EP23 束の間の休息

 午前中の予選も終わり、俺とサナエは昼ご飯を食べようとしていた。テンカの屋上には人工の芝生が敷き詰められており、九月でも心地いい潮風のお陰で過ごしやすい天候となっている。そこに俺たちはシートを敷き、ゆったりと昼休憩を満喫していた。

 

「それじゃあ!私たちの予選突破に、乾杯!」


「乾杯!」


 壊れない程度に紙コップを合わせ、サナエの注いでくれたお茶を呷る。そう、俺たちは予選突破に成功したのだ。マジかよ勝てチャッタヨ……。

 このゲームは2対2、すなわちコンビの連携力が試される。1年組んだコンビが1日のそれに勝てる道理はほぼ無いと言っていい。だが俺たちは勝てた。何故か、それはサナエの動きに原因がある。驚くべき事に、……レオンそっくりだったのた。


 俺とレオンの戦法は彼が高性能な格闘機に乗って敵陣に突貫。ヘイトを一身に受け、その隙に俺の射撃で体制を崩させる。そしてトドメに彼の機体が真っ赤に輝き、体力を温存してある俺と共に殲滅する。そんなやり方だ。

 シンプルな戦法だから偶然一致しただけだとも言える。実際この戦い方はエクバの基本戦術なのだ。

 けれど多少の差異はあるものの、ほぼいつもの感覚でプレイできていた。偶然と言うには余りにも理想的過ぎる。年齢を重ねたサナエがゲームを上手くなった、と言うだけでは説明が付かない。それこそレオンが彼女に教えたりしない限り……


(まさか……な。)


 レオンが仕込んだのかと思ったがあり得ないだろう。そもそも彼がサナエとのパイプを構築できたなら真っ先に俺を呼ぶ筈だ。俺と彼女の関係が良くなる事を、身内を除いくと誰よりも願っている。そんな彼が俺に何も告げずサナエにエクバを教える筈がない。……こんな思考は直ちにやめよう。親友を疑う事はあまり良いとこでは無い。

 レオンが動きの参考にしている上位プレイヤーを、彼女も同じ様にしたのだろう。そう考える事にした。


 今俺が最も重要視すべき事象は目の前にある。サナエの用意してくれた昼ご飯だ。


「今日はレイの為に頑張って作ったんだ!どうぞ、召し上がれ!」


 ランチバスケットの中に盛り付けられた美味しそうなサンドイッチにおにぎり。なんと言う事だ。まさかサナエの手料理を堪能できるとは、こんなに嬉しい事はない。

 だが俺はすぐ飛びつく事はしなかった。俺の心には喜びの他に、僅かな恐怖があったからだ。


(これ、食べられるものなのか!?)


 失礼極まり無いがこれは仕方がない事だ。何故なら幼い頃のサナエの料理はとてもそれとは言えないどころか、特急呪物といっても遜色ない代物だったからだ。

 絶望的にできない二つの事、そのもう片方が料理だ。幼い頃の何も知らぬ哀れな俺は何度も生死の狭間を彷徨った。ゴクオウ君とピンク髪なウマの娘とは顔見知りである。


「もう!どうせ食べられるかどうか疑ってるんでしょ?」


 そんな俺の迷いを感じたのか、頬をぷくぅっと膨らませ、不満そうな顔をする。


「ダッテショウガナイジャン……」


「レイは私を子供扱いし過ぎ!練習して上手になりましたよーだ。」


 サナエはぷい、とそっぽを向く。機嫌を損ねてしまった。怒る彼女も可愛いがそれどころでは無い。


(ええい、ままよ!)


 俺はバスケットから一つを取り出した。既に我が身は覚悟完了、意を決してガブリつく。


「ガブリンチョ……むぐむぐ…お?……おお、美味しい…!」


 どれも絶品だった。良かったぁ〜。

 程よくしっとりとした味わいに旨辛ソースがよく合うカツサンド。たまごサンドは中身がたんまりと入っており、一口齧るだけで卵の奔流が味覚を支配する。

 続いておにぎりの方にも手を伸ばす。少し濃いめの塩味と味付け海苔の連携でキメるしおむすび。手作りと思われる海老マヨネーズが入った海老マヨむすびは甘辛のソースがとても素晴らしい。


 呼吸すら忘れ、俺は彼女の素晴らしい手料理に舌鼓を打った。頭の中はもうそれで一杯だ。


「うまい……すげぇ美味いよサナエ!これ全部君が作ったんだろ……?ウチの店で出せるよ!」


「そ、そう?」


「うん!…ぃやっぱり駄目だ!俺の食う分が無くなる!」


「欲張りすぎ!またいつでも作ってあげるから。いっそ……レイの家で作ってあげよっか……?」


「何!?」


 なんとも魅力的な提案なのだろう。彼女がキッチンに立ち、料理をするさまを心の中で思いうかべていた。エプロンを身に着けたサナエはそれはもう…もうね、うんグヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ。


(……となるとこれらサンドイッチ達は…)


 これらの料理に使われている食材は全てサナエが触ったということになる。彼女が握り、こねくり回した食材でできた料理たちを味わっている。つまり俺はサナエを味わっているということに等しい。

 その前提から導き出される完璧な結論Perfect conclusionはただ一つ。


 …だ。その結論に至るまでの速度は僅か0.2秒。


(すっげえ興奮して来た…っていやいやいや落ち着け!!食事中だぞ!?食事中じゃなくても大問題だが!) 


 何が完璧な結論だアホか。どうやら猛烈な幸福感からか訳の分からない発想に至ってしまったようだ。

 いかん、いかん危ない危ない危ない。すぐに思考を切りかえて平常心を保とうとする。だが俺の本能は理性を鬼神の如き勢いで叩き潰し、己が持つ妄想力を無駄に最大発揮してその光景を脳裏に投影させていた。


(『レイ…来て…♡』)


 ベッドに敷かれた真っ白なシーツに横たわる一糸纏わぬサナエ、その柔らかな太腿に舌を這わせ……


『これより皇位継承の儀、戴剣式を執り行う。』


 だがそれは不愉快なミカドの声によって我に帰った。


「あ?」


 俺は辺りを見渡す。サナエとの昼時に不快な羽音を耳にする嫌悪感、それを顔に出す事をなんとか抑えて辺りを見渡すが、それらしいものは無い。


「あれだよ、レイ。」


 サナエの指す方を見ると空には飛行船が浮いていた。側部にディスプレイを搭載しており、その画面は戴剣式を中継していた。

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