EP22 相方は幼馴染

 俺は会場のゲームセンターがあるテンカにやってきた。


『またですか。』


(俺もそう思うな。)


 ここには全てがある。最強だよ(二回目)。

 さて、レオンから送られてきたネスト曰く、ゲーセンの出入り口付近で集合との事だ。けれどそれらしい人物が来る気配がなく、選手であろう人々が次々と会場に入ってゆく。受付終了時間である10時まであと30分を切った。

 

「……帰ろうかな……。」


 この時点で俺は既に出場すら諦めていた。レオンがいない大会などより、家で黙々とゲームをしている方がよほど建設的だ。

 そう思った矢先、視界の端に一人の女の子を捉えた。綺麗な黒い長髪を靡かせる、透明という言葉がよく似合う美少女。

 

「サナエ……?」


 その女の子はサナエであった。まだ残暑が残るこの季節だからか、白のワンピースというシンプルな服装。けれどそれはサナエ・カミゾノという人間を飾り、引き立てるには十分すぎると言える。そんな彼女を呆然と見つめていると彼女と目が合った。


「レイー!」


 彼女が俺の名を呼んだ。駆け足でこちらに近寄ってくると、その立派な二つの果実が躍動する。いつもはプラスティススーツによって抑えられているため拝めないそれは、思春期真っ只中の俺にとっては目に猛毒であった。


「ごめんね!待たせちゃった。」


 サナエはそう言うが、残念ながら俺が待っているのはサナエではなくレオンの代理だ。


「いや、待つも何も……そもそも、どうして君がこんな場所に?」


「ん?ミツルギ君から聞いてないの?」


「レオン?なんでレオンが出てくるんだよ?」


 俺が困惑するのと同じ様に彼女の頭にもハテナが浮かんでいる。俺が訝しんでいると、彼女がなにか思いついた様だ。


「レイは来れなくなったミツルギ君の代理を待っているんだよね?」


「そうだが、何故それを?…まさか!」


 ここまでヒントを出されて分からない程俺は馬鹿ではない。俺が気がつくと彼女は誇らしげな顔で胸を張る。


「そう!そのまさか!ミツルギ君の代理はなんと私、サナエ・カミゾノなのでした!」


「アア……オワッタ……」

 

 俺は頭を抱えた。何故ならサナエはゲームが壊滅的に下手だからだ。今も学年トップである彼女は、昔からそこそこ優秀だった。けれど苦手な事が二つだけあり、その一つがゲームだ。


「ってちょっと!私が戦力にならないって言いたいの!?」


「だってそうじゃん……サナエが俺にゲームで勝った事ないじゃん?」

 

 昔よく遊んでいた時、手加減という概念を知らない過去の俺はサナエをボコボコにしていた。それに怒ったサナエがソフィアともう一人の女の子と手を組み三人で挑んでくるものの、結局俺に叩き潰されていた。

 そんな事があって彼女は俺と一緒に遊ぶより、俺を眺める方が好きになったのだ。


「いつまでも昔のままな訳ないでしょ!ほら、エントリーしに行くよ!」


「あ、ああ……わかった。」


 言われるがままに手を握られ、受付に引っ張られていく。幼馴染と手を繋ぐという心踊るシチュエーション、けれど素直に喜ぶ事ができなかった。

 いつまでも昔のままでは無い、その言葉が俺の心に引っかかっていた。


(君にとっては……もう過去の出来事なのか……?"あの約束"は…?)


 俺の従順など彼女は知る由も無く意気揚々と戦場へと歩む。俺はその背中を少し寂しく思いながら見つめていた。



 エントリーを済ませ、待機場に指定された場所まで進む。既に多くの選手達が座っており、開始を待ちつ臨んでいるのが分かる。けれど俺達が戦うのはここにいる人達だけではない。

 この"エクストリームグランプリ"ことEXGPはエクバの筐体を置いてある全てのゲーセンで同時に開催され、オンラインで戦うのだ。


 周りからの好奇な視線が痛い。このゲームの人口は殆どが男性で女性プレイヤーは少ない上、大会に出ているとなれば興味を持つのは当然だろう。

 俺も例外ではない。首を向けず眼球を極限まで動かし、スマートフォンで大会の情報を集めている彼女を覗く。

 横顔すら可愛らしい彼女は白のノースリーブのワンピースを上手く着こなしている。大胆に肩を出し、ベージュのバッグを添えたファッションはまだ残暑の残る季節にピッタリだ。そのまま視線を下に下げ、御足を視界に入れようとする……が、俺の望む景色はそこに無かった。


(なん……だと……)


 彼女の脚は長いワンピースのスカートに阻まれていた。無慈悲にも膝下まで丈が伸びていて、太腿は愚か膝すら拝ませて貰えない。普段はタイツ越しにしか見られない──それが悪いわけではないし寧ろ素晴らしいが──ために期待したのだが叶わなかった。


『はしたないでs(黙ってくれ……)アッ……ハイ。』


 だが見れない物を見ようとしても仕方ない。望遠鏡は持っていない為、大人しく見える所を堪能するとしよう。


『あの、えぇ……(困惑)。』


 指先からくるぶしにかけての曲線も素晴らしい。爪先を伸ばしたら甲が美しいアーチを描くことを俺は知っている。両手でそっと包み込んでキスをしたい。そのまま指の間に舌を這わせて……


「レイ?」


 サナエに名前を呼ばれて俺は我に帰った。


「さっさサナエ!?ど、どうした……?」


「それは私のセリフ。ずっと私の方見てて、どうしたの?」


 そう言われてどきりとした。ひょっとしてバレたのか?


「え?いや俺はずっと前を……。」


「でも視線はこっち向いてたでしょ。」


 そう言って彼女は脚を組んで膝に両手を置く。その動作は俺を誘っている様だ。 いやまだだ、まだ弁解の余地はある筈。先程の情景を思い出し、適正な話題を導きだそうとする。だがどうやっても思いつくのは黒いハイヒールを履いた綺麗な足ばかりで、碌な発想が出てこない。

 いや待て。黒いハイヒール?白を基調としたファッションに黒でメリハリをつけているそれを俺はどこかで見た筈。


「その靴、昨日俺が選んだ奴だよな?」


 俺が尋ねると彼女は嬉しそうに笑う。


「そうだよ!プレゼントしてくれたレイに、一番最初に見て欲しかったんだ。」


 どうやら正しい質問を出来たらしい。


「買ったのはサナエだろ?俺は選んだ"だけ"だよ。」


「ううん。君は選んで"くれた"。それは私にとって素敵な贈り物なの。」


 彼女は俺の手の上に自分の手を重ねる。手の甲から生で感じるサナエの感触。柔らかくて暖かい。細く細やかな指が、俺の指を刺激する。


「ありがとう。私に贈り物をくれた事、一緒に居れる事。私、すっごく嬉しい。」


 真っ直ぐに俺を見つめて感謝を伝えてくれる。周りの喧騒が遠ざかり、サナエの息遣いすら聞こえる気がする。その思いに報いるべく俺は手を返して彼女の手を握る。


「礼を言うのは俺の方だよ。レオンが来なくてさ、今日は厄日だって思ってた。違ったよ、とんでもない吉日だ!」


「うん!」


 俺は幸せを噛み締めていた。もう今日は予選で負けても良いや。寧ろ大会をとっとと切り上げてサナエとデートに行きたい。いやデートと表現するのはまだ早いか……でもいずれはグヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ。


『あの。』(ン?……アッゴメン。)


 そういればレイザが居たわ。


「サナエ、ちょっと待ってくれ……」


 俺は彼女に断りを入れると、真顔のレイザに向き直った。


(その……全部聞いてた?)


『ええ。貴方の喜び方はとてもユニークですね。』


(うん、ホントゴメン……。)


 溜め息。その後に彼が口を開く気配。


『けれど……気持ちは分かります。大切な人と一緒に居られる、それがどれだけ喜ばしい事か。……自重すべきは私の方でしょう。今は私を気にせず、貴方の思うままになさって下さい。』


(そうか。ありがとうな。)


『礼には及びませんよ。私はあくまで同居者ですから。……ただ助言を一つだけ、あまり自分のフェチズムに振り回されぬように。』


(お、応……)


 レイザの気配が薄くなる。俺に気を遣ってくれているのだろうか。ならば俺も一人の男として、その気遣いに報いよう。


「会議は終わった?」


「すまん、待たせたな。」


「大丈夫だよ〜。じゃあ早速、作戦会議と行こっか!」


 大会まで残り時間は少ない。機体や立ち回りに有力選手への対策など、話す事はかなりある。

 先程の発言は修正しよう。即席のコンビとはいえ最大限の努力をして、予選突破に尽力すべき。サナエの前なら尚更そうである。どんな時でも勝利を目指して最善を尽くすのがゲーマーであるべき、浮かれすぎていた俺はそんな当たり前すら忘れていた。


(いかんな……全く。)


 俺は心の中で帯を締め直し、気持ちを新たにした。

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