EP21 サナエのヒメゴト
瞼越しに朝日を浴びて、私は目を覚ました。枕元に置いてある時計は六時三十分より少し前を示している。換気の為に窓を開けようとすると、隣の家から男の子が出てきた。
「レイ……」
ジャージに身を包んでいる彼こそ私の幼馴染、レイ・ラースだ。彼が行っている毎朝のランニングを見るのが、私の毎日のルーティンなのだ。
とある出来事によって私は彼を傷つけてしまい、関係にヒビが入り、長い間疎遠になっていた。その間に私とレイを取り巻く環境も変わり果て、私はレイに近づく事すら叶わなかった。
それでも彼が愛おしくて仕方なかった私は未練がましくこうしてレイを眺めていた。無意味だと分かっていながら、虚しさを感じながら。
けれど今は違う。私一人の力では無いけれどつい昨日、私は彼と寄りを戻す事ができた。声をかけた私を邪険に扱わず泣いて感激してくれた。こんなに嬉しい事はない。
準備運動を終え、レイは走り出す。
「……イ……レイ!」
意を決して叫ぶと、私に気がついてくれたのだろう。彼は私の声に気付き、こちらを向いてくれた。
「おはよう!」
彼に朝の挨拶をするのはいつぶりだろうか。昔は当たり前だった物が今は尊く感じられる。
「おはよう!サナエ!」
笑顔で私の名を呼んでくれて手を振ってくれる。建物の影で見えなくなるまで、私達はそうしていた。
「……///」
ベッドに転がり込んで枕に顔を埋める。顔が熱い。名前を呼び合ったからだろう、私の身体も心も悦んでいるのを感じる。
「ああ……レイ……れい……」
私は枕元に置いてある宝石箱から指輪を取り出し、胸元で握りしめる。どちらも塗装が剥がれており劣化しているのが一目で分かる。けれど私の宝物、そして心の拠り所。
「レイ……あんなにカッコよくなって……私、すっごくドキドキしてる……」
大好きな幼馴染が格好良く成長して、私に笑顔を見せてくれた。
昨日と先程、短い時を共に過ごしただけなのに私の脳内は彼で満たされている。昨日からそうだ。彼を想う程にカラダが熱を帯び、心臓の鼓動が早くなる。抑えようとするが尚更それは強まっていく。
「ん……んんっ……ぁあっ…」
遂に感情が決壊し、股間部に手を回す。ショーツ越しに指を動かしながら、もう片方の手で乳房を揉みしだく。
「ん……れいぃ……」
我慢できずに致してしまう。今までは虚しさと罪悪感から彼を肴にしてはできなかったがもう限界だ。笑っている顔、考えている顔、そして私に向けられるギラギラとした視線。
レイは誤魔化していたが私は気づいていた。彼が私の脚を凝視していた事を、背中越しに向けられる熱いモノに私は気がついていた。
「ああ……ぁあん……ふわぁ……」
下着を脱ぎ捨て、直接指を挿れる。指の付け根まで入る程に濡れたソコを掻き回す。
「んっ……はぁあっ……あぁっ…!」
腰が浮く程の刺激でも私の飢えを満たすことは無かった。指の届かない場所が疼き、頭がおかしくなりそうになる。
「れ……れいぃ……くる……きちやう……きちゃう……うう……あぁぁっ……!」
愛する彼の名を叫びながら私は果てた。遂にレイで致してしまった。彼との記憶を穢した罪悪感と後悔、そして一抹の幸福を感じる。
「れい……あいたいよ……」
寂しさを埋めるどころか増幅してしまった。願望を呟くが、少なくともそれが今日叶うことは無い。
何故なら今日のレイは先客が居るからだ。幾ら私でも約束を破ってまでレイに来てほしくは無い。
『本当はそう思ってる癖に……』
「……うるさい……私はそんなに我儘じゃない…」
"声"にそう返すが、それは嘲笑の混じった声音で話す。
『うそ。貴方は我儘で、自分勝手。しかも誰かの助けが無いとレイに声すら掛けられない……』
「黙って!」
思わず声を荒げてしまった。慌てて口を塞ぐが、今日は既に両親が仕事に出ていた事を思い出す。
「……貴方は所詮私の"一部"でしかない。彼を想うなら黙って見てて……」
『想っているからこそよ。こんな女にあのレイが釣り合うとでも?傲慢過ぎないかしら。』
「黙れ!」
"声"の減らず口を塞ぐべく拳を握ろうとした。
だがスマートフォンの着信音が鳴り、私の怒りを霧散させた。この音を設定した人物からの連絡は、決まって重要な物だからだ。
「もしもし?」
『カミゾノか。朝っぱらからすまないが、悪い知らせだ。』
「悪い知らせ……?レイに何があったの!?」
『ああすまない。悪い知らせ、ってのは俺から見てだ。お前にとっては寧ろ良い知らせかもな……』
「そ、そうなの?」
私は胸を撫で下ろした。そして彼から告げられた知らせを聞いて、私は文字通り飛び上がった。
*
今日はいい日だ。何故なら朝からサナエの笑顔を見る事ができたからだ。早起きは三文の徳とは言うが、その事象だけで三枠埋まると言っても過言では無い。
「タカ!トラ!バッタ!」
『三枠とはそういう?』
開幕から幸先が良い。なんだか今日はいい日になりそうな予感がする。……そう思っていたのだが。
「なんだとォ!?」
朝食を摂っていると電話がかかって来た。流石に食事中にスマートフォンを触るのは宜しくないと思ってスルーしようとしたのだが、相手がレオンだったので躊躇なく応じた。
そして彼から告げられたのはとても宜しくない知らせであった。
『ああ……今日の"戴剣式"に俺も出席しなきゃいけなくなっちまった……。』
「な、なんでだよ!お前はミツルギ家の次期……あ………すまん……」
『いや良い、気にすんな。…本来なら式に出席するのは現当主のみ、次期当主は出席しない筈だったんだが。何故か今回から、次期当主まで出なきゃ行けなくなっちまったんだ……』
「そんな事が……じ、じゃあ今日の"EXGP"はどうすんだよ!?」
EXGPこと『エクストリームグランプリ』。それは"エクバ"の大会で、俺達はそれに参加する為に練習を続けていた。
『それは代打を用意してあるから大丈夫だ。俺と同じくらい優秀なプレイヤーだから、問題なく戦える筈……悪い!もう電話してる時間も無い!切るぞ!!』
「お、おい待ってくれ!代打ってなんだよ!一体誰……切れちまった……」
余りにも急なキャンセルに混乱を隠せぬまま食卓に戻ると、テレビからニュースが流れていた。
『戴剣式のパレードを待つ人達で、歩道は埋め尽くされております!』
戴剣式。その名の通り皇太子であるハルトが宝剣を受け継ぎ、次期皇帝の資格を示す催し。普段は資料館にて展示、厳重に保管されている宝剣が持ち出されて行われる。
『今回の戴剣式ではなんと現皇帝の希望により、分家の次期当主方も来賓なさります!』
「現皇帝……ミカドの奴か……!」
俺はソイツを前にテレビ越しとはいえ、怒りを隠せずにいた。彼の想い人を権力で奪い、彼にも得る権利があった筈の地位を奪った張本人。しかも今日で尊厳までも奪うというのか。
レオンには俺との約束があった。なのに奴らは俺からもレオンを奪うのか。
テレビではそのミカドが会見に応じていた。
『今回の戴剣式では、何故分家の次期当主方の参加を決めたのでしょうか?』
『この国は不景を乗り越え技術的、経済的にも大きく躍進した。だからこそ宗家と分家、そして分家同士の結束を強めるべきだと私は考える。よって───』
俺はご立派な言葉を並べる皇帝に軽蔑を隠せずにいた。皇族とそれに関わりがある人間以外知らない事実、それを知っている俺にとって彼は敵だ。ハルトと同じように。
「兄貴……すごい顔してる……どうしたの?」
俺の様子を不安に思ったのだろう。ソフィアが恐る恐る声をかけて来た。
「なんでもない……!」
「兄貴って、ミカド様を見た時にいつも怖い顔してる。ミカド様だけじゃない。スメラギ様やハルト様……あと……」
「やめろ。あんな奴ら……様なんてつける必要はないだろ…!」
「でも……」
「良いから!」
アイツらを他の人が敬うのを見るだけで苛立ちが抑えられない。俺は駆け寄るソフィアを払いのけようとした。
「レイ、落ち着け。」
だが恐ろしく冷たい声が聞こえて、俺はようやく我を取り戻した。声の主は父さんだろう。いつもは優しい彼だが、いざという時になると鬼神の如き雰囲気を感じる。飲食店の経営者とは思えない程に。
「お前の皇族に対する怒り……その理由を聞くつもりは無い。お前なりに理由があるのだろう、だがそれをソフィアに向けるのは違うんじゃないか?」
「それは…」
その通りだ。ハルトへの怒り如きで妹を傷つける、それは家族に対する冒涜だ。何よりこの怒りはレオンとの契りに等しい。それを無差別な暴力に使うのもそうであると言える。
「……ごめんなさい。」
「謝るのは俺じゃないだろ?」
「あ…そうだな。ごめん、ソフィア。」
俺は彼女に謝罪をしたが、彼女は無言を貫いたまま両腕を広げた。
「え…?」「ん!」
なるほど(超速理解ジャ◯ロゼッ◯ー)。俺は例によって彼女の腕の中に収まると満足げな鼻息が聞こえ、彼女は俺に腕を回した。
「良いよ。許してあげる。」
彼女はそう言うと俺の頭に頬ずりしてくる。
『いくら何でもチョロ過ぎませんか?』
レイザが呆れた様に呟くが、正直一理あると思う。年頃の女の子がハグ一発で許すのは兄として色々心配だ。年相応かそれ以上に発育の良い身体で抱きつかれるのは気恥ずかしいものがあり、兄でなければ耐えられていなかっただろう。
もっと心配なのは俺たちを見て満足そうに頷いている両親だ。良い年齢の兄妹が抱き合って良いのか?本人が満足しているならそれで良いが……。
とはいえそうしている暇も無い。大会の開始時間まであと二時間、早急に準備を済ませて出撃しなければ。とても未練がましい顔をしているソフィアを引き剥がし、俺は自室へ戻った。
「代打か……。」
正直なところ、俺は優勝を諦めていた。レオン以外の人間と一緒に戦うなんてできっこない。勝つなんて尚更だ。
「ま、気楽に行きますか。」
いつかハルトをバチボコに潰す事を決心しながら、俺は準備をしていた。
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