EP31 憎悪に歪むレイ

 レイによって放たれた黒き尖兵達によって、生徒達はなす術なく蹂躙されていく……かに思えたが現実は違った。


「総員後退!陣形を整え、出現したアンノウンに迎撃を!レイ・ラースには当てないでください!」


 シバの的確な指示によってクラスメイト達は即座に距離を取り陣形を形成、迎撃を開始した。


「壁役(タンク)が前に出る!軽装の者は下がるんだ!」


「法撃、射撃部隊を形成。アンノウンの陣形を崩します!隙を突いて突撃を!」


「了解だ!味方に当てるなよ!」


 壁役が敵の注意を惹きつけてそこに後衛の射法撃が襲いかかり、残りを近接に秀でた者たちが刈り取る。


 彼らとて無能ではない。優秀な教官によって鍛えられた彼らは国を守る精鋭の卵なのだ。その洗練された動きからは血の滲む訓練の成果が現れていて美しいとさえ思える。

 いくつかのミリタリー作品において、訓練熱心な部隊とは突発的事象に弱く、やられ役である事が多い。しかし現実においては勿論違っていて、結局のところ戦場で生き残る為に必要なのはあらゆる事態を予測した猛訓練なのである。


 だがそれができない者がいる。それは不足の事態の一次被害者。逃げ遅れた二人がそれを大きく示していた。

 腹に拳を食らったレオンは蹲ったままピクリともせず、それを見たサナエは地面にへたり込んでいる。


「チッ!あの人達は……!」


 シバは感情を隠せず舌打ちをした。彼らの事情は理解してはいるものの重なる醜態、そしてレイが動いた時に彼らがいなければ壊滅するだろうという推測が彼女を苛立たせていた。

 

「これ以降の指示はカバキさん、貴方に任せます。私達はカミゾノさん達を救出、そしてレイ・ラースを抑えます。あの男を止められるのは彼らの存在が不可欠ですから。」


「危険すぎる!ラース君が使ったあの法術がまだ分からない以上、迂闊に動くのは危険だ!」


 カバキと呼ばれたその男子はB組のクラス委員長"マシロ・カバキ"だ。レイが生み出したロボット達に混乱している声を出しながらも高精度な中距離攻撃で前衛の支援


「確かにそうかも知れません。ですがこのままではあの二人がどうなってもおかしくありません。」


「それは……そうだが。」


 シバの言う通り、サナエは無事だったがレオンはレイに胸ぐらを捕まれ、このままでは何をされてもおかしくない。


「それにこの召喚法術、私達のレベルでは本来できない筈。彼がどの様な状態か分からないままでは打開策すらままならないでしょう。……大丈夫ですよ。私は彼の、レイ・ラースの好敵手(ライバル)なのですから。」


「君は……。分かった、僕がみんなの指揮を取ろう!君らはそのまま行ってくれ!」


 マシロに指揮権を譲渡したのと同時にシバはロボット達を風の如くすり抜け、レイ達の元まで走る。


「……あ?」


 レイはそれに気がつき、レオンを殴ろうと振り上げていた拳を止めた。そして先程と同様に黒いロボットを二体生み出してシバを迎え打つ。


「その程度……舐められたものですねッ!」


 背中に収められた二本の剣を抜き、一方のロボットをナイフごと叩き切る。もう片方も勢いを落とさず横薙ぎに両断、そのまま返す刀で双方を纏めて切り裂いた。

 音もなく崩れ落ちるそれらを意に介さずレイへと迫る。


「へぇ……」


 胸ぐらを掴んでいた手は離されて自由になったレオンはそのまま地面に倒れこむ。


「邪魔。」


 けれど腹に蹴りが打ち込まれてレオンは大きく飛ばされた。彼の肉体は地面に擦られ、サナエの前まで行った。

 

(なんて事を……いえ、彼を巻き込まなくて済む……!)


 シバは勢いのままに突きを繰り出す。ほぼ予備動作無しで放たれたそれをレイは難なく躱したが、彼女はもう一つ武器を持っているのだ。


「食らいなさいっ!」


 斜めに方向の袈裟斬り、回避を予測しての追撃がレイに襲いかかる。

 

「その程度か。」


「なっ!?」


 だが驚くべきことに、彼はその攻撃を二の腕で受け止めたのだ。刃は僅かだが食い込んでいたものの一滴も血が出ておらず、腕を斬り裂いて大人しくさせるという彼女の作戦が破られてしまった。


「殺す気で来いよ。でなきゃ…死んじまうぞォ!?」


 剣を引くのが一瞬遅れてしまった隙を逃す事無く反撃、無防備な脇腹を抉るコースで拳が放たれる。それは辛うじて剣の腹で受け止め、後方にバックステップ。仕切り直そうとする。

 だがシバの眼前で、またもや驚愕させられる事態が起きた。


「残念。」


 いつの間に彼の手に握られていた黒い拳銃がこちらを捉えていた。非武装である筈のレイが何故……という疑問を抱く前に、引き金が引かれた。


「させるかっ!」


 その凶弾が彼女の肢体に突き刺さる寸前、間に割って入る影が一つ。


「アッシュ!?」


「私もいるよッ!」


 後方からインターセプトしてきたのはアッシュとマトイであった。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!‘‘シャドウボム‘‘!」


 彼が大剣で弾丸を受け止め、彼女が持つ長杖が煌めいたと思った次の瞬間、レイの周辺が爆発を起こした。動きを止める為に威力を落とした技だが、爆発をまともに受けて無事では済まないだろう。


「大丈夫、シバさん!?」


「ええなんとか……ありがとうございます、マトイ。それに……アッシュ。」


「気にすんな。それよりやばいぞ……!」


 シバが礼を言うがアッシュの表情は固く、その視線は煙の方を向いていた。人影が現れ、ゆっくりとその姿を現す。


「嘘、無傷!?」


「少しは効いたよ。ま、今のオレを倒せる程じゃないがな?」


 制服は焼け焦げて大きく破損してはいるものの、そこから覗く肌は傷一つついていなかった。


「っ……!なんですかその力は……貴方から感じる悍ましいまでの憎悪、並大抵の人間が出せる物ではない。一体何が!?」


 シバは疑問を投げかける。するとそれを待っていたかの様に嗤うと、レイは最早布切れ同然の制服を破り裂いた。

 その裸になった上半身を見て彼女らは驚愕した。彼の胸の中心には黒い結晶が埋め込まれていたからだ。


「何……アレ……」


 マトイが怯えながら指さす。それは心臓の様な脈動をしており、禍々しいオーラを放っている。


「正直言って俺にもよく分かってない。でもな、俺は気がつけたんだ……全員殺せばいいって。コイツがそう言ってる、力を与えてくれる……!」


 そう言って嗤う姿は、まるで悪魔に取り憑かれた狂人の如く。


「こんな事だってできるんだぜ?……"着装"。」


 炎が揺らめき、今度はレイ自身を包んでいく。形無きそれらは肢体に絡み付いてより一層黒く染まったかと思うと、黒いプラクティススーツに似た鎧へと変わった。

 否、その表現は不適切だろう。胸元には禍々しい結晶が燦めき、左手は二の腕からが鋭利な刃へと変貌している。右腕も同じ様に手の形を失っており、こちらは無骨な銃身が光沢を見せる。


「さあ続けよう!すぐ殺っても面白くない。じわじわと絶望を味わわせて、ゆっくりと殺してやる……!!」


 ドス黒い瞳に"敵"を捉えて高らかに宣言した。



 三対一という数的有利、良くチームを組んでいる者達に染みついたコンビーネーション。だがそれすら今のレイに通用せず、叩き潰されようとしていた。


 「"マリスチャージインパクト"!」


 右手の銃口から放たれた一撃が、後衛のマトイに容赦なく突き刺さる。


「きゃあぁぁぁぁぁ!」


 前衛の二人より防御面が低い彼女に許容範囲外のダメージが襲い、華奢な肉体が地面に叩きつけられる。


「先ずは雑魚から息の根を止める!ゲームの鉄則だァ!」


 銃口を後ろに向けてジェットエンジンの要領で加速、一気に距離を詰めて刃を突き立てんと振り上げる。


「マトイッ!」


「邪魔だ!失せろ!」


 彼女をアッシュが庇い、レイの攻撃を受け止める。大剣を盾の様に扱って巧みに連撃を防御するが、異常なまでのパワーに圧倒されている。


「なんだ……こんなに強く……」


「フィジカルも上がってるのさ!だからお前は勝てない。こんな風になぁ?」


 やがて鍔迫り合いに追い込まれ、動けない所に右手の銃口が向けられた。


「させないッ!」


 それが火を吹く前にシバが上腕に斬撃を喰らわせて切断した。その勢いを殺さず、飛び上がって手薄になった右半身に二連続の蹴りを叩き込む。

 片腕のディスアドバンテージは大きいと判断したのかレイはバックステップ、大きく距離を取る。


「助かった。ありがとう、シバ!」


「お気になさらず。それより彼女を気にしてはいかがですか?」


「ッ…ああ!マトイ、大丈夫か!?」


「うん……まだ、やれるよ……!でも、ラース君の腕が…」


「今はそんな事言っている場合ではないでしょう。例え傷つけてでも、彼を止める事が最優先だと考えます。」


 いくら敵対しているとはいえクラスメイトを斬った事に衝撃を隠せないマトイだったが、シバはそれを攻めようしなかった。彼のライバルであろうとする彼女の意思が、大きな覚悟をもたらしているのだ。

 

「良い判断だな、シバ?流石は俺のライバルを"自称"するだけの事はある。ま、それだけなら誰でもできるけどさ。」


「……何が言いたいのですか?」


「一々言わなきゃ分かんネェかぁ?俺はお前をライバルだのなんだの思ってないって事だよ!」


 狂気に満ちた表情で、レイは彼女の覚悟を真っ向から否定した。

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