EP26 幼馴染の足!
レイの腕の中で揺られながら、私は彼の顔を眺めていた。真っ直ぐに前を見ているその顔は真剣そのもので、何度も敵として見た事がある。
(カッコいいなぁ……)
けれどそれを味方として至近距離で見つめるのは初めてで、心臓がドキドキしているのが分かる。ここまで密着しているのだから、気付かれたらどうしよう。
さっきまでピンチだったのにもうレイの事しか頭になかった。彼は私の為に声を荒げて庇ってくれて、今はその腕の中にいる。この上なく幸せを感じていた。彼に愛されているのだとも。
(見られてる……色んな人に見られちゃってるぅぅ……)
それだけでカラダが熱くなるのに、すれ違う通行人の好奇な視線に晒されてどうにかなってしまいそうだ。はしたないと分かっていても、下腹部が熱いのを意識せざるを得ない。
恥ずかしくて逃げ出したくて、それでも暖かくてうれしくて。いつまでもこうしていたい。アナタの熱に包まれて、私の事を守って欲しい。
けれどこの時間もそろそろ終わるだろう。テンカを飛び出してバス乗り場へと近づく。このペースならギリギリ間に合う筈だ。非常に惜しいがいつかはこの温もりを永遠に感じられる日が来る。今はただもう少しだけ堪能していよう……。
*
俺は親衛隊を振り切ってもなお走り続けた。止まってはいけないという本能のままに駆け抜け、バスの中だと確認した所でようやく止まる事ができた。
「はぁっ……はあっ……」
抱いていたサナエを立たせると、緊張が途切れて崩れ落ちそうになるがなんとか踏ん張る。
「サナエっ……大丈夫……立てるか……?」
「う、うん。ちょっと痛むけど今は……」
「違う…!アイツらに囲まれて……怖くなかったか?」
「え?それは……」
サナエの答えを聞くより早く、俺は彼女を抱きすくめた。驚愕から彼女の身体が跳ね上がり、行き場を無くした腕が宙を泳ぐ。
「レ、レイ!?あの……その……はうぅ……!」
「俺は、俺は怖かった…!」
サナエの肩口に顔を埋めると彼女の鼓動が聞こえてきて、俺は初めて本心を口にすることができた。
「ようやくこうして話す事ができた!ようやく君に触れる事ができた!なのに、なのにまたアイツらに君が奪われるんじゃ無いかって……怖くて……!」
震えが止まらない。もしあの時シバが助けに来なかったら?そのIFを想像するだけで目を開けるのが怖くなる。彼女が来てくれたのが夢でふとしたらこの温もりが消えてしまうのでは無いか、そんな恐怖が俺を支配していた。
そんな俺を救ってくれたのは、柔らかな抱擁だった。背中に優しくも力強い腕が回される。
「大丈夫、私はここにいる。アナタのそばにちゃんといるよ。」
そう言って彼女は俺の顔を正面から見据える。頬に手が添えられ、雫を拭き取ってくれた。
「でも……俺は……俺だけだったら……ツイノメがいなかったら……」
「確かにそうかもしれない。けど、アナタは私を守ってくれた。結果とかどうとか関係なくて、大事なことはそれだけ。」
より強く抱きしめられる。その温かさは紛れもなく本物で、俺の強張った肉体を絆すだけでなく心まで溶かしてくれる。
「私は怖く無かった。だって、アナタがいたもの。強くてカッコいいアナタだから、ツイノメさんだって助けに来てくれたんじゃない?」
頭を撫でながら彼女が囁く。その言葉に呼応するように、鼓動は落ち着きを取り戻していく。
「君は……強いな……俺はまだ怯えてるっていうのに……」
「そんなことないよ………私は……でも、アナタがいるからかな?もう……怖くない。親衛隊(あんなヤツら)なんて、一緒にやっつけちゃお?」
彼女が女神の様な笑みを浮かべながら言う。それはそう遠くない昔に見た事のある、俺のよく知っているサナエの笑顔で。
「……そうだな!俺達なら……敵無しだ…!」
今までの恐れはどこへやら、そんな言葉をはっきりと言えた。俺は何を恐れていたのだろう。俺とサナエは学年トップ、ワンツーの実力を持っている。覚悟を持って対峙すれば、親衛隊(あんなゴミ共)など塵に等しい。
しかもレオン、それに加えてどういう訳かアッシュやマトイにシバまでいるのだ。負ける道理が無いと心の底からそう思えた。
これからも一緒にいたい。そんな願いを込めて、俺は愛しい少女の唇を……。
『お客様にお知らせ致します。安全の為、車内での不必要な移動、接触はご遠慮頂きますようお願い致します。』
……うん?
「「……。」」
俺たちだけの世界に響いたアナウンスによって、現実世界へと帰還する。
「「……………!?」」
バスの乗客全員が俺たちを注視していた。
「「あっ……ああぁぁあぁ!?」」
そうだ、忘れていた。ここは公共の乗り物内だったのだ。しかも俺はサナエを抱きしめている。こんな状況を他人に見られるなんて……!
今更になって車内のざわめきが俺たちに視線と注目を集中させているのが分かる。
「「っ……///」」
恥ずかしいなんて次元じゃない。教えてくれ五飛、俺はどんな顔をすれば良い!?ゼロは何も答えてくれない!おいゼーロー!
「あ、あの〜……」
「は、はいぃっ!?」
錯乱一歩手前の俺に、サナエが遠慮がちに提案をする。
「とりあえず……座ろっか?」
「ンハッ……ぁあ」
バスの旅はまだまだ長い。他の乗客に頭を下げると、座席に隠れる様に座った。
ほぼ踞る形で座っていると横から引っ張る力が感じられ、そちらに目をやるとサナエが俺の腕に縋りついていた。互いに密着させると布越しに柔肌の感触と鼻腔をくすぐるサナエの匂いを覚えて更に顔が熱くなるが、それと同じくらい安心できる。
これからもずっとこんな時間が続いて欲しい。バスに揺られながら、そんなことを考えていた。
*
バスを降りた俺達は、サナエの家にやって来ていた。応急処置はバス内でしたものの一時的に過ぎず、ちゃんとした方法で処置するに越した事はない。
彼女をソファに座らせてリビングを見渡す。いつの間にか内装のリフォームをしたのだろう、記憶にあるより新しくなっていて新築特有の香りがする。
それは外観にも言える事で、小さいながらも手入れされた庭に立派な外装、広い間取りに最新の設備から家主の経済的ゆとりを如実に物語っていた。
(アキラさん達の仕事を考えたら、このくらいできるものなのかな……)
けれど家具の配置やらそういうのは変わっておらず、懐かしい雰囲気がする。
「たしかこの辺に……お、本当にあった。分かるもんだな……」
幼い頃に何度も見たからか、場所はしっかりと覚えていた。
「よく分かったね……」
「いつも怪我した俺を、ロロエさんかサナエが手当てしてくれたからかな?」
救急箱を持ってサナエの元に戻り、彼女の前で膝立ちになる。
「い、いいよ…?自分で出来るから……」
「遠慮すんなよ。これくらいやらせてくれ。」
「で、でもぉ……」
「俺があげた靴でこうなっちゃった訳だろ?責任を取らせてくれよ。」
言いながら彼女の足に手を添える。……絶対に口に出せないが、これ以外にも理由があった。
「……分かった。じゃあ、お願い……」
観念したサナエが足を差し出したので、処置を開始する。とは言っても水ぶくれは破裂しておらず、絆創膏を上から貼るだけで良さそうだ。
「んっ……んぅ……ふぁっ……」
手が触れる度に彼女の艶めかしい声が俺の耳を通って脳を貫き、思わず生唾を呑む。極上の生脚に甘美な吐息が目の前に、けれど痴態を晒すわけにはいかないので呼吸を整え、平常心を保つ。
けれど背徳感と傷をつけてしまった罪悪感が渦巻く中心で、名状し難い感情が生まれていた。
(なんだ……これは……)
彼女の脚についた赤い点の傷、それを付けたのは俺だ。俺が選んだ靴で無理に走ってしまったのだから。……そう、俺が彼女を傷つけた。
(……嬉しいのか……俺は…)
彼女の身体に傷を残した現実が堪らなく嬉しい。サナエに傷をつけられるのは世界中で俺だけなのだ、そんな黒い興奮を感じてしまった。
……馬鹿らしい。こんな感情が許される筈がない。サナエの綺麗な脚を穢す権利など誰にも無いのだ。
「………イ?レイ……?」
この綺麗な曲線を見よ。かつて白いタイツに包まれた美しい光景を俺は知っている。まだ年端もいかない頃、魔法の靴を履いて踊っていた時の記憶。
「レイってば……ねぇ……」
既にその刻から綺麗だったサナエの脚に、俺は見惚れていたんだと思う。悪戯に彼女に触れては、こんな風に指でなぞったり……
「レイってば!しっかりして!」
「うおあっ!?」
サナエの叫びに現実に引き戻され、俺は彼女を見上げる。頬が紅潮し、息も荒い。
「さっきから何してるの?もう治療は終わってるのに……」
「え?……はっ!」
どうやら俺は彼女の足を撫で回していたらしい。サナエの声で我に返り、慌てて顔と手を離す。
「す、すまん!ちゃんと貼れたかな〜って確認してたんだ……」
「ふーん……その割には随分といやらしい手つきだったけど?」
「そ、そんな事なな無いよオォン……」
「……まぁ、レイが脚好きなのは知ってるけど。ここまでとはね〜」
サナエはそう言って足を組み……え?ちょっと待て、今なんて言った?
「サナエ……俺が君の脚を好きって……」
「だっていっつも見てたでしょ?そりゃあ知ってるよー。」
「カッ……」
喉奥から声未満の音が漏れる。穴があれば入りたい気分だった。
「レイのえっち〜すけべ〜」
サナエは意地悪な笑みを浮かべ、親指で俺の額を小突く。それに身体がに反応していまい、ぴくりと痙攣する。
「カヒュッ」「え……?」
彼女は自分の脚と正座する俺を交互に眺め、今度は肩口から手首までを親指でなぞる。
「…んぐぅ……おあっ……」
必死に耐えるも身体は正直で、彼女の生足指が這うたびにぴくりと反応してしまう。
「こんなのが良いなんて……本当に変態さんだね……」
「ご、ごめ……もう勘弁して……」
羞恥で死にそうだった。いっそ殺してくれ。
「………」
「……サナエ?」
急に黙り込んだ彼女が気になる。恐る恐る顔を上げると、目の前に彼女の足が差し出される。決して良いとは言えない、だがどこか癖になりそうな香りがほのかに漂う。
「そんなに好きなら……」
楽園に響く唄にも似た声音に脳髄を侵され、理性が溶解してゆく。
「キス……してみる……?」
女神かと見違う極上の笑みをたたえて、彼女は妖艶な動作で脚を組み替えてみせた。
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