに差し出した。


「これで最後、力を貸してやる。……レイを止めるぞ!」


「ええ!」


 私もその手を取って応えた。もう一度彼をこの手で抱きしめる為に立ち上がる。覚悟はある、私は戦う!


「とうっ!」「はあぁっ!」


 雷と光の尾を引いて、私達は戦場へと身を投じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る