EP25 敵と好敵手
二人で笑っていると、今一番聞きたくない声を聞いた。聞きたくないのは未来永劫か。
「お前ら……!」
神園親衛隊、あの馬鹿共が雁首そろえて来やがった。俺たちの進路を阻む様に並んでいる。
「お前らもこの大会に参加していたのか?本戦にいなかったって事は予選落ちか。間抜けな話だな。」
「ふん。こんなくだらない茶番に本気を出す程我々は子供ではない。」
「本気出しても弱い癖に、挙句景品は欲しいのか?」
「景品は転売でもして高く売るさ。有意義な使い方をしてやろうと言うんだ。こちらに渡せ……もちろん、姫も。」
「……渡す訳ないだろ。」
相変わらず寒い奴らだ。自己中心的で身勝手で、周りの迷惑を考える思考の無い猿共。
「俺もサナエもいつまでもお前たちの言いなりにはならない。行こうぜサナエ、こんな事に付き合ってられるかよ。」
俺は彼女の腕を掴むときた道を戻る。だが案の定奴らは俺たちを追いかけてくる。
「しつこいぞ!良い加減に諦めたらどうなんだ!?」
「諦めるべきは貴様の方だろう?」
「その通り。何年も放っておいた幼馴染と今更仲良くしようなど身勝手にも程がある。」
「黙って姫を我々に渡せ。我ら神園親衛隊こそ彼女を守るにふさわしい!」
呪詛にも似た言葉を吐き続けて俺たちを取り囲もうとやってくるのだ、気持ち悪い事この上ない。それが複数、巻く事は難しい。
やがて俺とサナエは壁まで追い込まれてしまった。通行人がこちらを見てはそそくさと通り過ぎていく。憎たらしいがそれは正しい、親衛隊と関われば碌な目に遭わないのだから。
「さぁ追い詰めたぞ!レイ・ラース!」
「姫、早くこちらへ。その様な下衆をいつまで庇うのです?」
下衆だと?軍人はおろか人間の屑でしかないお前たちが俺をそう言ったのか。
「それはどっちだ……。一人では俺に敵わない雑魚の癖に、群がって粋がるお前たちの方がよっぽどなんじゃないのか!?女の子一人を不必要に祀りあげるカルト集団どもがぁ!!」
「好きに吠えろ負け犬。所詮貴様は一人で何もできない雑魚なのさ!」
親衛隊の毒牙が迫る。サナエの前に出て庇うが、彼女を庇いながらこの人数を制圧できる可能性はゼロだ。
『このままでは不味い……私を召喚してください!時間稼ぎくらいなら可能です!』
そんな俺の脳に響く声、いつのまにか目を覚ましたレイザが俺に助言をするがそれは良案ではない。
(ダメだ。お前が出てくる所を見られるのは不味い!秘密なんて握られたら、それこそどうなるか分かったものじゃないだろう!)
『じゃあ何か策はあるんですか!?貴方だけでなく彼女にも危害が及びかねないでしょう!』
(けど……!)
絶体絶命のピンチに何もできず、歯軋りをすることしかできなかった。
「随分と、醜い事をしているのですね?」
そんな時、空間を氷漬けるかの様な声がその場を貫いた。俺と親衛隊はそれによって一瞬動きが止まる。瞬間、奴らの後ろに人影が現れた。振り下ろされた鞄らしき物はリーダー格の後頭部を直撃し、前方に大きくよろめいた。そこに介入者は蹴りを入れるとうつ伏せで倒れ込む。
「お前は……ツイノメ!?」「シバさん……。」
倒れた奴を踏みつけて俺にしたり顔を見せるのは、シバ・ツイノメであった。奴らが動揺して後ずさる。
「ごきげんよう、レイ・ラース。そしてカミゾノさんも。」
なぜ彼女がここに?そんな疑問を口にする前にシバが答える。
「別に貴方達を助けたつもりではありません。この国の治安を守り蛮族を鎮めるのは軍人の役割、私はただそれを遂行しているにすぎない。」
それに、と一息おいて続ける。
「貴方は大きな事をしようとしているのでしょう?それが成せれば貴方は真に強くなる。それを倒してこそ、私は勝利したと胸を張って言えるのですから。」
親衛隊に向き直る。その背中は女傑と呼ぶに相応しい、強くあろうとする者の決意があった。
どうやら俺はシバの評価を改めなければならない様だ。
「だからこれは私が勝手にやっているだけ。早く行きなさい。そこにいられると邪魔ですよ?」
嫌味っぽいのは変わらないが、彼女の真っ直ぐな気持ちは本物だ。今は俺の為に戦ってくれる事が何よりも有り難い。
「分かった!……ありがとう……!」
俺はサナエの手を握りその場を後にした。ヒールを履いている彼女を考慮して少し速度を落としてやる。
シバを、女の子を残して逃げるのは少々みっともないと思うが大丈夫だろう。俺の方が強いが彼女もまた強者だから。俺の方が強いが。俺の方がァァ!
『三回も言いましたよこの人。』
ウルセェ!
「逃すか!」
「所詮一人増えただけ、数的有利は変わらんよ!」
案の定親衛隊らは追いかけてくる。確かに彼女だけなら二、三人が限界だろう。俺だってそうだ。一人なら片手でねじ伏せられる雑魚だが一般人より強く、それが人数を伴って来れば脅威となる。
けれどシバは動じない。様になった動作で手を二回叩くと、物陰からスーツに身を固めた二人が現れる。
「ハルナ、ヴィトラ。」
「「はっ!」」
不意を突かれた追っ手共は陣形を大きく崩され、床に倒れる者もいる。
「二人ともご苦労様。蛮族の相手は疲れるでしょうが、助力をお願いしてもよろしいですか?」
「了解……!」
「滅相もございません。シバ様のご命令に従える事、このハルナは光栄に思います!」
彼らはシバの護衛だ。寡黙なヴィトラと饒舌なハルナ、正反対な二人だがその忠誠心は本物で気品もある。どっかのくそうんこ親衛隊も見習って欲しい物だ。やっぱいいわシンプルにくたばれ。
流石は護衛というだけあって三人で倍以上いる親衛隊とやりあっている。俺達と同じ学校を卒業している二人に在学生の奴らが敵うはずもなく、俺たちは距離を離していく。
だがその最中、別方向から俺に近づく足音を聞いた。その方を向くと先程シバに踏まれた、リーダー格のハトヤマがモザイク必須の形相でこちらへ突撃している。
「しぶといですね……!」
シバが追いかけるが、この速度ではこちらが捕まるのが先か。だが問題は無い。彼女のおかげでこちらも準備はできている。
「今お助けしたします!姫ぇ「させませんよ。」なにっ!?」
ハトヤマが手を伸ばすがレイザによって阻まれる。実は先程、シバの介入による混乱に乗じて俺はレイザをリリースしていた。
「次から次へと……!変な奴め!何者だ!?」
激昂したハトヤマがレイザに殴りかかるが、軽やかな動きでそれを避ける。
「貴方の様な下衆に名乗る名は無い!お覚悟を!」
彼はハトヤマの腕を握ると、滑らかに投げ技を決める。床に背中を直撃させた奴はさっきのダメージも相まって顔を青くして悶絶している。
「ねえレイ、あの人はひょっとして昨日の……?」
レイザは今“モザイカ"という法術を発動している。それは自分への認識を阻害させ、正体を隠すという物だ。今の俺たちは彼の顔にモヤがかかったの様に見えているのだが、剣を交えた彼女には感覚で分かるのだろう。
「ここは私が死守します。さあ行きなさい!貴方の愛す…おっと今は……大事な人の為に!」
「おまっ!?……聞かなかったことにしてやる。とりあえずほれ!」
なにやらとんでもないことを口走りかけた気もするがまあいい。俺はレイザに財布を投げると、彼はそれを受け取る。
「そん中の金使ってバスとかで帰って来い!おやつは1000までなら許可する!でも無駄遣いすんなよレシート貰ってこい!」
「はい!ではあとはお任せを!」
「武運を祈る!じゃあ後で!」
彼らの負担を少しでも防ぐために急ごうとした。
「痛っ!」
けれど走り出した直後、サナエが痛みに顔を歪ませて小さな悲鳴をあげる。
「大丈夫?どこか怪我した!?」
「ごめんね……靴擦れみたいで……。」
彼女は力なく笑う。慣れないハイヒールを履いていたためだろう。無理に走らせてしまった、もっと言えば昨日この靴を選んだ俺の所為か。
「何をモタついているのです!?貴方がするべき事など一つしかないでしょう!!」
「……ああお前のいう通りだ。ちょっとごめんよ!」
迷ったり反省会をする暇は無い。俺は彼女のひかがみと背中に手を添えて抱き上げる。
「レイ……!?」
世間一般的にはお姫様抱っこと呼ばれる形で俺は彼女を持ち上げた。突然の出来事に困惑の声が上がる。
「ご、ごめん!……でも、その……こ、これしか君を運ぶ方法はないから……。」
「そ……そうかな……?そうかも……」
後ろにサナエが行くおんぶよりこちらの方が安全だ、そう言おうとしたが言い訳が逆に恥ずかしく感じてしまった。
「とにかく掴まってて!飛ばすから!」
「わ……わかった!」
身体に腕を回される。包まれる感触と腹部に押し付けられる柔らかな質感を僅かに堪能した後、俺は全速力で出口へ走り出した。
「アイツ!お姫様抱っこしてるぞ!」
「貴様ァァァァ!!!!」
「何様のつもりだァァァァ!?!?!?」
「なんて羨ま、じゃなかった不敬な!今すぐ奴を捕まえろォォォォォォォォォ!!!!!!」
案の定怒り狂った親衛隊がこちらに凄まじい怒りを向ける。だが俺は振り返らない。後ろにはライバルと友がいる。心配するまでもないだろう。
後ろで響く打撃音を振り切って、俺は我武者羅に駆け抜けた。
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