EP24 帝の力、龍の起源

 サナエとの昼ご飯を邪魔されただけで不快というのにそれが戴剣式、レオンを俺から奪った儀式の中継とは。俺は凄まじい不快感を抱いていた。だが辛うじて嫌悪感を隠す事には成功し、サナエに内心を悟られる事はなかった。


「あ、ミツルギ君だ。」「レオン……!」


 画面には現皇帝の愚行により招集された分家の次期当主達が並んでいる所が映っていた。当然そこには彼も居て、彼の表情は俺が見たこともない程に曇っていた。

 目を背けたかった。レオンの悲しげな顔なんて見たくなかったし、何より彼が見て欲しく無いと思うだろう。だが見るべきと思ったから、俺はそうした。俺たちの"敵"を。この世界を創造せし者、その残滓を。



 さて宝剣とは何か、それを説明する前にまず人類の歴史を話すとしよう。


 遠い昔、この地球はヒトではない種族が支配していた。それは龍、またはドラゴンと呼ばれる爬虫類型の動物。それは知性を持ち、一個体が凄まじい力を持っている。そして人類の良き友にして恩人、原初の法術を創りし者たちの種族の名でもある。

 好戦的な性格の者が殆どを占める彼らは日夜戦いに明け暮れ、誰が最強か決める戦を何度も繰り広げていた。強大な力を持つ彼らがその力を一振り振りかざすだけで大地は裂け雨は降り、竜巻や雷が荒れ狂う。地球は強者しか生き残れぬ魔境であった。


 けれど何度目かの戦いの果て、龍達は争うことをやめた。理由は単純に疲れたからだ。代わりに彼らは自分たちが持つ大きな力を使って荒れた大地に命を吹き込んだ。

 地球には表面積の7割を占める広大な海があり、そこを生命の源として全ての生物の祖たる単細胞生物が生まれた。

 そこから更に気の遠くなる時間を経て哺乳類、果ては知能を持ち創造主たる龍達と言葉を交わすことの出来る知的生命体の誕生にまで至った。それこそが人間、ホモ・サピエンスである。

 彼らは小さな街を作り、同じ様にできた街同士で吸収、合併を繰り返した。やがてそれは国となり、人類は7つの大陸に人種別で分かれ、それぞれが違った文化圏を形成した。


 龍達はそんな人類の発展を支えた。ある時は良き隣人として、時には肩を並べる戦友として。そして彼らが持つ大いなる力の一部を人類に授けた。それこそが魔法、法術の元となった人類最古の学問である。

 魔法を手にした人類の発展は目まぐるしく、経済は勿論、種としての戦闘能力まで大きく成長した。反対に龍は力を落とし、数も減らしていった。大きな身体を持つ彼らは生きる為に相応のエネルギーが必要である。けれどその大半を人類に与え続けた事で、種としての寿命を急速に迎えつつあったのだ。

 それでも人類は変わらずドラゴン達を敬い、彼らに寄り添った。驚くべき事に両者の血を引く"龍人"なる者まで現れ、知性をもつ持つ種族同士が愛を育んでいた。


 永遠の繁栄が続くと思われた。けれどそれはある日唐突に終焉を迎える事となる。運命の悪戯か、地球の周辺で小惑星同士が衝突した。無数の破片は地球の引力に引かれて隕石となり、未曾有の大災害が人類を襲うかに思えた。

 だがその危機に全ての龍が立ち上がった。彼らは自分達に残された最後の力を振り絞って隕石を撃ち落とさんと果敢に戦った。その甲斐あって隕石は全て破壊され、大半が大気圏で燃え尽きた。地表に落ちた物も僅かにあったが被害は小さく、種の滅亡に比べれば可愛いものであった。

 

 人類は生き残った。だがそれと引き換えに……大切な友人を失った。宇宙で戦った彼らに再突入の余力は無く、隕石と同じ様に大気圏で燃え尽きてしまい、辛うじて帰還できた個体も虫の息という風であった。

 人類は大いに悲しんだ。そして涙を拭き、死に体の彼らに永劫の発展を誓った。それが死にゆく友人達の未練を払い、犠牲に報いる唯一の方法だと信じたからだ。


 その姿を見て心打たれた龍達は涙を流し、安堵した。彼らならこの星を預けられると確信したのだ。

 そして生き残った七体の龍はそれに応える様に、自らを剣に変えた。それこそが宝剣、龍達の形見にして生きた証。


 人々はその七体の龍を"龍神"として神の様に崇め、宝剣をその力の源とした。


 それから人類は宝剣と龍の血を引く者を支配者として六つのコミュニティ─後の州である─を形成。時に争う事もあれど、二千年を超える長い時を生き続けるのであった。



 ミカドの長ったらしい話も終わり、遂に戴剣式も佳境に差し掛かる。宝剣をハルトが受け取り、皇帝の血筋を示すのだ。


 宝剣──それはドラゴンが人類に残した最後の力。他の六つがそれぞれの州が複数の国で管理しているのに対し、サンノマルは一国が宝剣を保有している。その為島国という立地でも独立し続けることができ、それに対する信仰も強い。


『我らが宝剣を受け継ぐ皇の子よ、前へ。』


 ミカドの命令でハルトが壇上へ上がる。その両脇にはマリナとアリサがおり、俺の様な捻くれた馬鹿でなければ感嘆しているだろう。それを確認した彼が頷き、次の命令を出す。


『では次代ミツルギの者よ。宝剣をここに持て。』


「な……なんだと……!?」


 俺は呟いた。そのあまりの残酷な所業に目を疑った。 

 、レオンは布に包まれた宝剣を両手で抱え、ハルトの前までやって来る。そして奴の前で礼をし、宝剣を献上した。


(レオンに……アイツになんて事させるんだよ!)


 遂に耐えきれず立ち上がる。レオンが持つべき筈だった物を全て持っているハルトの為に彼を働かせるなんて。その為だけに今回、分家の次期当主を呼んだ奴らのこと考えると我慢の限界だった。


「この……屑どもがッ……!」

 

 俺の口から呪詛の声が漏れた。

 ハルトが宝剣を手に取る。アリサ共が2歩ほど引いたのを確認した彼は剣先を天に翳し、詠唱を始める。


『"皇帝の名の下に命ずる。我が血に宿し龍の雷よ!我が元に顕現し、神威知らしめる鎧となれ!"』


 ハルトがそう詠唱すると奴が雷に包まれ、それらは鎧の形になって奴の身体に着装された。


 あれこそが法術の上位存在、神法撃をも上回る大いなる力"降龍術”。龍の血を引く皇族にのみ使用を許された究極の法術。当然レオンも使用可能であり、"龍神斬"こと龍王クロス斬りもそれに該当する。

 法術との大きな違いは魔素や精霊ではなく龍の力そのものを使って発動する点、そして詠唱がごく一部のケースを覗いて必須と言う点だ。

 ハルトが発動した物はその中でも上位の術で、宝剣に認められた宗家の人間がそれの力を使い、長ったらしい詠唱を経てやっと発動できる代物だ。

 

 俺の怒りもレオンの屈辱も伝わる事なく、式は進められる。奪われた者が奪った者にひざまづかせられる。そんな生き地獄を彼に味合わせている自覚が愚かなミカドには無いのか!?そしてそれを良しとする皇族には無能しか居ないのか!?

 怒りで狂いそうだった。だが横にはサナエがいる。これ以上は彼女にいらない心配をかけてしまうだろう。家を出る前の過ちを2度繰り返す俺ではない。座り直し、彼女の用意してくれた弁当を最後まで食べた。


「ご馳走様!美味しかった……!」


「ありがと!また作ってあげるね!今度は……ハンバーガーとかどう?」


「良いな!じゃあ俺は良い感じのポテトでも作ってみるよ。なんかこう……バネみたいなこうぎゅわんってしてるやつ!」


「なにそれ?変なの、ふふふ。」


 サナエと、追いかけ続けた幼馴染と一緒に飯を食べ笑い合う。そんな最高の時間を俺は過ごせているのだと、改めて実感できる。だが同時に……自分だけがこの様な幸せを享受して良いのかと思ってしまう。


(レオンだって本当は、アリサと……)


 先程の光景が、彼がアリサの前でクソハルトにひざまづく様が俺の脳内にこびりついて離れることは無かった。



 レイとサナエが昼食を摂っている様を眺めている人物がいた。程よく離れた場所のベンチに腰掛け、栄養バーを齧るその女性は彼らもよく知っていた。


「あんな笑顔……日頃の殺気が嘘の様ですね……。」


 彼女はレイ、そしてサナエ両者の様を見て呆れと感心の半々を抱いていた。


「所詮私はライバル。彼らに追いつき、そして倒す事はできても……あの様に幸せを分かち合う事は、できない……。」


 彼女もレイに大きな感情を抱いていた。それは愛とは正反対に位置する、けれど純粋で真っ直ぐな者。


「なら私にできる事は、それを邪魔する障害を排除する事のみ。」


 サングラス越しに彼女は別の方を睨む。そこには八人の男性がレイ達の様子を伺い、深い憎悪を燃やしている光景があった。

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